✽ 公爵は宰相として国家構想を語る ✽ 第38章 父の一人語り (ハロルド視点)
私だって、あの王太子が将来国王になったらこの国はもたないと思っているよ。陛下にも友人として、長年に渡りそれを注意をしてきたのだ。王太子殿下には最低でも姉君同等の教育を施すべきだと。
しかし、陛下は全く聞く耳を持たなくて、結局後継者をあんな出来損ないにしてしまった。
たしかに国政に対しては割とまともな政策をしてきた陛下だが、夫や父親としては最低だった。自分の妻や娘に対して、よくもあんなに冷酷に対応ができるものだと、信じられない気持ちだったよ。
特に、王妃殿下のことは王太后の反対を押し退けてご自分が選んだというのに、思い遣りの欠片もなかった。あの対応は、いくら女性に対してコンプレックスを持っているとしてもひど過ぎる。
陛下は胸の奥に秘めているつもりだったのだろうが、あの女性蔑視の思考は隠せるものではないよ。
そんな陛下に、近頃この国のご婦人方だけではなく、各国でも不信感や嫌悪感を抱く人が多くなっているようだ。
まあ、シェルリー様やチェルリー様が、それとなく父親の実情を広めているせいもあるのだろうが。
宰相になってからも、色々と忠告をしたし、提言もしたよ。しかし、陛下は私の意見など一切聞こうとしなかった。
そのくせに、王太子の学園入学時期が迫ってきたころ、突然、王太子の婚約者を選定したいと言い出したのだ。
まあそれは当然と言えば当然だったよ。本来ならば、婚約者の決定自体は学園に入学前後になったとしても、それよりも大分前から、水面下でその選定のために動くのが当たり前のことなのだからね。
私があえて何もしなかったのは、その指示がなかったからだ。
だってそうだろう? あの愚か者の婚約者になれば、ご令嬢が不幸になるのがわかっているというのに、進んでその打診ができると思うか?
とはいえ陛下の命令が下ればそれには背けないので、王太子殿下と身分や年齢が釣り合うご令嬢のいる家には一応打診したのだよ。
しかし案の定、高位貴族のご令嬢は皆、我が家のようにすでに水面下で婚約者を決めていた。
そりゃあそうだろう。あの王太子の出来の悪さは社交界に知れ渡っていたのだから、王家に目を付けられる前に相手を決めておこうとするさ。
婚約者が決まっていなかったのは、家や娘自身に問題のある者ばかりだったよ。
そのリストを見せたら陛下が絶句していた。ようやく厳しい現実を悟ったらしい。
しかし、その後に発した陛下の言葉に、私は失望したのだよ。親としては最悪でも、国王としてはまだまともだと信じていたから。
えっ? 何を言われたのかだって?
なんと陛下は、このサーキュラン王国内で良い相手がいないのなら、他国の姫君に打診しろとおっしゃったのだよ。
はぁ〜? と思わず声が出てしまったよ。
国内のご令嬢が嫌がっているような王太子の元に、他国の姫君との縁などを結んでしまったらどうなる?
後で恨まれて国際感関係が悪くなるに決まっているではないか。そんなことさえわからないのか、とね。
そこで、すぐにそのことを教えて差し上げたら、陛下はひどく落ち込んでしばらく寝込んでしまった。
そして、ご自分が捨てた娘達に呪詛を吐きまくっていた。それを目の当たりにして、私こそが国王を呪いたい気分になったよ。
えっ? なぜ王女殿下方を恨んでいたのかっだって? それは、他国の姫君達がどうしてブライアン王太子殿下を拒むのか、その理由に気付いたからだよ。
嫁がれた双子の王女殿下方が、嫁ぎ先でご自分の弟王子のことを訊ねられると、お二人とも正直にお答えしていたらしいのだよ。嘘偽りなく本当のことをね。
王侯貴族ならば、母国語以外に共通語と帝国語ができて当たり前だ。それなのに
「弟は容姿に優れ、ダンスがとても得意ですの。でも残念なことに他国語が苦手なのです。でも、これから頑張ればなんとかなると思いますのよ」
と。決して悪口は言っていないが、暗に容姿端麗で運動能力は高いが、オツムの方がいまいちだと言っているようにも聞こえるだろう?
まあそれでも、それなら操り易いと考える者もいるだろう。しかし、さすがあのお二人は王太后殿下や我が母が認めた才女だ。そこは抜かりなかった。
「我が母国の宰相はあの女魔王と呼ばれている、フランソワーズ=モントーク元女公爵様の嫡男の公爵様で、とても優秀な方なんですの。
そして公爵様の嫡男のご令息というのが、これまた頭脳明晰なんですのよ。
しかも温厚なお父上と違って氷の貴公子と呼ばれるほど冷酷、いえいえクールな方なので、弟も安心だと思いますわ」
エリックがいずれ宰相になるというホラを吹いて、彼女達は各国を牽制しているらしいぞ。
エリック、私に怒っても仕方がないだろう。お前の方があの方達とは親しいのだから。
まあ、たしかにお前のことは抑止力になるよな。
お前は度々国際会議の際に外相の補佐をしているだろう? 自覚はないのだろうが、お前の有能さは他国に知れ渡っていて、近頃注目されているぞ。
その上その見た目だから、各国の要人から縁談が持ち込まれて大変だった。
一々対応するのも面倒だったから、嫡男の結婚相手はモントーク元女公爵が決めることになっているので、そちらと話し合って欲しいと母に丸投げしておいた。
だから、お前の耳にそんな煩わしい話は入ってこなかっただろう?
お前のご両親はお前の身の安全を考えて、王子の誕生は発表していたが、ある程度成長するまではお披露目をしないと決めていたらしい。
それ故にかなり限られた人間しか、容姿どころかお前の名前さえ知らなかったはずだ、とお前の乳母が言っていた。
それにお前は私によく似ているから、スラレスト王国の元王子だとは誰も思いもしなかっただろうな。
ただ、クーデターを起こした奴らは、赤ん坊の王子の死体を見つけられなかった。そのことから、我が家が連れ去ったのではないかと考えた者達がいて、かつて怪しい動きを見せたことがあった。
王政復古を目指して、お前を旗頭にするために探し出して担ぎ出そうとした輩も。
そんな輩が我が家の力も知らずに、無謀にも攻撃をしかけてきたこともあった。
しかし、そんな不届き者達はすでに全員抹消したので、お前が国際舞台で活躍したとしてももう何の支障もないぞ。
あ、話を戻すが、とにかく王太子殿下の婚約は暗礁に乗り上げたのだ。ところが、陛下はまたとんでもないことを言い出したのだ。
遅まきながらあの息子を教育し直すのかと思っていたら、陛下の考えは私の斜め上をいっていたよ。
あの婚約者リストの中で一番マジだと思えるご令嬢を、国の総力上げて王太子の婚約者として教育するとな。
その上、その家の方も王家がテコ入れすると言ったときは、私は気絶しかけたぞ。
王家が一貴族に税を投入して教育するなんて何を考えているのだ。馬鹿らしくて情けなくて泣きそうになったわ。
そもそもそんな問題あるご令嬢をいくら教育しても、王妃になんぞなれるわけがないだろう。
いや、なんとかその体裁だけは保たれるかもしれないが、愚王を支えられるわけがないだろう。
万が一そんな二人がこの国の頂点に立ったら、私はともかくエリックが無理矢理に宰相にされて、全ての責任を負わされてしまうに違いない。
しかも、いくらエリックでもそんな愚王の下では、この国の衰退を止めることはできないだろう。
そうならないようにするために、私はなんとしても国王の無謀な計画を阻止し、現国王を引退させ、ブライアン殿下を廃太子にしなければいけないと思った。
そして、新しい国王に即位してもらわねばと。
その国王には王弟殿下が適任だと私は考えた。王弟殿下ははっきり言って、能力的には兄である現国王とほぼ同程度だろう。
賢王になれるとは考えていないが、中継ぎくらいなら務められると思う。
私が期待しているのは嫡男のランドール公子だ。彼は優秀だし、人格にも問題ない。エリックのことも慕ってくれているし、二人が組めばこの国を上手く舵取りして行けるだろう。
しかしその新国王を決めるためには時間が必要だった。だから、それまでライアン殿下にとりあえずの婚約者を見繕わなくてはならない。
とはいえ、あのリストの中のご令嬢達に無駄な金を使うほど、我が国には余裕がない。それにいくら問題ありだとしても選ばれたご令嬢にも申し訳ないだろう?
だから、ユリアーナを仮の婚約者にし立てることにしたのだ。あの子なら今さら基礎教育や淑女教育なんて必要ないし、わざわざ高い金を使わなくてもお妃教育が可能だ。
そう、怒るな。仮の、偽装の婚約者だ。本当に結婚なんてさせるわけがないだろう。エリックという婚約者がいるのに。
お前がユリアーナを諦めるわけがないことくらい、私が一番わかっとるわ。
偽りの婚約をさせたとして、もし仮に私が失脚し罪に問われようとも、お前が絶対にユリアーナを守ってくれるとわかっていた。だから決断したのだ。
それにユリアーナならば学んだお妃教育も無駄にはならんだろう? 公爵夫人となると他国との付き合いもあるから、お妃教育が無駄になることはなかったと、かつて母上がそう言っていたからな。
王家の金で教育してもらえるのだから、損ばかりではないと思ったのだ。
それから時間をかけて説得し続けた結果、最近になってようやく王弟ヴァルデ公爵は、国王になることを前向きに考えて下さるようになったのだ。
ところが、嫡男のランドール公子がまだ強固に反対しているらしいのだ。
自分は王太子の座など絶対に望まないと。何故かその話になると怯えられるのだ。
だから、我がモントーク公爵家の騎士を付けてお守りするから安心して欲しい、と説得していたところだったのだ。
それなのに、あの愚か者が突然婚約破棄を突き付けたと聞いて、腸が煮えくり返ったわ。
しかもユリアーナが勝手にそれを受け入れたも知って、その苛立ちでカッとしてしまった。あともう少しで公子を説得できたのにと。
本来なら、どんな経緯でそんなことになったのか、それをまず確認すべきだったのに。
まさか王妃が我が愛する母と妻、そして娘に対してあんな侮蔑するような発言をしていたとは思いもしなかった。
改めて謝罪するよ、ロジーナ、本当に申し訳なかった。