✽ 公爵令息は重すぎる愛を自覚している ✽ 第27章 王女達との密談(エリック視点)
三人の王女達は、祖母である王太后の選んだ優秀な乳母やナニーに育てられた。しかも王太后に教育され、モントーク女公爵に鍛えられた。
そして一癖も二癖もある女公爵の孫である、私達三兄弟を遊び相手にしていた。
そのため彼女達は見かけは天使のように光り輝く美女だったが、中身は妖精のように気まぐれで屈折した性格となっていた。
まあそれでも、三番目の王女はまだ人間らしさがあったが。
祖母は女魔王と呼ばれているけれど、この二人だってまさしく妖艶な魔女だよな。
彼女達は外交だと言って各国を訪問しては、結婚相手を探していたのだから。
そして蠱惑的な雰囲気を漂わせ、自分達にとって都合のいい相手をちゃんと見つ出し、婚約まで持ち込んだのだからすごいの一言だ。
「お二人にはもっと大国からの申し込みが、山ほど届いていたのでしょう?
それなのに現在の婚約者様を選んだのは、あのお二方ならご自分のいいなりにできると踏んだからではないのですか?
それに、この国とは同レベルの国だから、大国より支配しやすいだろうと」
「「ずいぶんと失礼なことを言うのね。いくら幼なじみで遠慮がないからといって、私達の大切な伴侶を侮辱することは許さないわよ」」
二人の王女は美しい眉を少し吊り上げて、一言一句違わずにこう言った。
へぇ~。意外だな。本気で怒っているぞ。
ただ利用するつもりなのではなく、ちゃんと婚約者に対する思い入れはあるのだな、と私は少し安堵した。
幼なじみとしては、彼女達には幸せな家庭を築いて欲しいと願っていたから。
「申し訳ありません。大変失礼な物言いをしてしまい、心よりお詫び申し上げます」
「そんな丁寧に詫びられると却って苛つくわ。わざとらしく感じて。
でも実際のところ、最初は作為的に彼を選んだのは事実よ。だから、貴方のその発言を許さざるを得ないのが悔しいわね」
シェルリー第一王女は少し悲しげにそう呟いた。彼女達はやはり、妹王女のために婚約者を選んでいたのだ。
彼女達が嫁ぐ予定の二つの国は我が国ほどではないが、未だに男尊女卑の意識が強いのだ。そしてそのために、我が国同様に国力が緩やかに下降している。
そんな国の王太子を自分に夢中にさせ、操り、女性蔑視の政策をやめさせようと彼女達は目論んでいるのだ。
女性の地位が高まったことで嫁ぎ先の国力が上がったとしたら、取り残された我が国もきっと変革せざるを得なくなるだろうと。
弟が考えを改めて真摯に学び、本気で国政に向き合う気になってくれれば、彼に協力するつもりだ。
わざわざ罠にはめて引き摺り下ろすような真似はしないけれど、と以前王女達は語っていた。
いくら触れ合う機会がほとんどなかったとはいえ、実の弟に対する情は人並みにあったのだろう。その当時は。
しかし、三つ子の魂百までというから、そうそう変わるものではないと他人の私はそう思っていた。
だから王女達の思惑に気付いたとき、王太子ではこの国はだめになると、双子の王女がとうとう弟を見切ったのだと悟ったのだ。
だからこそ、王太子ではこの国は駄目になるという事実を、少しずつ周りに知らしめておこうと私は考えた。
そしてカタリナ王女こそがこの国にとってトップに立つ人間として相応しい、と思われるような道筋を作っていこうと思ったのだ。
そのために、双子の王女の本音を確認しておきたくて、彼女達に意地の悪い質問をしたのだった。
そして彼女の達の意思を確認した後、私達三人はそのまま今後の計画を練り始めた。
しかし少し経ってから、シェルリー第一王女が突然、良いことを思いついたかのように笑顔でこう言った。
「やっぱりこの国にはモントーク公爵家が付いていないと駄目なのよね」
「まあ建国時から、我が家はその役目を担ってきていますからね」
「この国の重臣達は口にこそ出さないけれど、あの不出来な弟よりも貴方に国王になってもらいたいと考えていると思うわ。
貴方だって自分の方がこの国のトップに相応しいと思っているでしょう?」
「滅相もないことです。それこそ不敬罪で牢獄入り決定です」
「あら、心の中で思うことは誰も止められないわ。
それに貴方が国王になるのではなく、王配になってこの国を治めれば何の問題もないわ」
ツーカーであるチェルリー第二王女までが愉快そうな笑顔で姉に追従した。
「それはカタリナ第三王女と結婚してということですか?」
私が遠い目をして訊ねると、二人は真顔になってこくこくと頷いた。
どうやら彼女達は本気らしいので、ここはあやふやにせずはっきりさせておいた方がいいと私は感じた。
「残念ながらそれは不可能です。私にはすでに婚約者がいますので」
「それって、女避けのための方便じゃなかったの?」
二人が揃って大きな目をさらに大きく見開いた。
私がご令嬢達の贈り物に対して、婚約者がいると書いて返信したことは、あっという間に学園だけでなく社交界にも広がっていた。
しかし、モントーク公爵家がその件に関して一切口にしなかったので、これは鬱陶しい求婚の申し込みを減らすための方便に違いない、と大方の人間が思っていたようだ。
私が特定の令嬢と親しくしている姿を見た者がいなかったからだろう。
中には、私がの意中の相手は名を出せないのは、高貴な女性だからではないか、と推測する者までいたのだ。
たしかにカタリア王女とは仲がいいが、それは幼なじみ、親友としてであり、その関係はこの双子の王女達と大差ない。
しかし、同じ年で同じクラス、しかも生徒活動まで一緒だったためにそんな噂が流れたのだろう。
しかし私達の婚約なんて、あの国王が許すわけがないじゃないか。
王太子の臣下としてなら私を必要とするだろうが、ライバルになりえる存在になるなら排除しようと考える可能性の方が大きいだろう。
それがわかっていたからこそ、学園において私は、反国王派だということを隠して中立の立場をとっているのだ。
「軽々しく婚約者がいるなんていう嘘をつくはずがないじゃないですか。本当にいますよ。
ですが色々深い事情があってそれを公表できないだけです」
「色々って何?」「深い事情って?」
二人はソファーから身を乗り出して質問してきたが、私は答えるつもりなどなかったので、話題を元に戻した。
「私はモントーク公爵家の人間としてこの国を支えていくつもりです。
今後の話し合いは、カタリア王女を交えてした方が有意義かもしれませんね」
すると二人は、しかたないわねというように頷いてくれたのだった。
そしてそれから間もなくして、四人で密談する機会を持った。
カタリナ王女は我々の計画を聞いて仰天した。
それはそうだろう。王太子である弟を押し退けて自分が女王になるという内容なのだから。
当然彼女はそれを拒否した。自分には女王になる能力などないと。
「女王になるならお姉様方の方が適任です。私では力不足です」
「「それでは私の代わりに貴女に嫁いでもらって、あの旦那様を陥落してもらおうかしら?」」
「・・・・・」
暫く間が空いた後、カタリア王女は小さな声で「私には絶対に無理です」と答えた。
そして救いを求めるように私を見た。
だから私は力強くこう言ったのだ。
「大丈夫ですよ。俺がこれまでどおり貴女の臣下として、ずっと守り支えるから安心してください。
貴女の伴侶に相応しいと思えるお相手が決まったら、貴女に本気で惚れ込むように、私がちゃんと仕込むから心配しなくていいですよ。
もちろん、貴女に本気で好きなお相手がいるというのなら、王配として相応しい方になってもらうために、その方のサポートはきちんとさせていただきますし」
するとその瞬間、私は第三王女に頬を叩かれ、第一王女にお茶を頭からかけられ、第二王女に思い切り靴で足を踏み付けられたのだった。
ヒール部分でなかったのが、せめてもの彼女の温情だったのだろうか。
それでも生まれて初めて経験するくらいの激痛が、左足から脳天まで駆け抜けて行ったのだった。