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✽ 公爵令息は重すぎる愛を自覚している ✽ 第37章 父の真実(エリック視点)

 話の展開上、重要になる場面なので、この章は長めです。


 行きは丸三日かかった道のりも、帰りは二人の護衛騎士と共に騎乗して戻ったので、翌日の夕方には王都の屋敷に到着した。


 領地を出るときに伝令を飛ばしておいたので、屋敷にはすでに家族と一族の主要な人物が勢揃いしていた。

 両親に二人の弟、そしてヘンリー叔父一家とケンドル叔父一家。

 自分達の母親と義姉、そしてたった一人の愛する姪を侮辱されたことに、叔父達は王家に激怒していた。

 しかも一族の長である兄は、王家の横暴に抗議するどころか、却って姪の方をしかりつけたのだと知って、そのことにも憤っていた。 

 ただし


「つい最近まで自分達だって、母親のことを誤解して蔑ろにしていたじゃないの。それなのにずいぶんと偉そうね」


 妻子からそういう冷めた目で見られていることに、彼らはまだ気付いていなかなかった。


 そんな中でただ一人、淡々とした表情をしていた母を、父が虚ろな目をしてじっと見つめていた。

 父はこの一週間、ずっとみんなに責め続けられてきたのだろう。大分げっそりして黙り込んでいた。


「母上が、この一週間父上とは一切口をきいていないんだ。それがかなり堪えているみたいだ」

 

 下の弟のマックスが私の耳元でそう言った。

 

「ユリアーナはどんな様子なの? 落ち込んでいない? お義母様がいらっしゃるから心配はいらないと思うけれど」  

 

 ヘンリー叔父の妻である叔母レイラが、私の顔を見るなり不安そう訊ねてきた。義叔母達は、ユリアーナを本当の娘のように愛しているのだ。

 

「最初のうちは、家族や一族に迷惑をかけるのではないかとかなり落ち込んでいました。

 でもお祖母様が、これまでいかにみんなが彼女のことを愛し心配していたかを話したら、ようやく落ち着いてきました。

 あの子はどうやら責任を感じて家を出ようとしていたみたいです。口には出さなかったけれど」

 

 私のこの言葉に、その場にいた全員が絶句した。そして一斉に父を睨んだ。すると、父はなぜか私を睨み付けてこう叫んだ。

 

「なぜユリアーナが家を出なくてはならないのだ。あの子は我が一族の唯一の大切な姫なんだぞ」

 

「何言っているんだ! その大切な姫をあんなクズ王太子と婚約なんてさせたからこうなったんじゃないか!」

 

 上の弟のスコットが怒鳴った。他の者達も頷いた。ところが、父はそんなことは意にも介さないでこう続けた。

 

「あんな出来損ないの王太子との婚約なんて、代わりの王太子を見つけるまでの、時間稼ぎのための偽装に決まっているじゃないか! 

 ユリアーナをあんなやつと本気で結婚させるわけがないことくらい、お前が一番良くわかっているじゃないか、エリック、それにロジーナ!」

 

「「えっ?」」

 

 私と母は思わず声をあげた。他の者達は父の発した言葉が意味不明過ぎてただポカンとしていた。

 

「お前達は、この私が息子との約束を違えるような父親だと本気で思っていたのか? そんな不誠実な人間だと。

 しっかりと契約書まで作ったというのにか?」 

 

 父上、そんな不満そうに言うなよ。たしかに口約束だけでは安心できなかったから、契約書に記してもらったよ。

 しかしそれは当時、父があの婚約話を嫌々受け入れていたから、反故にされそうで怖かった。

 だから少しでも自分の不安な気持ちを減らしたくて、効力が無いことを知りつつ作ってもらったのだ。

 

「私とユリアーナの婚約を父上がとても嫌がっていたので、あの婚約をなかったものにしたかったのかと思っていたのです」

 

「そんなわけがないだろう。最初に嫌な顔をしていたのは、婚約なんてまだ早いと思ったからだ。考えてもいなかったことを突然言われたわけだし。

 そもそも、娘の婚約や結婚話を心底喜ぶ父親なんていやしないよ。できるだけ手元に置いておきたいのが本音なのだからな。

 私は以前から、我が家の可愛い天使であるユリアーナをどこへも嫁がせたくないと思っていたんだ。

 しかし、現実はそうはいかないだろう? 

 だから少し経って冷静になったとき、これほど良い嫁ぎ先はないと私は考え直したのだ。

 考えてみろ。

 エリックと結婚すれば、ユリアーナはこの屋敷にずっといるのだぞ。出て行く必要なんてなくなるのだ。お前は最高の結婚相手ではないか!」

 

 私は絶句した。父が私とユリアーナの結婚を望んでいたなんて思いもしなかった。

 それは母もそうなのだろう。ずっと無表情だったのに、怒りで体中ぶるぶると震わせながら、鬼の形相をして父を睨んでいた。 

 

「なぜそれを言わなかったのですか! エリックとの約束を破るつもりなのかと詰っても、貴方は何も反論しなかったわ。

 そして王太子殿下との婚約を解消してと何度も頼んだら、貴方は無言で私を叩いたわよね?

 事情があって今は教えられないが、後で必ず話すとさえ言ってくれたら、私だってまだ我慢できたでしょうに」

 

「それくらいわかるだろう、夫婦なのだから」

 

「「「わかるわけがないでしょ!」」」

 

 母と二人の義叔母達が一斉に叫び、さすがの父も身じろいだ。

 このままではとんでもない方向に話が展開しそうだったので、その前に聞くべきことを聞いておかねばと私は思った。だから

 

「父上……」

 

 と口を開きかけたとき、従兄弟達が声を上げた。

 

「エリック兄様、ユリアーナと婚約したとはどういうことですか!」

 

「実の妹と婚約って一体なんなのですか? もしかしてユリアーナは養女だったのですか?」

 

「そんなわけないだろう! ユリアーナが生まれた日のことなら覚えているぞ!」

 

 スコットが従兄弟達を遮ってこう言った。叔母達も頷いた。

 

「近親相姦?」

 

 従兄弟の一人がぼそっとこう言ったので、みんなはギョッとした。両親と叔父達は眉間にシワを寄せたが何も発言しなかった。 

 近親相姦疑惑より私の出生の秘密を重んじてくれたことに、胸がキュンとなった。

 しかし、いずれ皆には打ち明けるつもりだったのだ。だから、それが多少早まっても別に構わなかったので、真実を話すことにした。

 ただ、もっと落ち着いた中で伝えたかったというのが本音だったのだが。

 

「近親相姦なんて、そんなことがあるわけないだろう。うちの両親がそんな非常識なことを許すわけがないじゃないか。

 それにユリアーナは間違いなくこの家のたった一人の娘だ。私が、私の方がこの家の養子なんだ」

 

「「「・・・・・」」」

 

 サロンの中がシンと静まり返った。

 ほんのり赤紫色がかった私のプラチナブロンドの髪は、三兄弟で唯一父と同じモントーク公爵家の色だ。

 スコットは祖父(マーチン)と同じ金髪で、マックスは母譲りの黒髪。

 私の瞳の色はスラレスト王国の元王族に多かったというペリドット色だったが、父や弟達も皆それぞれ微妙に違う色合いの瞳をしていた。

 そして色の違いがあっても、三兄弟とも顔の造り自体はよく似ていたので、私のことを養子だと疑う者はこれまで誰もいなかった。

 

 それに比べてユリアーナは赤味を帯びた明るい茶髪に明るいアンバー色の瞳をしている。黒髪茶色の瞳をした母とも違う色だったので、一瞬従兄弟達は、彼女の方が養女なのかと思ったのだろう。

 しかし、色もそうだが、ユリアーナの顔形が祖母(フランソワーズ)に瓜二つなので、これまでそんな噂が流れたことはもちろんなかったのだが。

 

「信じられない。兄上が養子だなんて。俺達三人はよく似ていると皆に言われているのに」

 

 マックスが呆然と呟いた。たしかに私達三人がよく似ている。それは隔世遺伝なのか、私が祖父(ドクトール)似だからだ。モントーク公爵家の血が強かったみたいだ。

 だからこそ、この家の嫡男としてこれまでやってこられたのだ。

 しかし、この事実を知って皆がどう感じるのかはわからない。怖い気もするが、全て受け入れるつもりだ。

 もし批判されても疎まれても、私は彼らを愛しているし愛し続けるつもりだ。

 

「たしかに似ているよね。それは血が繋がっていて、私が君達とまるっきり赤の他人というわけじゃないからだ。

 血筋から言うと私は君達とは又従兄弟の関係になる。曽祖父が同じということだ。そういうと結構離れている気がするけれどね。つまりモントーク公爵家の血って、かなり濃いのだろうな」

 

 又従兄弟、曽祖父……

 皆が上目使いになって家系図を思い浮かべているのがわかった。

 そして両親や叔父達と共にそれを見守っていると、下の叔父の妻である義叔母ナンシーが、一番早く私の正体に気付いたようだった。

 

「エリック、いえエリック様、あ、貴方はもしや生死不明とされているスラレスト王国の王子殿下なのですか?」

 

「えっ? 王子?」

 

 弟と従兄弟達が喫驚して私を凝視した。そして私自身も驚いた。

 王子? たしかに両親が殺されるまでは王子だったのかな。今までそんなことを考えたことはなかったけれど。

 まだ誕生日も迎えていない赤ん坊だった私に、その当時の記憶なんてあるわけがない。

 どちらにしても元王子に過ぎないのだから、殿下呼びはむず痒いし他人行儀だから止めて欲しい。そう義叔母達に告げた。

 しかし、義叔母は二人とも何故か両手を胸元で組んで、瞳をきらきらさせて私を見た。

 

「以前からあの残念王太子より王子らしいと思っていたけど、本当に王子様だったのね。やっぱり生まれ持った気品は隠せないわよね〜」

 

「本当よね。見た目はよく似ているのに、愚息達とは違ってなぜこんなに気品に溢れて魅惑的なのかと思っていたのよ。

 けれど、やはり尊い血の違いのせいだったのね。まあ、それにお義姉様の教育の賜物(たまもの)でしょうけれど」

 

「いいえ。血のおかげよ。だって同じ教育をしたって下の二人を見てご覧なさいよ」

 

 そこへ母まで加わった。

 いや、私に気を遣ってくれているのだとわかっているけれど、そこまで持ち上げてくれなくてもいいよ。恥ずかしくていたたまれない。

 それに、そのために弟や従兄弟達をわざと貶めるのは止めてくれ!

 しかし、弟や従兄弟達も七人揃ってうんうんと頷いている。やめろ! 他になんか思うことはないのか、脳筋野郎ども!

  

 

 結局「案ずるより産むが易し」という諺どおり、弟や従兄弟、そして義叔母達は、私が養子だったと知ってもなんら気にする様子はなかった。このモントーク公爵家を私が継承することも。

 本流に戻るだけだし、何の問題はないんじゃない。しかもユリアーナと結婚するならなおさらのこと。

 私だけでなく、この場にいる全員がユリアーナの意志をまるっきり無視しているところが、我ながら恐ろしいと思った。

 結婚は当主が決めるのが当たり前だ、という一般的な貴族の家ならばまだわかる。しかし、自主性を重んじる我がモントーク一族は違うのだから。

 

「可愛いユリアーナをどこの馬の骨かわからない男に嫁がせるなんて嫌だった。だから、兄上が相手なら安心だし文句無しだよ。

 父上のその判断だけ(・・・・・・)は称賛するよ。

 でも、いくら偽装婚約とはいえ、家族にさえ理由を説明せずに無理矢理にユリアーナを婚約させたのは納得いかないけれど」

 

 意外なことに一番脳筋なスコットが、横道どころか迷路に入って、みんな着地点がわからなくなっていた話を、再び本筋に戻してくれた。

 そのおかげで、その後ようやく、父の思い描いていた計画が明らかになって行ったのだった。


 次章は、父親視点になるので、父の真意がさらによくわかると思います。

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