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✽ 公爵令息は重すぎる愛を自覚している ✽ 第35章 叔父の謝罪(エリック視点)


 結局叔父ヘンリーは、平身低頭マリアンヌ嬢に謝罪した。

 自分がまさかこれほど無自覚に男尊女卑の考え方をしていたとは! 自分でも驚いたと彼は正直にそう口にした。自覚が無かっただけに恐ろしいと。

 自分の立てた計画のせいで、多くの若者達の未来を潰すことになって、責任を感じて焦ってしまったのだ。

 しかし、それには男性側の視点でしか物事を考えていなかったと。

 婚約解消になったらご令嬢にも大きな疵が付く。だからこそ、なんとしてもそれを阻止したいとしか頭が回っていなかった。

 女性側がその婚約についてどう考えているか、それを慮ることをしなかった。まさしく視野が狭かったと叔父は反省の弁を述べた。

 すると、それまでほとんど話をしなかった彼女がこう言った。

 

「閣下、もしこれから女性に対してもっと気を配られるつもりだとおっしゃるのでしたら、これからは是非とも、奥様のことを思うときと同じになさってはいかがでしょうか」

 

 マリアンヌ嬢は騎士団長に怒りや苦言をぶつけることはしなかったが、許すと口にすることもなかった。

 そして彼女が発したその短い言葉は、却って彼の心に深く突き刺さったようだった。

 叔父がマリアンヌ嬢にどうしても詫びをしたいとしつこく言うので、私が彼女に成り代わって、彼女の保護をお願いした。

 叔父と同様に、勘違いから彼女に逆恨みする輩が出ないとも限らないからだ。

 叔父は申し訳なさそうな顔をして、もちろんだと応じてくれた。

 

 そしてそれと同時に、部下達に自分のような勘違いをさせないためにはどうすればいいのだろうかと、叔父はその高い矜持をへし折って私に質問してきた。

 だから、騎士を育成する際に、騎士が持つべき理念を改めるべきですね。ついでに現役の騎士に再認識をさせるべきですね、と答えた。

 

「人を男女を性別で分けて差別するのではなく、互いの性を尊んで思いやることが何よりも大切なのだと。

 そしてその精神を頭でいちいち考えなくても、自然に行動に移せるようになるまで、身に付くまで繰り返し教育することが必要ではないですかね」


 と。

 しかしそんな教育ができるのは、現騎士では到底無理な話だ。だからそのためには、かなり優秀な教師を付けるべきなのだが、そんな人材はそう簡単には見つからないだろう。

 しかし運良く私には、それに適任の教師の当てがあるので、すぐに紹介できますよと叔父に告げた。

 その人物とは、愚かな令息とその親達によって職を追われた、優秀かつ教育熱意な、ある子爵の男性のことだった。 



 

 叔父は詫びのつもりなのか、高級で珍しい料理を次々注文した。そして自分のためになのか、高級な酒の名も告げようとしたので、私はそれを阻止した。

 叔父が悪酔いして、またマリアンヌ嬢に失礼なことを言うことのないように。

 叔父は恨めしそうに私を見ながら、ぼそっとこう呟いた。

 

「お前は冷たいよな。ご令息達を簡単に見殺しにできるのだからな」

 

「見殺しって、私は叔父上の依頼を受けてあのご令嬢を紹介しただけなので、その後について私はなんの関係もありません。ですから、その責任を負う必要はありませんよ。それを冷たいと言われるのは納得できませんね。

 というより、叔父上だって責任を感じる必要なんてありませんよ。

 彼らはマントリー子爵令嬢がもし入学していなかったとしても、どうせ同じような過ちを犯したでしょうからね。その親達もね」

 

「どうしてそんなことを断言できるのだ?」

 

「彼らが自分にとって何が大切なのか、その優先順位を理解できないような人間だからですよ。

 そもそも自分の婚約者を大切に思っていたら、浮気なんてしなかったでしょうからね。子爵令嬢は魅了の魔法や怪しい薬を使っていたわけじゃないのでしょう?

 それなのに彼女にうつつを抜かしたような連中は、大切なものがわかっていないから、何をやっても選択を間違えます。たとえどんな仕事を選んだとしてもね」

 

 騎士に限らずとも人の上に立つ者は、絶えず色々な選択を迫られる。その判断を間違えれば、最悪場合他人の生死にまで影響を与えるのだ。

 それなのに、自分の欲だけで物事を判断するような人間が、地位や身分だけで選ばれたのでは恐ろし過ぎるではないか。

 

「お前の言うことはたしかに正論だよ。しかし、世の中みんなお前みたいに完璧ではないからな。できるならやり直しをさせてやりたいと思うのが人情じゃないのか?」

 

 叔父がまたぐちぐちと泣き言を言い出した。だから


「やり直しを本人が望み、自力でやり直そうと努力するのなら、それを邪魔する必要はないし、協力しても構わないと思いますよ。

 それをしてはいけないだなんて、誰も言ってはいません。

 ただ、積極的に他人がお節介をする必要はないのではないか、と思うだけで」


 と、私は言った。すると

 

「お前は本当に母上(モントー元女公爵)によく似ているよな。頭脳明晰で冷静沈着、しかも文武両道。そして人に冷たい……」

 

 叔父がこう呟いた。子供のころからよく言われてきた言葉なので今さらなんとも思わないが、祖母の誤解だけはなんとしても晴らしたいと思う。

 でも、父と叔父達のその頑なな思いをどうやったら変えられるのか未だにわからない。私は黙々と料理を口に運びながら、そんなことをぼうっと考えていた。

 すると、ずっと黙っていたマリアンヌ嬢が、再び静かにこう言った。 

  

「私は学園に在学中、友人のカタリナ様(元第三王女)から、王太后殿下やモントーク元女公爵様のお話をよくお聞きしていました。

 カタリナ様とお姉様方は、ご両親とはほとんど接触もなく、とても寂しい子供時代を過ごされていたそうです。しかも


「女など三人いても何の役にも立たない。特に三番目が男でなかったことが本当に悔しかった」


 そう陛下に言われ続けて、自分がまるで無駄な存在だと言われているようで、殿下は本当に悲しかったそうです。

 それでも無気力にならず、ヤケを起こさずに頑張れたのは、お姉様方、そして王太后様とモントーク元女公爵様のおかげだったとおっしゃっていました。

 特に護身術を指導してくださったモントーク元女公爵様にはとても感謝しておられました。


「厳しい中にも溢れる愛情を持って指導して頂いたおかげで、心身共に鍛えられ、実際に力がついたことでようやく自信ができ、自己の肯定ができるようになったの。

 もし両親に見捨てられて可哀想な子だと、同情され甘やかされていたら、私はきっと、いつまでも自信が持てないまま、ただ将来を悲観していたに違いないわ」


 と。

 私はそのお話を聞く度に、もし私が公爵様の娘か孫に生まれてこられていたらどんなに幸せだっただろう、と思っていました。

 兄や弟と違って、私も両親からまるで物のように扱われていましたから。

 閣下はモントーク公爵令息様がお祖母様によく似ているとおっしゃいましたが、私もそう思います。でも決してお二人は冷たくなんてありません。

 モントーク公爵令息様はご本人も気付いていらっしゃらないようですが、いつも公平に物事を見て、本当に援助が必要だと思われる方には必ず手を差し伸べていらっしゃいます。けれどそれは過不足のない手助けです。

 過ぎた施しは上に立つ者の奢り、自己満足に過ぎないということをご理解していらっしゃるからなのだと思います。

 元女公爵様は違ったのでしょうか?」

 

「・・・・・」

 

 叔父はまた黙り込んだ。超一流料理店の個室の中で、マリアンヌ嬢は叔父の身分など気にすることもなく話を続けた。 

 

「閣下、社交界の三つの不思議ってご存知ですか?」


「三つの不思議だと? 知らないな。何なのだそれは」


「一つは、なぜ王太后様が突然離宮に籠もられてしまったのか。

 二つ目は優秀な双子の王女殿下をなぜ他国へ嫁がせてしまったのか。

 そして三つ目は、モントーク公爵様ご兄弟の奥様達が、なぜ尊敬し慕っているお姑様になぜ気軽に会えないのか。

 奥様達はお茶会でいつも三人揃っておっしゃっているそうですよ。お義母様に会いたい。お話がしたいと」

 

「まさか、そんなことは!」

 

「皆様、息子が嫁をもらって家政を任せられるようになったら、ご自分達は領地のお義母様の元へ行くつもりだから、それまでの我慢だとおっしゃっているそうですよ」

 

「そんな話はでたらめだ。妻達は母から虐めのような厳しい当主夫人としての教育を受けていたのだぞ。そんな姑の下に自ら望んで行きたがるわけがない!」

 

 叔父が激高して立ち上がろうとしたので、私は彼の両肩に手を置いて、強制的に再び席に座らせた。

 

「嘘ではないと思いますよ。何人ものご婦人方が直接そのことをお聞きしたと言っておられましたから。

 というか、二歳年下の閣下のご子息とは生徒会でご一緒でした。ですから、そのお話は何度か息子さんからお聞きしていましたよ。


「私が伯爵夫人として後ろ指をさされることなく、恙無く過ごせているのは、厳しくも愛情ある教育をしてくれた義母のおかげだわ」


 母はいつもそう言って祖母に感謝して、実の母のように祖母を慕っている。それなのに母は、会うことを父によって邪魔をされていて可哀想だと」

 

「な……!!」

 

 それを聞かされた叔父は絶句したのだった。


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