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✽ 公爵令息は重すぎる愛を自覚している ✽ 第29章 侯爵令息の決意(エリック視点)

 

 ブライトン侯爵令息だったフランモールは、元々私達の同学年で同じ生徒会役員だった。

 高位貴族の令息で頭脳明晰。その上見目もそこそこ整っていて優良株だったために、彼は以前からカタリア王女の婚約者候補と噂されていた。

 しかし公爵家の嫡男であり幼なじみの私が彼女の側にいたせいで、彼は候補になれずにいた。実際のところ、私は王女のただの護衛のようなものだったのだが。

 

 彼がカタリア王女に好意を持っていることに、私は入学早々から気が付いていた。

 自分への好意には鈍感なのに、他人へ向けられる思いには敏感なのはなぜなのだろうか。

 私は人の恋路を手伝ってやるほどお人好しではないし、暇でもない。だから最初のうちは生徒会の仕事以外で彼と接触するつもりはなかった。

 そもそも彼の家は保守派のトップだったので、あまり関わりたくなかったのだ。

 

 しかしその後双子の王女の思惑に気が付き、それに協力しようと決めたとき、そのためにはカタリナ王女の結婚相手が重要であると感じた。将来の王配となる人間なのだから。

 学園在学中にカタリナ王女にまだ婚約者がいなかったのは、他国へ嫁がせるか国内に留めるか、国王がまだ判断がつかなかったからだろう。

 

 だが、双子の王女の計画が上手くいけば、彼女達の嫁ぎ先は保守的政策を改めて、世界の主流に迎合しようとするだろう。

 そして我が国だけが周辺国家から取り残される形になるに違いない。

 そうなれば、国王も第三王女まで他国へは出さないだろう。いや、むしろ国内の団結に心血を注ごうとするはずだ。

 そして、能力の劣る王太子を守るために、カタリナ王女に彼を補佐できる人間を充てがおうとするはずだ。

 そうなったとき、選ばれる相手は誰か……おそらくその候補者の筆頭はフランモール=ブライトン侯爵令息だ、と私は踏んだ。

 

 フランモール=ブライトン、悪くない相手だと思った。

 保守派トップの家の息子。この男をこちら側に宗旨変えさせることができたら、保守派に大打撃を与えられる。

 しかし、カタリナ王女が双子の姉達のようにフランドールを手玉に取るのは、どうしたって無理な芸当だろう。

 さてどうしたものかと考えていたら、あの男がカタリナ王女を想っていることに気付いたのだ。

 これは都合が良いと思った。

 彼はかなり頭のいい理論派だ。私が上手く立ち回れば、彼の思考を変えられるかもしれないと私はそう考えた。

 そして実際にそれを実行した結果、彼はすっかり私に心酔するようになったのだ。

 

 学園に入学したころ、私は皆と平等に接して、特定の友人を作らなかった。

 周りも私があの(・・)女魔王である元女公爵の孫であり、宰相の嫡男ということで、一歩引いて遠巻きにしていたし。もちろん一部のご令嬢は除いての話だが。

 そんな私に親しげに声を掛けられるようになって、フランドールも悪い気はしなかったようだ。


 優秀かつ高位貴族の彼のことだから、表面には出さなかったが、内心では私に対してライバル心を抱いていたはずだ。カタリナ王女とも親しげに会話をしていたし。

 ところが、私の方から声を掛けたことで、自分はあの公爵令息から一目置かれた存在なのだと、その自尊心を擽られたようだった。

 実際話してみると、彼の優秀さに感嘆し、その後私も彼に一目も二目も置いたけれど。


 本の貸し借りをし、一緒に芝居や演奏会、美術展へ足を運び、彼とは様々な会話を交わした。

 そしてさり気なく、この国がいかに周辺国から遅れをとっているか、その現実を伝えていった。

 そしてその原因が、凝り固まった古い考え方のせいだということを。

 フランドールは次第に俯瞰的視野で我が国を見るようになった。

 そしてこのままでは、我が国だけが世界から取り残されてしまうという、不安を覚えるようになっていった。

 それと同時に両親の主義思想に疑問を抱くようになったようだ。

 

 当初私は、カタリナ王女がフランドールを誘惑、というより仲間に率いるように仕向けること無理だと考えていた。

 だが、ここまでお膳立てすれば大丈夫だろう。

 そう思ってフランドールと共にしていた昼食の席に、カタリア王女を誘うようになった。それから学園の図書館や温室などにも。

 そのうち三人で一緒に過ごすのが日常となっていった。

 しかし、カタリナ王女は私が考えていたよりずっと先のことを見据えて、彼女なりに策を練っていたのだ。

 

 二年生に進級すると、カタリナ王女は私達三人の会合に、なんとフランドールの年子の弟のラドクリフトと、マリアンヌ嬢を同席させるようになったのだ。

 ラドクリフトは兄よりも甘いマスクをしていて、物腰も柔らかだった。

 そしてその見かけどおり考え方も柔軟であったので、私やマリアンヌ嬢だけでなく、カタリナ王女ともすぐに意気投合した。

 彼は兄とは違い、私達と触れ合うようになってわずか一月ほどで、改革派に宗旨変えをしてくれた。別に強制したわけでもないのに。


 しかし、これを快く思わない人物がいた。それが兄のフランドールだった。

 私やマリアンヌ嬢はともかく、カタリナ王女と親しげに話すのを見て嫉妬したらしい。

 彼は弟に、自分達と一緒にいるより同級生と過ごした方がいいと助言した。

 すると弟は兄に何を言っているの?という顔をして、

 

「同級生とだってちゃんと付き合っているから心配ないよ。

 でも、やっぱり学園で最も優秀だと言われているあの三人の先輩方と話をするのは、とっても為になるし、楽しいんだ」

 

 と言った。

 

「お前はカタリナ王女殿下をどう思っているのだ?」

 

「どうって…… そうだね、とても尊敬できる方だと思っているよ。博識だし、意識高いし、穏やかだし。

 それにとてもお美しい方だから、ずっと側にいたいなって思う。まあ無理な話だけれど」

 

 それを聞いたフランドールはかなり焦ったという。弟も殿下を好きなのかと。

 自分が弟に勝てる要素といえば嫡男であるということだけだ。そう思って情けなくなったらしい。

 しかし、それと同時に、王女が爵位を継げない弟を選ぶはずがないと、仄暗い喜びが湧いてきたという。

 後になって、情けなさそうにフランドールはそう告白していた。

 しかし残念ながら嫡男というメリットも、結局王女にとってはむしろ邪魔なものだった。

 それを知ったとき、フランドールは立ち上がれないほど衝撃を受けたらしいが。

 

「結婚について、殿下はどのようにお考えになっているのですか?」

 

 たまたま二人きりになったある時、フランドールはカタリナ王女に勇気を振り絞ってこう訊ねたという。

 すると王女はこう答えたそうだ。

 

「私ね、臣籍降嫁するつもりはないの。だから、婿養子になってくださる方と結婚するつもりです」

 

「つまり新しい宮家を創立するということですか?」

 

 フランドールのこの問いに王女は答えなかったが、そういうことなのだろうと彼は認識した。


「これは内密(改革派内で……)に進められている話だから、ご家族にも内緒にしてね。貴方だから話したのだから」

 

 フランドールはこの王女の言葉で、歓喜と悲哀の感情の嵐に同時に襲われたそうだ。

 うん。なんとなくわかるような気がした。

 婿を望んでいるならば、嫡男である自分はその対象にはならない。

 やはり最初から弟狙いで彼を仲間に引き入れたのか。そう思うと胸を掻きむしりたくなるほど悔しい思いをしたらしい。

 しかし、弟ではなく自分を信頼して打ち明けてくれたのだ。そのことだけは泣きたくなるほど嬉しかったと言っていた。


 その後彼は、しばらく思い悩んだ末に、案の定僕に相談しにやってきた。カタリナ王女を好きだという感情をどうやったら消せるのかと。

 まあ、そうなることは想定内だったけれど、恋心を消す方法などこの私(・・・)が知るはずがない。

 倫理に外れるとか非常識だとか頭でわかっていながら、決してその恋情を消そうとは思わなかった人間が知るわけがないだろう。

 だから答えを教える代わりに、私は自分の話を語って聞かせた。

 自分の恋の話を口にするのは初めてのことだった。

 それは計画を進めるためというより、友人に対してアドバイスしてやりたいという私的な思いからだった。

 私としてはかなり珍しい感情だったと思う。

 

「私に婚約者がいることは知っているだろう? 

 しかし、相手のことは皆何も知らないはずだ。なぜなら彼女の身を守るために秘密にしているからな。

 私には心から愛する人がいて、その女性と結婚すると大分前からずっと心の中で決めていた。しかし、それをなかなか口にすることはできなかった。

 今の君と同様にね。周りからすんなりと祝福してもらえるような相手ではなかったからだ。

 でもね、その女性は愛らしくも美しく、とにかく素晴らしい人でね、いつ他の誰かに奪われてしまうかわからなかった。

 私はずっと不安だった。彼女以外の女性を妻にする気なんて全くなかったからね。

 だからある日、ようやく意を決して彼女の両親に婚約の申し込みをしたのだ。すると厳しい条件(本当は至極真っ当な注文……)を突き付けられたのだ。

 それでも私はその無茶な要求を呑んだんだよ。私にとって最も重要なことは、彼女と共に歩むこの先の未来だった。そのためならなんだってできたんだよ。

 ちなみに私の婚約者はカタリナ殿下ではないから安心してくれ」

 

 私のこの言葉にフランドールは大きく目を見開いた。

 彼が本来私に聞きたがっていた、王女のことを忘れる方法については、一切答えていなかった。

 しかし、フランドールは私の言葉に何か思うところがあったようだ。彼はそれから間もなくしてカタリナ王女にプロポーズしたのだから。

 

「カタリナ殿下。私は貴女を心から愛しています。貴女が我が侯爵家に嫁ぐのが嫌だというのなら、嫡男の座を弟に譲って家を出ます。ですから私を貴女の人生の伴侶に選んでください」

 

 片膝立ちをして、彼は一本の朱色の薔薇をカタリナ王女に捧げた。振られる覚悟だったとその後彼は言った。

 しかし、彼女が望むならば、何を捨てても後悔しないという気持ちは真実だったと。

 そして彼の願いは、その場ですぐに受け入れられたのだった。

 

 お互いに思い合っていることを確認した後で、カタリナ王女はなぜ臣籍降嫁するつもりがないと言ったのか、その理由を彼に告げた。

 彼女が望んでいた婿とは、単なる王女の婿ではなく王配だったのだと。しかもそれは現在の王太子を廃して、政権交代させた後の話だということを。

 聞いたその瞬間は、さすがに彼もその壮大な構想に怯みかけたという。

 しかし、彼女と一生共にありたいと思いがすぐに蘇り、そんな恐怖は消え去ったらしい。

 そもそもこの二年近く、彼は王女や私達との触れ合ううちに、現在の体制ではもはや国は維持できないだろうという思いを強くしていたので、覚悟はすぐに決まったようだ。

 

 コンプレックスである弟を使ってフランドールのを煽り、自分に告白させたカタリナ王女の手腕に正直舌を巻いた。

 有能な男を夫にした上、その弟まで仲間に引き入れたことで、保守派の筆頭である侯爵家の令息達を革新派に宗旨変えさせたのだから。

 二人は卒業の年に婚約した。もちろんそれは、カタリナ王女がブライトン侯爵家に嫁ぐという形だった。

 事を起こすのは、最適な時期を見定めてからする計画だったからだ。

 私達は秘密裏に仲間を増やし、着々と準備を進めて行った。

 そしてその計画の中に、フランドールの弟ラドクリフトの当主教育も含まれていたことは言わずもがなだった。

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