✽ 公爵令嬢、領地(地獄)行きを命じられる ✽ 第3章 公爵家の恋愛事情(ユリアーナ視点)
祖父マーチンは伯爵家の次男で元近衛騎士だった。なんでもキング・オブ・ナイトと称されるほど最強の騎士だったらしい。しかも金髪碧眼の超絶の美丈夫。
父のすぐ下の弟である叔父ヘンリーや私の二番目の兄であるスコットはこの祖父似だ。
祖母とは身分違いだったが、この国最強の女の夫が務まるのは祖父くらいしかいないと、王家の命令で結婚させられたという逸話が世間の定説だ。
しかしそれがデマだということを家族や一族は皆知っている。
そもそも二人は同じ家門の幼なじみで、一緒に剣を習っていた仲だったのだから。
祖母の気持ちはわからないが、祖父は子供のころから祖母一筋だったらしい。
そして陰からずっと祖母を守り続け、祖母に大国の王家からの結婚話が持ち上がったとき、とうとう祖父は意を決してプロポーズしたらしい。
何度断られようとも、祖母がそれこそ根負けするまで……
その結婚秘話は私も義叔母達から聞かされていたし、祖父母が仲の良い夫婦だった姿も実際に目にしていたのでもちろん知っていた。
しかし、今日に至るまでその思いが変わらないなんて、私にはとても眩しく尊いもののように感じられた。
そこで思わずこう呟いてしまった。
「やっぱりお父様達のような政略結婚ではなくて、思い思われての結婚は素敵ですね」
すると、祖母と兄が顔を見合わせてきょとんとした顔をした。
「お前は何を言っているんだい? 我がモントーク公爵家の人間は、そのほとんどが自由恋愛で結婚しているのだぞ。
叔父上達を見てみろ。あんな偏屈な変わり者なんて、相手が好きでいてくれなかったらとっくに破綻しているだろう?
もし政略結婚だったら即家庭内別居になって、従兄弟達も誕生していなかったと思うぞ。
それに、そもそも我がモントーク公爵家の後継者に決まっていた父上が、子爵家の令嬢であった母上と政略結婚なんかしたって何のメリットもないだろう?」
兄の言葉に私はこう言った。
「でもそれはお母様がとびきりの美人な上に成績優秀で、お祖母様のお目にとまったからでしょう?」
「違うよ。学生時代から父上は隠れて母上と付き合っていたんだよ。
母上は自分が公爵家の嫡男の正妻になんてなれるわけがないから、日陰の身でもいいから父上の側にいたいと思っていたらしいよ。
でもそれを知ったお祖父様が父上を殴り倒し、母上に檄を飛ばしたんだよ。
本当にお互いを思い合い、愛し合っているのなら、なぜ堂々と戦わないのだと。
自分達には身分の差など関係がないのだと、堂々と胸を張って宣言できるほどの人間になってみせろと。
それができないようならそれは本物の愛ではない。たとえ駆け落ちしようと、別れて政略結婚をしようとどちらも上手くはいかない。
そもそも政略結婚した後で、愛する女性を愛人にして側に置こうなんてもっての外だ。第三者を不幸にして自分達だけ幸せになろうなんて鬼畜のすることだ。
我が家からそんなクズは出せないから成敗してやる! 政略結婚を甘く見るな!ってね」
政略結婚を甘く見るな!
どこかで聞いた台詞だわ。でも、私の場合とはかなり状況が違うみたいで無性に腹が立った。だから思わずこう呟いてしまった。
「お父様ったらよく私に偉そうなことを言えたわね。自分こそ最低なことをしようとしていたくせに」
親に対して批判めいたことを口にしたのは初めてで、自分でも驚いて呆然としていると、隣の席にいた兄が私の頭を優しくポンポンと叩いた。
「よく言った。お前の言うとおりだ。親の言うことが全て正しいと思う必要はないよ。完璧な人間なんてこの世にはいないのだからね。
私達の目の前の完璧と世間で呼ばれている元女公爵様だって、子育てに失敗したんだからね」
「お兄様、なんてことをおっしゃるの! お祖母様に向かって」
「いいのよ、ユリアーナ。事実なのだから。
私がもっと幼いころから長男のハロルドに厳しい後継者教育を施して、もっと本人に自覚を持たせていれば良かったのよ。
けれど諸事情から私がそれをちゃんとしなかったから、あの子はその覚悟ができていなかったのよね。
でも、夫のおかげで恋人と幸せになるためには、自分が強い意志を持たねばならないと気付いたのよ。貴女の母親ロジーナもそう。
「子爵令嬢の自分でも人から後ろ指差されないような人間になってみせます。
夫を支えられる立派な妻になれるように、これから死に物狂いで努力します。ですから交際を認めてください」
そう言ってきたわ。
そしてロジーナは実際に血の出るような努力をして、他人に有無を言わせない淑女になったから私達は二人の結婚を認めたのよ。
まあ、ハロルドを後継者にするつもりは正直なかったけれど、他の候補者に断られて仕方なくだったけれどね。
でも、それはやっぱり失敗だったかしらね。よりにもよって自分の娘を王家に嫁がせようなどと考えたのだから。
これ以上力我が家が王家に近付いたら敵を増やすだけだというのに」
他の候補者、つまり叔父様達に断られて消去法でお父様が公爵になったのか。知らなかったわ。
お父様は真面目で頭脳明晰で、理想の公爵だと世間では評判だから。
父のすぐ下の弟であるヘンリー叔父様は、今近衛騎士団の団長をしていて、自力で伯爵位を得た。そんなことをしなくても我が家にはいくつかの爵位を持っていたのに。
末のケンドル叔父様は伯爵家へ婿入りして薬草の研究者になった。
二人とも仕事に夢中で領地経営は妻に任せっぱなしみたいだから、公爵家の当主には不向きだったと私もそう思うけれど。
(父も宰相として忙しいが、一応公爵家の仕事にも関与しているのだから、叔父達よりは幾分マシだと思う)
「お祖母様は王太子殿下と私の婚約に反対されていたのですか? 元王妃様の大切なお孫様だというのに?」
「反対に決まっているわ。自分と同じ苦労を可愛い孫娘の貴女にさせたいと思うわけがないでしょう。
それを知っているくせにあの子は私を騙して、娘を王家へ差し出したのよ。
夫を亡くして傷心の母親を労る振りをして、わざと私を遠方の保養地へ行かせている間にね」
そうだったのか。お祖母様の勧めた婚約ではなかったのか。お父様はお祖母様だけでなく母や私のことも騙したんだ。
お祖母様が望んだ縁なのだから努力しなくてはと、辛くても頑張ってきたけれど全部嘘だったんだわ。
ん?
自分と同じ苦労?
「お祖母様も王家との縁談話があったのですか?」
私が驚いて訊ねると祖母が頷いたので瞠目した。つまり、元王妃のスカーレット様とは王太子の婚約者を争うライバル関係だったの?
すると私の心の中の疑問に気付いたのか、祖母はこう言った。
「私は王太子の婚約者候補五人の中の一人だったのよ。と言っても最年少で年も五つも離れていたので、選ばれる可能性はかなり低かったけれどね。公爵令嬢ということで無理矢理にその枠に押し込まれたのよ。
有力候補は当然侯爵令嬢のスカーレット様。年は殿下と同じ年。才色兼備な上にお淑やかな性格で、将来の王妃様に文句無しだったわ。
昔は今と違って数人の候補者を選び、ご令嬢達に切磋琢磨させて、その中からより優秀な者を王太子の婚約者にしていたの。
でも、最終的に選ばれなかったご令嬢にとってははた迷惑な制度だったわ。確かに素晴らしい教育は受けられるけれど、そんな自分に相応しい殿方はすでに皆相手が決まってしまっているわけだから。
残りの選択肢は年下か反対に年のかなり離れた訳ありの男性しかいないでしょう?
元々この制度に不満を持つ貴族は多かったわ。でも、王家の力が強くて誰も逆らうことができなかったの。
先代の愚王はとにかく困り者だったけれど、彼の悪行の結果、王太子の婚約者選びの制度が廃止されたのだから、それに関してだけは感謝だわね。
彼のおかげで王家の独裁体制が見直されて、貴族達の意見が幾分とおりやすくなったのだから。
あとは十五歳未満の婚約が禁止されたことも。幼いころに結ばれた婚約による揉め事が多過ぎると以前から問題になっていたから。
それなのに、まさか貴女がその王家の最後の生贄にされるなんて」
生贄……
その言葉にブルッと体が震えた。