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✽ 公爵令嬢、未来を夢見る ✽ 第19章 兄への思い1(ユリアーナ視点)

 

 領地に来て三週間も経つと、すっかり平民の暮らしに慣れた。身支度、ベッドメイキング、部屋の掃除、洗濯、食事の準備や片付け、そして簡単な料理まで作れるようになった。

 

「貴族令嬢が平民として暮らすことがいかに無謀なことなのか、貴女もわかったでしょう? 

 頭ではわかっているつもりでも、実際に体験すると想像以上に大変だったはずよ。


 でも、買い物も自分でできるようになったし、これでもうなんとか平民としてやっていけそうね。

 言葉も母国語並に数カ国語話せるから、どこへ行っても困らなさそうね。

 元々経理や事務仕事はお手のものみたいだし。

 その上、楽器演奏や絵、刺繍や裁縫もかなりの腕前だから、何をやっても生計も立てられそうだわ。

 私の愛弟子の中で貴女が一番出来がいいわ。もちろんエリックよりもよ。


 けれど、勘違いしてはだめよ。貴女の場合は特別なのだから。

 護身術とは呼べないくらいに強くて、自分の身を守れるから生きて行けそうなのよ。

 普通のご令嬢なら市井に出た途端に騙されて、すぐに売り飛ばされて終わりだもの」

 

 想像していたもよりかなり早く、私はお祖母様から平民暮らしをしても大丈夫だというお墨付きを頂いた。

 本来それは喜ぶべきことなのに、なぜか私は素直に嬉しいとは感じなかった。

 私の困惑した顔を見たお祖母様が、フッと微笑んだ。

 

「人の気持ちなんて日々変化するものなのよ。だから、初志貫徹しようなんて、意固地な考え方はしなくていいわ。

 元々王太子との婚約なんて、貴女の父親以外皆反対していたのよ。

 だからそれが解消されたからって、誰もなんとも思わないわ。いいえ、却ってみんな喜んでいるわよ。

 それなのに貴女が家を出て平民になったら、どれほど悲しむかわからないわ。

 特に貴女のお母様やお兄様達はね。今ならそれがわかるでしょう?」

 

「はい、お祖母様」


 私は素直に頷いた。

 

「大体、貴女自身が自分の本当の気持ちにもう気付いているのではないの?

 ()()()の好きなジンジャークッキーばかり焼いているし、買い物に出かければ、自分の物じゃなくて紳士用品ばかりのぞいていたじゃないの」

 

「それは、お、お兄様達に何か良い贈り物はないかって……」

 

「嘘をついてもだめよ。あんなおしゃれな万年筆や手帳がスコットやマックスに似合うわけがないでしょ」

 

 お祖母様は全てお見通しだ。下の二人の兄は実用性を重視して、シンプルなデザインを好む。公爵令息だというのに優雅さや美的センスに欠けているのだ。

 それに比べてエリックお兄様は、容姿だけでなくちょっとしたしぐさまで、貴公子というより、むしろまるで王族のような気品と優雅さを持ち合わせている。

 そんなお兄様は趣味嗜好まで高尚だ。

 それは別にブランド品を好んでいるとか、高価な物を好んでいるというわけではなかった。

 お母様曰く、エリックお兄様は慧眼の持ち主なのだそうだ。私も子供のころからなんとなくそう思っていたのだけれど、これって、やはり血のなせるわざなのかしら?

 お兄様の本当のお父様は国王陛下だったわけだから、正真正銘の王子様だったのだものね。


 エリックお兄様は隔世遺伝なのか、お父様に瓜二つだ。だから下の二人の兄達ともどことなく似ている。

 しかし性格は全く似ていない。同じ環境で育っていながらこうも違うのは、やっばり王家の血のせい?

 まあ、私の元婚約者のような例もあるなら、それだけが原因ではないと思うけれど。

 

 とにかく、そんな素敵なエリックお兄様に可愛いがられて、私はずっと幸せだった。

 しかし、当然ながらエリックお兄様は非常に女性からもてた。

 下の二人の兄達も容姿や頭脳では負けていなかったのでそれなりにもてていた。

 けれど、彼らは癖が強過ぎるせいですぐに女性から引かれてしまうのだ。

 なにせ二番目の兄は武道一筋の無骨者で、三番目の兄は学者肌で難解な言葉ばかり放つ、面倒な人間だったのだから。

 そのために、エリックお兄様に女性の人気が集中したのだ。

 とはいえ学園時代は、エリックお兄様の方が、下の二人の兄より女性による被害は少なかったらしい。

 そして私は学園に入学する直前、兄達と会話しているときにその理由を知った。

 

「兄上は、生徒会仲間のカタリナ殿下やレノマン伯爵令嬢と仲が良かっただろう?

 だからお二人のどちらかと密かに付き合っているじゃないかと皆に邪推されていたよ。

 だからこそ、面と向かって兄上に色仕掛けをしてくる者がいなかったみたいなんだよね」

 

「でも、学園時代のカタリナ殿下やレノマン伯爵令嬢には、すでに婚約者がいらっしゃったでしょ? 

 エリックお兄様と恋仲になるわけがないじゃないですか!」

 

「ユリアはまだ子供だからわからないだろうが、多くの貴族の場合、婚約者なんて政略的に決められた者達がほとんどだろう? 

 そこに恋愛感情があるわけじゃないから、彼女達が兄上を思っていたって何の不思議もないさ。

 特にレノマン伯爵令嬢の婚約者っていう男が、女好きで乱暴な最低なやつだったみたいだからなおさらだよ。

 結局彼女は婚約解消したみたいだしな。

 しかもなぜかその婚約者の家も彼女の家も、何かお咎めを受けたらしくて、その後かなり勢力をなくしたみたいなんだよね。

 裏で兄上が手を回していたんしゃないか、と俺は推察しているんだ。

 だから、兄上の本命はレノマン伯爵令嬢なのかと俺は踏んでいたんだ。

 だけど違ったみたいだな。卒業して二年以上過ぎても、未だに二人は婚約していないからな」

 

「僕が入学した年に兄上達三人は卒業してしまったから、実際その様子を見たわけじゃない。

 だけど、エリック兄上のことをこの国で一、二位を争う美人で才媛のお二人が奪い合っていた、という噂がまことしやかに流れていたぞ。

 それでよく人に聞かれたんだよ。実際のところ、本命はどっちなのかって」

 

 スコットお兄様だけでなく、マックスお兄様までそう言った。

 二人の兄達の話を聞いたとき、当時十五歳だった私は何かモヤモヤする気持ちを抑えきれなかった。

 兄が婚約者のいる女性に邪な感情を持っていたかもしれない。

 そんな疑いを持つことが嫌なのだと、最初のうちは自分の感情について理屈付けようとしていた。

 しかしそのうちに、相手に婚約者がいてもいなくても、兄が誰かに思いを寄せていると想像すること自体嫌なのだ。

 そのことに、ようやく私は気が付いたのだった。

 そして、実の兄にそんな嫉妬心を抱く自分に、嫌悪感とともに罪悪感を抱いたのだった。

 

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