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✽ 公爵令嬢、未来を夢見る ✽ 第21章 兄への思い3(ユリアーナ視点)


 レノマン先生は色々な逸話を持つ女性であった。

 学生時代に一方的に婚約破棄されたが、卒業後裁判を起こして、男性側の有責による解消だったと訂正させた強気な女性だとか。


 そしてその後、彼女の実家の伯爵家と元婚約者の侯爵家が衰退したことで「不運を呼ぶ令嬢」と陰口を言われているとか。


 畏れ多くも第三王女と小公子を取り合ったとか。


 どれもこれも先生になんの落ち度もないのに、貴族社会の悪意によって面白おかしく作り上げられた醜聞だ。

 先生の心の中はわからないけれど、先生はいつも堂々としていて、そんな出鱈目な噂などは気にしていないように見えた。

 おそらくエリックお兄様だって、そんなことを気にしていないはずだ。

 だから、お兄様が先生と婚約していないのは、単に恋愛感情がないからなのだと思った。

 そうでなければ、兄が女性をそんなに待たせるわけがないもの。第一お母様がそんなことを絶対に許さないわ。

 

 レノマン先生に対する嫉妬は、そう考えることでどうにか抑え込んでいたが、それで気持ちが晴れたわけではなかった。

 自分だって兄に異性として愛されているわけではなかったのだから。

 先生に対してはむしろ同病相憐れむ気持ちになっていた。それは私の勝手な思い込みであり、甚だ失礼なことだとわかっていたけれど。

 

 とにかく、先生の兄への思いは正直はっきりしなかった。

 それでも、女性にとって不都合なことが多いこの国の制度や慣習に対して、それを変革していこうという彼女の強い意志だけはなんとなく感じられた。


 理性的で頭の良い彼女は、それを表立って主張するわけではなかった。 

 しかし、エリックお兄様やブライトン侯爵夫人となった第三王女のカタリナ様達と共に、地下に潜って仲間を増やしていることだけは、私にもなんとなくわかった。

 それとなく彼女が私を後押ししてくれていたからだ。

 先生は私のこともお仲間だと思っているのかしら? 

 エリックお兄様からはそんな話は一切されていないのだけれど。

 

 私にはまだそんなに大きな理想とか信念があるわけではなかった。

 ただ自分の手の届く範囲で、少しでも友人達の助けになればいいと思うことをしているだけだった。

 国全体のことを考える視野や能力がない時点で、私には国母になる資質がなかったのだと思う。


 領地で自分を振り返る余裕ができたことで、私はようやくそのことに気付けたのだ。

 婚約破棄されたことは、私だけでなく皆のためにも良かったのだと。

 まあ、あのリンジー=マントリー子爵令嬢にその国母の資質があるのかといえば疑問符が浮かぶのも事実だわ。

 けれど、それは国の上層部が考えることで、一令嬢が気に掛けることではないだろうと、私はあっさりとその重要な問題を頭の中から放り出した。

 私はこの二年半、寝る間を惜しんで自分のできる限りのことをしてきたのだ。

 そんな私を不要だと言ったのは王室なのだから、もう知ったことではない。

 

 今私が考えるべきことは今後の自分の進路だ。

 お祖母様からは柔軟に物事を考えるようにと言われた。正解は一つじゃない。確証もない正しさに拘る必要はないのだと。

 

「一般的に騎士道というのは、正義を貫くことだと言われるけれど、正義なんてしょせんその時代背景やその土地土地で違うものなのよ。

 それなのにそんなあやふやな正義を御旗に掲げて、ただがむしゃらに突進するなんて愚かな行為よ。

 だから人はときには立ち止まって、周囲を見回し、俯瞰的視点で見て考えて決断することが大切なのよ。


 貴女の能力なら、平民としてでも生きていけるし、それなりにそこで人の役に立つでしょう。

 でも、貴女にとって一番相応しい場所でなら、より人の役に立つし、貴女自身も幸せになれると思うの。

 もちろんそのためには、かなりの勇気と決断が必要となるけれど。

 でも、私はそれを貴女に強要し、答えを急がせるつもりはないのよ。だから、ゆっくりと考えて欲しいの。


 ただし、これだけは言っておくわ。好きと告白するのは別に男性からと決まっているわけじゃないのよ。

 まあ、言ってもらうのを待っていた私が言えることじゃないけれど、ずっと後悔していたの。

 あの人から口にできるはずがなかったのだから、もっと早く自分から気持ちを伝えて、あの人の気持ちも知ることができていたら、あんな馬鹿馬鹿しい婚約話を受けなかったのにって。

 そうすれば兄はこの家を継いでいたに違いないのにと」

 

 最終的にお祖母様は、初恋の相手であるお祖父様と結ばれた。しかしそこに至るまでは艱難辛苦の道のりだったのだ。

 お祖母様は私をそんな目に遇わせたくないのだろう。

 王太子の婚約者になることを防げなかったこともひどく気にしているみたいだった。

 それはお祖母様のせいなんかではなかったのに。こちらこそ申し訳ない気持ちになってしまった。

 

 そしてお祖母様はこうも言った。

 

「最近は新しい言葉や名前が覚えられないし、物忘れがひどいの。特に人の名前はね。

 これはもちろん年のせいなのだけれど、若い頃に無理やり不必要な事ばかり覚え込まされたせいだと思うのよね。

 脳にだって容量というものがあるはずだわ。それが限界に達してしまったのでしょうね。

 しかも、脳の中がいっぱいいっぱいになっていたにも関わらず、長年に渡って無理矢理にそこに押し込んできたでしょう?

 だからきっとその弊害で、今、新しいことが覚えられなくなったのだと思うのよ。

 その上年のせいで脳が縮んでいくものだから、覚えていたことも次々と弾き出されて忘れていく。

 おそらくそうしないと、脳がパンクしてしまうからなのでしょうね。

 

 今頃になって思うのよ。若い頃にあんな無駄でつまらないことを覚え込まなかったら、今だってまだ新しいことが覚えられていたかもしれないのにって。

 それに、記憶を自分の意思で取捨選択できるわけじゃないから、嫌いな人や嫌な思い出なんかを優先的に捨てるってわけにもいかないから辛いわ。

 もしそれが可能なら、昔のくだらないことなんて全て捨てて、大切なことだけを覚えておくのにね。

 愛する人や大切な人のこと。好きな動物や植物の名前ことだけを。

 

 でもね、お妃教育の大半は無駄だったけれど、女公爵として貴族社会で生きる上では、結構役に立ったとは思うのよ。

 だから、貴女はこの二年半の時間が無駄だったと悲観することはないわ。

 ただしこれからはもう、貴女が自分の頭で必要不可欠だと取捨選択したことだけ覚えていきなさい。

 そして後々、楽しい、幸せだと思えることだけを記憶に残せるような生き方をしてちょうだい。

 そうすればたとえどんなに辛い境遇に陥ったとしても、貴女を支えてくれる糧となってくれるはずだから」

 

 お祖母様のこの言葉が決定打になったと思う。

 年を取ったときに、若いころにこうしておけば良かったと後悔ばかりしている人生は送りたくないなと。

 悔いのない人生なんてきっとないのだろう。

 それでも、辛いことがあっても自分で決断して、自分の人生を切り開いたお祖母様のような生き方をしたい、と私は思った。


 愛する人が亡くなっても、今なおその人がいつも側にいてくれるのよ、と言って微笑んでいるお祖母様。

 私も自分自身の力で、愛する人の隣の座をもぎ取ってみせると思った。

 はしたなくても淑女らしくなくても構わないわ。私は女魔王の孫娘なのだから。

 

 今度エリックお兄様と逢ったら、その場で自分の思いを伝えよう、そう私は決心したのだった。

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