✽ 公爵令息は重すぎる愛を自覚している ✽ 第32章 似た者父娘(エリック視点)
この父娘は使える!そう私は思った。そして実際に役に立ってくれた。
見てくれだけはいい、自分によく似た娘を遠目から眺めた子爵は歓喜の声を上げたらしい。
「夜逃げした妻達からは、自分の子が可愛くないのかとよくなじられていたんだよ。
だけどそれって当たり前のことだろう? 気に食わない妻似だった息子や娘に、愛情など湧くわけはずがないじゃないか。君もそう思わないかね?」
「あれだけの器量良しなら、きっと高位のご令息とも親しくさせてもらえますよ。
もしかしたら玉の輿に乗るのも夢ではないかもしれませんよ。
そうすれば、貴方の事業の方にも融資してもらえるかもしれませんね」
彼女のことを知らせに来てくれた知人にこう言われて、子爵は舞い上がった。そして
「とはいえ、このままでは貴族令嬢としては到底受け入れてはもらえませんよ。早めに引き取ってきちん教育を受けさせた方がいいですよ」
と言われた子爵は、すぐさま娘を強引に引き取った。
本来ならいくら貴族といえども、他人の籍に入っている娘を強引に連れて行けば誘拐だ。
しかし、子爵は知人に言われたとおりにこう言った。
「この娘はゆすりたかりをしているそうではないか! このまま大人になったら犯罪者として投獄されるぞ。
貴様達では娘の教育をし直すのは無理だろう? だからわしが再教育してやると言っているのだ。
ついでにこれまで被害者から請求されている賠償金は、わしが支払ってやるから感謝しろ!」
そう居丈高に言われてしまったら、夫婦は拒めなかった。実際賠償金の支払いに頭を悩ませていて、このままでは家族全員野垂れ死にするところまで追い詰められていたからだ。
しかも、娘自身が子爵の元へ行きたいと嬉しそうに言ったので、両親の心もポキリと折れてしまった。
これまでどんなに辛く苦しくても、娘を飢え死にさせないために必死に働いてきた。
自分の子でもないのに精一杯愛して育てきてくれた夫に申し訳なくて、母親は初めて娘を憎いと思ったようだ。
だから彼女は子爵に向かって、今度こそは責任を取って最後まで面倒を見て下さいね、と言った後で、娘にも別れ際にこう告げたという。
「今日限りでお前はもう私達とは赤の他人よ。今後何があっても二度と顔を見せないで!」
娘はそれを聞いてもヘラヘラと笑って、自分のせいでやせ細り、ボロをまとっていた両親や弟達を見下すように見ていたらしい。
「自分はやはりお貴族様の令嬢だったのだわ。私は本来自分のいるべき場所に戻るのよ。
頼まれたってこんな平民で貧乏くさい人達になんて会いに来るものですか!」
さすがにそんなことは口にはしなかったが、そう心の中では思っているのがありありだったと、その場に立ち合っていた子爵の知人は言っていた。そして彼はこう続けた。
「いくらユリアーナ様のためとはいえ、正直なことを言えば最初のうちはずいぶんとひどい作戦だなと思いましたよ。
でも、あの夫婦のためでもあったのですね。賠償金云々の類は。
氏より育ちと言いますが、必ずしもそうなるとは限りませんよね。あの娘を見ると血というとのが恐ろしと感じます」
子爵の知人になって、彼を娘に会うように仕向けた公爵家の騎士の言葉に、私も同感だと頷いた。
今回の第一の目的は、ユリアーナの婚約を王太子の有責で解消することだった。
しかしその他にももう一つ目的があったのだ。それは騎士団長をしている叔父ヘンリーからのある依頼だった。
「近頃美人局や結婚詐欺というハニートラップに引っかかる若者が増えてきたんだよね。
そんなのは甘やかされて育った高位貴族の子息だけかと思っていたら、調べてみると爵位なんて関係なく被害者が出ているのだよ。
おだてられることでプライドをくすぐられて、いい気分になったところを騙される下位貴族の子息も増えているらしいのだよ。
馬鹿だなと笑い飛ばしたいところだが、同じ男としてわからんこともない。
だからそんな息子を持つ親達から、なんとかしてくれと叔泣きつかれて困っているんだよ。
既に被害にあった者達のことは助けてやれないが、せめて今後はもう被害者が出ないように対策を取りたいのだ。
何かいい方法はないかな?」
特効薬なんてものがあるわけがないのは分かっているんだが、と叔父は本当に困ったように言った。
叔父は、私に啓蒙活動の仕方か何かを相談したかったのだと思う。しかし、そんな悠長なことを言っていたら、被害者が増える一方だろうと思った。
だからこう提言してみたのだ。
「実際のところ、今からできることといったら、やはり早めに失敗の経験をさせることだと思いますよ。
若いうちの失敗ならやり直せるが、大人になってからでは明るい将来は望めなくなるから。
それで、男好きというか、男漁りが得意な女性騎士を潜入させて、ハニートラップをかけさせたらどうかな?
誰かそちら方面を得意とする女性騎士がうちにいないのかな?」
叔父はモントーク公爵家の私設騎士団の女性騎士を使いたいようだ。
しかし、生憎そんな人材はいない。いや、もしいたとしても、そのことに我が騎士団の騎士を貸し出すつもりはなかった。
そもそも女対策なんて各家庭でやれよ。平民じゃないのだから、と思った私はそんな依頼は無視していた。自分で提案しておいてなんだが……
しかし、そんな叔父の相談事がまだ頭の中に残っているうちに、街であの少女の話を聞いたのだ。、まさしく叔父の望んでいた人物じゃないか!と思ったというわけだ。
しかも、私の最も成功させたい件にも使える!とそう思ったのだった。
早速その少女に関することについて調べてみると、彼女とその実の父親は容姿だけではなく、性格も瓜二つのクズだった。
それに比べて少女の家族は本当に善人だった。そして娘の被害者から要求された賠償金を支払うために、せっかく軌道に乗りかかっていた店を手放して、夜逃げせざるを得ない状況にまで追い込まれていた。
この家族からあの少女を引き離さないと、一家離散しなければならなくなる。それはどうしても防いでやりたいと私は思った。
彼女の弟達を見て、記憶にはないが、家族を皆殺しにされた自分の姿が重なったのかもしれない。
自分はその後運よく素晴らしい家族に恵まれて幸せに暮らしているが、彼らの未来はかなり厳しくなるに違いない。何の罪もない彼女の弟達をそんな目に遭わせたくはなかった。
彼女のせいでできた賠償金は、元凶の子爵が払うべきだと私は思った。そして実際そうなるように仲間の騎士が上手く仕向けてくれた。彼には感謝しかない。
その後、知人を装った騎士ローリー卿は、子爵の依頼を受けて超優秀な家庭教師を少女の下に送った。
平民の欲ボケ野郎を何人も手玉に取っていた詐欺師とはいえ、相手が貴族になればそう簡単には陥落されられないだろう。いくら見た目だけが良くても、最低のマナーくらい身に付けていなければ問題外だ。
ローリー卿の仲介でやって来た家庭教師達には、得意の甘えもわがままも通じなかった。
子爵令嬢となったマントリー家のリンジーは、頭脳だけでなく心身ともに鍛え上げられた最強の教師達によってスパルタ教育を受けた。
そして彼女はわずか一年足らずで貴族としての基本を身に付けた。そして、ブライアン王太子の一年後輩として学園に入学したのだった。