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✽ 公爵令息は重すぎる愛を自覚している ✽ 第23章 父と息子 2(エリック視点)


 私が十三の年に父は、国王に懇願されて宰相の補佐役に就いた。

 それまでは父が祖父母と交代しながら領地と王都を行き来していたのだが、それが難しくなった。

 それ故に、祖父母が主に領地を経営することになり、その後滅多に王都に出てくることはなくなった。


 父は、祖母と会わずに済むようになったことにほっとしてたようだった。

 自分を押さえつけていた重石がようやくどかされた、そんな気がしたのだろう。

 そしてそれは、妻子も同じ気持ちだと彼は思っていたようだった。

 

「いくら母屋と離れで別棟で生活していたとはいえ、今まで窮屈だっただろう。済まなかったな。これからは家族六人だけだから気も休まるだろう」

 

 父は機嫌良くそう言ったが、祖父母がいなくなって喜んでいたのは父だけだった。

 なぜか母が祖母から嫁いびりされていると、父は頑なに思い込んでいた。

 しかし、二人は嫁姑というより実の母子のように仲が良かったのだ。義理の叔母達ともそうだ。


 そして、私達兄妹や従兄弟達も祖母のことが大好きだった。

 祖母はおおらかで包容力があり、しかも茶目っ気のある人柄だったので何でも相談できる相手だった。

 その上、祖母は私達の最高の剣の師匠だった。もちろん祖母は、祖父同様にとても厳しかったのは事実だ。

 しかし、祖母は子供の一人一人の性格や能力を把握し、その子に合った指導をしてくれた。訓練が嫌いにならないように。


 それに比べて天才肌の祖父の指導は、子供相手でも一切手を抜かずに厳し過ぎて、子供の指導には適していなかったのだ。

 それ故に祖母の指導を受けられなくなった私達は、とてもがっかりしたし、会えなくなって悲しくなったのだ。

 

 しかし、父や叔父達が祖母のことを誤解していたことで、我々にとっては却って都合の良いこともあった。

 彼らは、息子達が悪さをしたり言うことをきかなかったりすると、祖母の下へ修行へ行ってこいと命じるようになったからだ。


 本人達は息子達に罰を与えていたつもりなのだろうが、我々子供にとってそれはご褒美以外の何者でもなかった。

 もちろん剣をはじめとして槍や弓や馬術、川での水泳などの厳しい訓練はあったが、王都とは違って自由だった。

 外で思い切り探検ごっこをしたり、近くの街へ買い物へ行ったり、庶民の生活を学んだり。

 特に身の回りのことを自分自身でできるようになっていくことで、私達は自分に自信が持てるようになっていったのだ。

 

 本当は、私達が祖母に対する父達の誤解を解いてやれば良かったのだ。

 そうすれば、妹のユリアーナだって祖母から引き離されることはなかった。祖母も溺愛する孫娘と触れ合うことができただろう。

 しかし、あの頑な父親達になんて説明すればいいのか、当時まだ子供だった自分達には皆目わからなかったのだ。

 


 父の公爵位の継承は、父の三十五歳の誕生日になされることが大分前から決まっていた。

 そしてそれに合わせて、私も父の後継者として発表される手筈になっていた。

 紆余曲折はあったが、学園に入学するころにはどうにか私にもその責任を負う覚悟ができていた。

 そしてそれと同時に、私にはもう一つある重大なことを両親に告げる覚悟を決めていた。

 しかし、それはかなり繊細かつ極秘にしなければならない内容の話だったので、牙城に攻め入る前にまず祖母に相談した。

 久し振りに祖父母が、父への爵位の移譲の手続きをするために、王都に出てきていたからだった。

 

 

 祖母の名前はフランソワーズ=モントーク。その当時は現役の女公爵だった。

 かつてはこの国最強の女、いや女魔王とか守護神とか呼ばれていた女性だ。

 いや、嫁や孫以外からは未だにそう思われていたことだろう。

 祖母はまだ生きているというのに、すでに伝説化されている英雄だった。

 

 離れに顔を出すと、祖母は満面の笑みで私を迎えてくれた。しかし、私の話を聞き終わると真顔になってこう言った。

 

「私からは何も言えないわ。というか言う資格がないわ。ただ私は貴方達の幸せだけを望んでいるわ。

 だから貴方達二人が本当に幸せになれるのなら応援するわ。もちろん心の中でね」

 

 つまり一切手出しはしないということだろう。もちろんそれは望むところだ。

 だが実際のところ、私達が結ばれたら祖母が一番喜ぶに違いないと思った。

 なぜなら祖母は、未だに(私の祖父)から後継の座を奪ってしまったという罪悪感を持っているみたいだからだ。

 そして父に対しても、自分のせいで、本人が望んでもいなかったモントーク公爵の当主の座を押し付けることになったことを申し訳なく思っているようだった。

 幼少期には別の人間を当主にするつもりで、彼にその自覚を持たせなかったからだ。


 しかも嫌々ながらも守ってきたその公爵家の嫡男の座を、実子ではない養子に譲り渡さねばならなくなるのだ。

 そんな息子のことを考えると、祖母の胸中はどんなにか複雑だろう。仮にそれを息子自身が望んだことだったとしても。

       

 それ故に祖母の心の中に、こんな考えが浮かんだとしてもおかしくはないだろう。

 私とユリアーナが夫婦になれば、もう一度本流の血  ()に戻せると同時に、息子の血(ユリアーナ)も残せると。

 しかし祖母は潔い人間であり、自分より他者の幸せを望む気高い女性である。自分の願望を口にすることはない。

 だから、賛成するとも応援するとも言わないのだろうと思った。

 私だって大恩人である祖母の心に、負担などかけたくはなかった。だからはっきりと自分の意思を彼女に告げた。

 

「将来モントーク公爵家を継ぐにしても継がないにしても、私はユリアーナを娶りたいと思っています。

 しかし、もちろん嫌がる彼女を無理矢理妻とするつもりはありません。

 彼女に誠心誠意思いの丈を告げて、彼女に尽くします。

 そしてお祖父様のように愛を受け入れてもらえるまで、決して諦めないでユリアーナに愛を伝え続けます」

 

 すると、なぜか祖母は遠い目をして

 

「それって結局、ユリアーナには逃げ道がないと言っているようなものじゃないの。

 超一流のハンターに標的にされてしまうなんて、なんて哀れな子なのかしら」

 

 と呟いていた。

 

 そしてその後、私は母にユリアーナと結婚したいと告げた。

 すると母は全く驚く様子を見せなかった。とうに私の気持ちに気付いていたのだろう。ただ静かにこう言っただけだった。

 

「貴方自身のためだけではなく、我が公爵家にとっても良い話です。

 特にお義母様のことを思えば最高と言ってもいいくらいの話だわ。

 けれど、我が家は貴方も知っているとおり結婚は本人同士の意志だと決まっていて、親でも強制できないわ。


 現在のユリアーナは確かに貴方を愛しているけれど、それはあくまでも兄としてだわ。

 本当に異性としてあの子が貴方を愛せなければ、二人の結婚は認められないわよ。

 でも、そのためには貴方の出自をあの子に伝えなければならないでしょ。

 けれど、今はまだ貴方の正体を世間に明らかにするわけにはいかないわ。それはわかるよね? 

 実子がいながら養子の貴方を後継者にするためには、それなりの実力を貴方が世間に示して、それを認められなくてはいけないのだから。 

 モ゙ントーク公爵家を継ぐのはエリックしかいないのだと、誰からも異論が出なくなるくらいにね。


 そう考えると、貴方が養子であることはしばらく伏せておかなければいけないわ。

 もちろんユリアーナは賢い子だから、その秘密を外に漏らすとは思っていないわよ。

 でもまだ子供だから、全く態度に表さないとは言い切れないわ。


 だから、やはりもう少しあの子が大人になるまでは秘密にしていた方がいいと思うの。

 そうね、十六のデビュタントのころくらいまでかしら。

 貴方があの子に思いを告げるのはその後になるけれど、エリック、貴方はそれまで待てるのかしら? 

 その間に、あの子が誰か他の人を好きになる可能性もあるのよ?」

 

 母は穏やかにそう言ったけれど、内心面白がっているのがわかった。

 私がこれまでユリアーナに愛を囁くのを普段から楽しんでいたから。

 おそらく母は私がユリアーナを決して諦めないこと、そして手放さないことを確信していたのたろう。

 だからこそ確実な方法で、私達を結ばせようと考えてくれていたのだ思う。


 私は祖母と母に対しては絶対の信頼を持っている。だから素直にその指示に従うことにした。

 そのことは今でもベストの方法だと思うし後悔はしていない。

 しかし、まさかあんな想定外のことが起きるとは思いもしなかった。

 なぜならあのころ、私は父のこともそれなりに信用し、慕っていたからだ。



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