✽ 公爵令息は重すぎる愛を自覚している ✽ 第31章 子爵令嬢の素性(エリック視点)
サーキュラン王国の元王女三人との会合から半年後、ようやく我々が待ち望んでいたその日がやって来た。
そう。あのブライアン王太子がとうとうやらかしてくれたのだ。
多くの目があるところで、浮気相手の令嬢を連れて、婚約者である私の妹ユリアーナに冤罪をかけた挙げ句、一方的に婚約破棄を宣言したのだ。
私が仕掛けた罠にまんまと引っかかってくれたのだ。正直想定以上の結果だったので、こちらがいささか慌てたくらいだ。
それにしてもあの子爵令嬢は、こちらの想像を超えた貪欲な娘だった。そのおかげで、ずいぶんと不穏分子を処分できそうだ。これは嬉しい誤算だった。
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複数の男を手玉に取って、金を巻き上げるという少女の存在を私が知ったのは、たまたま入った場末の酒場だった。
市場調査のために変装をして王都内を偵察していたとき
「まだあどけない美少女だと思って手を出そうとしたら、金だけ持ち逃げされちまった。くそっ! とんだアバズレだった」
酔っぱらった中年の男が、ぶつぶつとこうぼやいていたのだ。
すると「俺も俺も……」と続けて二人の男が声を上げ、その少女がいかにずる賢い娘かを語り、お前らも気をつけろよと喚いていた。
「いい年をして何やっているんだよ」
と笑う者や
「そんな子悪魔に目を付けられた大変だ」
と身震いする者もいれば
「そんなガキが近付いてきたらとっ捕まえてやる!」
と意気込む者もいた。
そして私はというと、その話を聞いてその娘は使えそうだな、となぜか思った。インスピレーションというやつだった。
そして早速調べてみると、その少女は町外れで立ち飲みの屋を営む夫婦の娘だった。
しかし、彼女は母親や弟とは顔立ちはどことなく似ていたが、色目が他の家族とは違っていた。少なくとも父親の子供には見えなかった。
彼女の赤味の強い鮮やかな金髪と青碧色の大きな垂れ目気味の瞳は、かなり派手で、貴族の血を引いているのは明らかだった。
この国の庶民は暗い髪色をした者がほとんどだったからだ。それに比べて、貴族は派手な色合いの者が多いからだ。
少女本人も、自分はとある伯爵の忘れ形見だと吹聴して、男を騙して金品を巻き上げているようだった。
私は我が公爵家の諜報担当の騎士に、彼女の身元や現状をさらに詳しく調べてもらった。
モントーク公爵家はサーキュラン王国の武門のトップである。
それ故に一族の者達は、幼いころから厳しい鍛錬をしているため、超一流の騎士になる者が多い。
もしくは、国の防衛や治安維持を指揮する司令官や軍師、そして諜報部などで要職に就いている。つまり一族の多くが文武両道だったのだ。
しかしそんなエリート揃いのモントーク一族が希望している職場は、王城でも騎士団でもなかった。
優秀な者であればあるほど、国ではなくて公爵家の私設騎士団に入りたがるのだ。
この私設騎士団は、国と比べると当然規模は小さいのだが、国と同じような組織になっている。
しかも全て優秀な人間で固めているので、国よりも素早く動けて成果をあげやすい。そこに皆やりがいを感じるらしい。
何せ王立の騎士団や近衛は実際コネで入る者も多く、しかもそんな能力もない人間が出世しがちなのが現状なのだ。
もしそんな上司にでもあたったら、いくら自分が優秀であっても、その実力を発揮できない恐れがある。手柄を取られるのならまだしも。
さらに派閥争いに巻き込まれたりでもしたら面倒この上ない。
しかし私設騎士団ならばそのようなものがないので、横槍も入らないし、理不尽な命令をされることもない。
特に我がモントーク公爵家の騎士団ならば、国の支配は受けずに独自に動くことができるのだ。
国がなぜそれを容認しているのかといえば、国の軍部にまでモントーク一族が強い影響力を持っているからだ。
もちろん彼らがそれらのトップの座に就いているというわけではない。
しかし、我々はクーデターを起こそうと思えばいつでも決行できるのだけの力を備えていることを、国の上層部は皆認識していた。それ故に彼らは異議を唱えることはできなかったのだ。
もちろん、我がモントーク一族だって、クーデターなど起こす気は一ミリもなかった。
もし軍事政権を樹立などしてしまったら、いくら規律を厳しくしたとしても、我々も己の力に奢り、傲慢になってしまうだろう。
そして私利私欲のために国を動かそうとしてしまうに違いない、とわかっていたからだった。
軍というのは政府の下にあるべきだ。そう考えるからこそ我が公爵家は、王家とは縁を結ばなかったし、表だって己の力をアピールすることもなかった。
本来なら祖母だって、この国の守護神だと呼ばれる立場などにはなりたくなかったはずだ。
本来、彼女は陰から人を支えるのが好きな控えめな女性だったのだというから、英雄になりたいなんて、間違っても思うわけがないのだ。
ただ前国王をそのまま放置していたら、この国は周辺国に吸収合併されてしまう。それが誰の目から見て明らかな情勢だった。
それ故にそれを阻止するために、彼女は立ち上がらざるを得なかったのだ。
そして運がいいのか悪いのか、彼女にはそれを成し遂げられるだけの素晴らしい身体能力と知能、そして家の権力があったというわけだ。
そんなこの国の近代史を王族としてしっかり学んだはずの現国王が、なぜ妹のユリアーナをブライアン王太子の婚約者にしたのかがわからない。
父が自分の親友であり同志だから、国の軍部だけでなく公爵家の私設騎士団までも利用をできるかも……とでも思ったのか?
もし私の想像通りなら、国王は馬鹿じゃないのか。父は確かにモントーク公爵家の当主だが、実際に軍部の実権を握っているのは父の弟達なんだぞ。
そしてその叔父達は、我が一族の唯一の姫を守るためならば、王家に楯突くことも意に介さないのだ。
それくらいのことがどうして理解できないのか。まあそれは、我が父にも同じことが言えるのだが。
良識と他人に対する配慮がなければ、いくらトップに立ち、絶大な権力を持っていても、それは意味をなさない。
そして依頼してからそれほど時間もかけずに、我が公爵家の諜報担当の優秀な騎士が、その少女の詳しい情報を届けてくれた。
彼女の両親は元々幼なじみだったらしい。平民なので子供のうちから婚約する、ということにはなかったが、誰もが二人はいずれ愛し合う夫婦になるだろうと思っていたという。
二人は店を持つのが夢だった。そのために共に働いて資金をためていた。だから突然、まだ十代半ばで二人が結婚したことに、正直周りの者達は意外だと思っていた。
しかしその後間もなく妻のお腹が大きくなったことで、ああそうか、と皆は納得した。
ところが子供が生まれると、すぐにそれが大きな誤解であることに誰もが気が付いた。
赤ん坊が夫の子供ではないことが一目瞭然だったからだ。そしてその子供の父親が誰であるも。
夫となった青年は、奉公先の子爵に手籠めにされて妊娠した恋人を、見捨てることなく結婚したのだ。
そして、まだ若く貧しいながらも、彼は妻と子のために必死に働いた。
その後二人の間に息子が二人生まれても、娘のことは実の子として可愛がっていた。
しかし、そんな貧しい生活でも愛情いっぱいに育てられたというのに、娘はその見目の良さを武器にして、人を騙して金を取るような性悪になってしまったという。
しかもそうして得た金品は全て彼女自身のおしゃれや遊興費に消えて行き、家族のために使われたことは一切なかったらしい。
もちろん、清廉な両親はたとえくれると言われたとしても使わなかっただろうと、彼らを知る者達は語っていたそうだが。
血というのは恐ろしいものだと、周りの者達は夫婦に同情的だという。
何せその少女の本当の父親は、古い歴史を持つ子爵家の当主だったのだが、女好きの乱暴者で、二度結婚したが、その二度とも妻子に夜逃げされて、その後は妻の来てがなくてずっと一人者のようだ。
しかも無駄にプライドが高く見栄っ張りなために、流行りの事業に手を出しては失敗をするということを繰り返しているそうだ。そして先祖からの財産を減らし続けている能無しだった。