✽ 公爵令嬢、未来を夢見る ✽ 第18章 嫁がされた三王女(ユリアーナ視点)
レノマン先生の話によく登場するカタリナ様はブライアン王太子の三番目の姉君で、現在は嫁がれてブライトン侯爵夫人となっている。
スカーレット皇后に一番良く似ていると言われるほど、才女の誉れ高いお方だ。
まあそのせいで国王陛下にはあまりかわいがられなかったと聞いている。
しかも、後継者を望んでいたご両親からは、この子が男の子であったらと散々嘆かれて、辛いお立場だったらしい。
あまりお会いする機会はないが、たまの社交場で王太子に無視されてぽつねんと佇んでいると、いつも声がけをしてくださる優しい方だ。
あの方がやりたかったこと。それは女だからと理不尽な目に遭っている女性に寄り添うということかしら?
それはともかく、応援してくれる方々がいたおかげで、勉強会での成果は徐々に出始めた。
多くの参加者が以前より試験で高い得点を取るようになったと、わざわざ私に自己申告してくださるようになったのだ。
そして参加者は皆明るくなったような気がする。
彼女達の置かれた環境が改善されたわけではないが、心の持ちようが変わったのだと思う。
自分は決して親兄弟や婚約者に従うだけの無能な人間ではないのだという自負が芽生え始めたのかもしれない。
一つ上の先輩方が在学中に各種の資格を取得し、難関官吏試験に三人も合格したことも後輩の励みになったのだと思う。
もちろん、彼女達が試験に合格したことを快く思わない婚約者もいた。
しかしそんなことは最初から想定内だった。
そんな彼らには対しては、ブライトン侯爵夫妻(カタリナ様とご夫君)やレノマン先生、そしてエリックお兄様が彼女達に都合が良くなるように誘導してくれた。
つまり、彼らの矜持を保ちつつも、彼女達の意思も尊重するように、上手く丸め込んでくれたのだ。
それでもそれに応じずに婚約破棄を告げる者もいたが、そんな者達は人知れず閑職に飛ばされていた。
柔軟な発想ができず、頑なに従来通りの考えだけを推し進めようとする者達を、城内の重要なポストに就けておくわけにはいかなかったからだ。
元第三王女のカタリナ様の夫君のブライトン侯爵は総務大臣であり、人事決定権を持っていたのだ。
そしてエリックお兄様は宰相補佐だ。この人達の説得にも応じないとは、なんて愚かな人達なのかしら?
祖母の時代に古典的な宮廷貴族は排除されたはずなのに、この国には古い考えに固執する隠れ古典貴族がまだ多いようだ。
そのことに気付いたのは、王太子の婚約者になって宮廷に出向くようになってからだ。
おそらく近頃国王陛下や父が皇后殿下の意思に逆らうような動きを見せているのは、彼らと接触しているうちに影響を受けたからなのかもしれない。
力の無い者達が寄せ集まって、時代の流れに逆らって新興勢力に対抗しようとしているのだと思う。
そして何故そんな保守的な動きが最近になって活発化したのかというと、それは隣国へ嫁いで行った第一王女と第二王女に起因していた。
シェルリー第一王女とチェルリー第二王女は双子で、絶世の美女だと国内外で評判だった。
陛下はこのお二人を、わざわざこの国同様の保守的な王室へ嫁がせた。自分の味方を増やそうとしたのだろう。
ところが、なんとその王女様方が、嫁いだ先で改革を始めてしまった。
「古い因習や慣習にこだわらず適材適所で人選しないと、この国は尻窄みになって、ますます大国と渡り合えなくなりますよ」
彼女達は夫達にこう忠告したというのだ。
すると、美し過ぎる妻達を溺愛し骨抜きになっていた夫達は、素直にそれに従うようになったらしい。
さながら元王女である双子の王妃達は、傾国の美女ならぬ幸運の女神だと嫁ぎ先の国で囁かれている。
彼女達はサーキュラン王国の守護神(元モントーク女公爵)に可愛がられている。それ故に、その守護神の紹介で黒髪と赤髪の国王が治める国ともパイプができたからだ。
双子の王女様方は、母国にいた頃は祖母の王太后の忠告を受けて、その優れた能力をひた隠しにしていた。父親の国王に潰されないように。
しかし、他国へ追い払われた後、彼女達はその才能を思い存分解き放ったのだ。
もう父親のことなど気にする必要はない。嫁ぎ先の国のために力を尽くそうと。
「自ら珠玉を捨て去るとは、なんと愚かな」
母である王太后にそう言われた国王は悔しがり、第三王女だけは国内の自分の派閥の侯爵家の令息の下へ嫁がせた。
ところが、結婚と同時にその息子が侯爵となり、両親の方は息子に王都から遠く離れた領地へと追い払われてしまった。
彼らは何やら陰で色々と失敗をしでかしていたらしく、息子にそれを見咎められて追い払われたらしい。
そして新たにブライトン侯爵となった国王の義理の息子は、なんと両親とは違う進歩派の人間である、モントーク一族(現当主以外)と懇意になってしまった。
つまり国王とは敵対する派閥の人間になってしまったのだ。
そのことに気付いた国王は、愚かにも三女にこう言ったそうだ。
「お前の姉達はその魅力で夫達を懐柔して言いなりなるように調教した。お前も姉達を見習って、夫の考えを改めさせろ。そして私に従わせるのだ」
するとレノマン先生曰く、カタリナ=ブライトン侯爵夫人は満面の笑みを浮かべて父親である国王にこう言ったそうだ。
「陛下、私はお姉様方とはとても仲が良いのですよ。ですから大分以前から姉達を見習っていましたの。
ですから夫には私がお願いして、モントーク小公爵様と懇意になっていただきましたのよ」
その時の国王の顔は私にも想像ができた。かなりのショックを受け、絶望したに違いない。
そして最後の手段として、幼なじみあり親友でもある年下の男をよすがにしたのだろう。
その結果が私と王太子との婚約だったのだ。
三人の兄達は末の妹である私を溺愛している。だから、私の夫なる王太子に対しても敵対することはないだろうと国王は踏んだのだと思う。
父がとにかく争いが嫌いなことを知っていて、それを利用したに違いないわ。
お父様の平和主義に異論を唱えるつもりは毛頭ない。
けれど、そのために立場の弱い者ばかりが我慢と忍耐を強いられるのはおかしいと思う。
そもそも国王派の勢力低下は、国王の政治施策に問題があるのだ、と多くの貴族達が思っているのが原因なのだ。
だから、それをどうにかしなければ根本的な解決には至らないと思う。
自分の娘だけを犠牲すればどうにかなる、という単純な話ではないのではないかしら。馬鹿なの?
父親や国王に対してこんなことを口にするのは不敬だが、頭の中で思うくらい許して欲しい。
王宮に通い出して色々なことを見聞きして、この婚約の裏を知ったときから、私は絶対に父の言いなりにはならないと心の中で決めていた。
それ故に、王太子がマントリー子爵令嬢と親しくなっていっても何も言わなかった。婚約破棄された方が私にとっては都合が良かったから。
王太子妃になって、兄やブライトン侯爵夫妻の改革の足枷になるくらいなら、修道院へ入るか、または他国へ逃避行する方がずっとマシだ。
私は従順な振りをしながらも、勝手にエリックお兄様やブライトン侯爵夫妻、そしてレノマン先生のお手伝いを始めた。
もちろんそれが独りよがりだということは、重々承知の上で。
私の潤んだように見える大きな瞳は、どうやら儚げな風情を醸し出すようだ。
そのために私は、立場の弱いご令嬢方に、次第にお仲間と認識されるようになっていった。
何しろ婚約者であるブライアン王太子に完全に無視された上に、堂々と浮気までされていたのだから。
でもそのおかげで、私は友人と仲間を得ることになったのだから、人間何が幸いするかわからないと私は思った。
みんなを励ますつもりで勉強会を開いたら、私自身もみんなに励まされていたのだから。
こうして灰色一色だった私の学園生活は、徐々に明るさを増していった。
しかしその学園生活もあと半年を切ったところで、突然私は王太子から婚約破棄されて領地へ来ることになってしまった。
卒業に必要な単位は既に全て得ていたので、もう学園に戻らなくても卒業はできる。あの二人の顔なんてもう見たくもない。
けれど、理由も告げずにいきなり私が姿を消したので、きっと友人達は心配するだろう。
そんな私の気持ちを察した兄は、王都へ戻るとき、レノマン先生に説明しておくから心配はいらないと言ってくれた。
先生と兄は学園時代からの友人なのだ。きっと上手く話してくれるに違いないと私は安堵した。
その上兄はにっこりと笑うと、
「君は勉強がしたいというより、友人達と残りの学園生活を共に過したいのだろう?
心配するな。一月ほど我慢してここで待っていてくれ。
君が安心して学園に通えるように、準備万端整えてあげるからね」
と言ってくれた。
兄は決して嘘はつかない。というより、できないことをできると無責任な約束はしない。だから、私は兄を信じて待つことにした。
かつて兄や従兄弟や幼なじみが、かつて楽しんでいたという修行をここでこなしながら。