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✽ 公爵令息は重すぎる愛を自覚している ✽ 第34章 叔父への質問(エリック視点)


 遅れてやって来た叔父のヘンリーは、やたらと私に高級ワインを勧めてきた。高位貴族でも滅多に口にできない貴重な銘柄の物をだ。

 叔父上、申し訳ないけれど、この計画を止める気は全くないよ。


「下戸ですので、結構です」


 と私は騎士団長に向かってはっきり断った。


 私の唯一の弱点はアルコールだ。しかし下戸とは言ったが実はむしろ酒豪だった。

 ところが、飲むと性格が陰から陽になるらしく、人から頼まれ事をされると断れなくなり、何度か面倒事に巻き込まれた経験があった。

 そのために、自室で一人になったときにしか酒は飲まないようしているのだ。

 

 それを知っているくせにやけに酒を勧めてくるのだから、叔父の魂胆が見え見えだ。しかし、今回ばかりはたとえ騎士団長だろうが伯父であろうが、彼の要望に応えるつもりはなかった。

 

「ヘンリー叔父上、当初の若者に失敗を経験させる目的は成功したのですから、別に何も問題ないでしょう?」

 

 白々しく私がそう言うと、叔父は眉間にシワを寄せた。

 

「その失敗が想定外に大き過ぎる。このままでは学園を退学になったり、家から廃嫡されたりする令息が続出してしまう」

 

「それは仕方のないことではないですかね?

 最初のうちご令嬢方は、婚約者や例の子爵令嬢にきちんと注意(・・)をしていたのですよ。それに耳を貸さなかったのは彼らですよ。

 しかも王太子殿下から嫉妬や虐めはみっともないと叱責(・・)されてからは、接触を避けていたご令嬢方に、因縁を付けたのは彼らの方ですよ。

 子爵令嬢を仲間外れにするなとか、無視するな、虐めるなとか言いがかりをつけて。

 近寄るな、嫉妬するなと言われて距離をとったら、今度は無視するなと叱責される。一体ご令嬢方はどうすればよかったのですかね? 

 さすがにご令嬢方のご両親も浮気された上に冤罪をかけられたら腹を立てるし、相手を許せませんよ。 

 叔父上には息子しかいませんが、仮に娘がいたとして婚約者から彼女達のように扱われていたとしても、平気でいられるのですか? 相手の男性を仕方ないと許せるのですか?

 そして、娘に泣かれても無理やりに婚約を続行させるのですか? 不幸な結婚生活になるとわかっているというのに」

 

 私の問に叔父は押し黙った。叔父はユリアーナと王太子の婚約についても最初から反対していたし、婚約後の王太子の態度にも腹を立てていた。

 今回冤罪を掛けられたご令嬢方も、その愛する姪と同じ目に遭っているのだとようやく思い至って、何も言えなくなったのだろう。

 しかし、それでも何か口にしなければ気持ちの整理がつかないと思ったのか、今度はマリアンヌ嬢を見ながらこう言った。

 

「たしかに許せないな。それでも、令息達に学園側も適切な指導をすべきではなかったのか?」

 

 責任転嫁か?

 

「もちろん最初のころはきちんと私も注意をしていました。しかし、令息のご両親からクレームがきたのです。平民女の教師風情が、貴族の令息に注意するなどと思い上がるなと。

 そこで爵位をお持ちの男性教師が注意をして下さったのですが、今度は王太子殿下が激怒なさったのです。そして、

 

「我々は、平民から貴族になったばかりで、何も知らずに怯えて困っているご令嬢に親切にしているだけだ。それのどこが悪いのだ。人助けがいけないなどという者に教師の資格はない。辞めてしまえ!」

 

 と命じられたので、その先輩の教師はクビにされてしまいました。人格や能力にも優れ、皆に尊敬されていた素晴らしい方だったのに。

 それ以降誰も王太子殿下や令息達に注意をする者はいなくなりました」

 

「しかしそれでも君達は教師だろう?」

 

「叔父上、まさか教師は聖職なのだから、王侯貴族の圧に屈せずに生徒達を導け!だなんてことは言いませんよね?

 教師にだって自分の身を守り家族を養う権利と義務がありますよね? 高官や騎士だって王族に逆らえないのに、それを恥ずかしげもなく立場の弱い教師に強制したりしませんよね?

 しかも令息達を指導することは、そもそも親の役目ですよね? 令息達がマントリー子爵令嬢に貴金属やドレスなどを贈ったのは、学園外でのことですし、学園が責任を負う必要など一切ないですよね?」

 

 再び疑問形で叔父に質問をし続けると、彼はタジタジになった。そして私から少しでも離れたくなったのか、テーブルから離れるように椅子を後方へ下げた。

 その姿は、祖父なき後、この国最強騎士の取る態度とはとても思えなかった。

 それでも、脳筋気味の叔父は凝りずにこう言った。

 

「た、たしかに王太子に逆らえないのは理解した。しかし、わざわざご令嬢方を煽って婚約破棄を勧めるのはどうかと思うのだが。

 いくら貴女が過去に婚約解消後に独立できたからといって、皆がそう上手くいくとは限らないだろう?

 それに、自分が婚約者にひどいことをされたからといって、他のご令息達までやり直しができなくなるほど追い詰めるのは、いささか行き過ぎではないのかね?」

 

 なんてことを言うのだ! 貴方みたいな無神経な男が女性達を傷付けてきたのだぞ! 

 見た目だけは美丈夫でダンディーだが、まったくもって見掛け倒しの残念な男だ。

 

(彼女の思いに気付けなかった自分も偉そうには言えないが、彼女に全く関係のなことまで彼女のせいにするなんて、偏見もいいとこだ。慰謝料をとってやるぞ!)

 

 言われ慣れているのか、マリアンヌ嬢は表情一つ変えない。それが却って辛い。

 なぜ被害者の彼女がそんな目に遭わなければいけないのだ。彼女の元婚約者がその後人生の脱落者になったのは自業自得だ。

 本人が本気で反省して、必死にやり直そうと努力すれば真っ当に生きることができたのだ。

 それなのに彼は、彼女を逆恨みして復讐しようとして襲った。だから破滅したのだ。

 あの男は一生牢獄から出ることはないだろう。彼を唆して協力した、浮気相手の女やマリアンヌ嬢の元家族も。

 彼らは逆恨みをしたらこうなってしまうという、いい見せしめになったと私は思っていた。

 しかし、叔父のような勘違い野郎もいるとわかって、この国の男本位の思考をやっぱり根本から変えていかなければならない、と改めて思い知った。

 

騎士団長様(・・・・・)、その件にレノマン先生は全く関与していないのですよ。

 それなのに、事実誤認をした挙げ句に犯罪被害者である彼女に対して誹謗中傷するとは、正義の使者であるべき騎士としていかがなものでしょう?

 そもそも、そんなでたらめな情報しか入手できないとはかなり問題ですね。騎士団長として恥ずかしくはないのですか?」

 

「なんだと!」

 

「学園内でご令嬢方の勉強会の主催しているのはユリアーナですよ。もちろん発案者でもありますね。

 あの子が一人で始めたことなのですよ。  

 王太子である婚約者に蔑ろにされているユリアーナは、最初は自分と同じ境遇のご令嬢を元気付けようと勉強会を開いたのです。

 男子と同等の学力を身につけられたら、立場の弱い彼女達でも自分に自信がつくのではないかと。

 勉強で男性を負かそうとか、上位に立とうとかそういうことではなく、彼女達の心を救うために始めたのです。


 そしてその流れなのですよ。たとえ不本意な婚約破棄をされたとしても一人で生きていくために資格を持とう、と考える者達が出てきたのはね。

 誰かが意図的に指示や指導したというわけではないのです。


(本当は意図的に誘導したのだろうが)


 この国の女性はかなり弱い立場に置かれていて、父親や夫の顔色を窺って暮らす者が多いというのが実情です。

 そしていくら尽くしたとしても、男の気まぐれで簡単にその生活が脅かされてしまいます。

 そんな将来に不安や不満を抱いて、彼女達はそれを打破しようと努力し始めたのですよ。

 それのどこが悪いのですか? 叔父上は婚約者を蔑ろにし、しかも浮気をするような男の妻になることが、女性の幸せだというのですか? 

 ユリアーナがあの浮気者の王太子と結婚するのが幸せだと思っているのですか?婚約にはあんなに反対していたのに。

 もしや義叔母上の手前ああ言っていただけで、反対する振りをしていただけだったのですか? 

 それを知ったら、義叔母上はがっかりすることでしょうね」

 

「やめろ! 私を脅す気か? 私はたった一人の姪であるユリアーナを本当の娘のように思っている。そしてあの子の幸せを祈っていることに嘘偽りなどない」 

 

 妻に尻を敷かれ気味なことも気にしないくらい愛妻家である叔父は、必死な形相でこう言い募った。

 義叔母はそれこそユリアーナを実の娘のように溺愛しているのだ。

 義叔母曰く「お義母様(前公爵)が可愛がれない分も私が可愛がってあげなければ」と。

 まあそれは、下の叔父の妻である義叔母も同じ様なことを言っていた。

 

「本当ですか? もしそれが事実だというのなら、なぜマントリー子爵令嬢にうつつを抜かして、婚約者を蔑ろにして冤罪をかけるような男との婚約を継続させようとするのですか?

 ユリアーナと同じように辛い思いをしているご令嬢達に?

 姪は不幸にしたくないけれど、他人の娘なら不幸になっても構わないということですか?  

 わかりました。そのことはご令嬢方の家に伝えておきましょう。

 騎士団長は貴方方の娘さんの幸せよりも、この国のためにご令息方を優先させたいと望んでいられると」 

 

「止めてくれ〜!」

 

 超一流料理店の個室の中に、叔父の情けない大声が耳に痛いほど響いた。さすがに隣にいたマリアンヌ嬢も、いつもの貼り付けたような笑顔を無くして眉間にシワを寄せ、両手で耳を塞いだ。

 これで周りからクレームが来なかったら、密談場所として合格だなと私は思った。

 実際に誰も来る気配がなかったので、今度はここを会合の場所にするのもいいかもしれないな。パニックに陥っている叔父をながめながら、私は呑気にそんなことを考えた。



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