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✽ 公爵令嬢、未来を夢見る ✽ 第17章 勉強会(ユリアーナ視点) 


 一学年もそろそろ終わりに近付いたころ、私は親しくなったご令嬢達から勉強を教えて欲しいと頼まれることが多くなっていった。それは


「今は以前とは違って試験結果は婚約者に知られなくて済むようになったのだから、皆さんももう本来の実力をお出しになってもよろしいのではなくて?」


 と、私が何気ない振りをして発したこの言葉がきっかけだった。

 一部のご令嬢達が青天の霹靂とばかりにあ然としていた。


 本来王立学園では、試験をするとその結果が壁に張り出されていたのだ。

 そして女性の方がもし婚約者より順位が上だったら、女のくせに生意気だとか言われてしまっていたらしい。

 そのために女性徒達は試験の度に頭を悩ませていたそうだ。

 自分の実力を確認するための試験であるのに、婚約者より低い点数でなおかつ及第点を取らなくてはならなかったのだから。

 相手が優秀ならば問題はなかったのだろうが、もしそうでなかった場合は悲惨だったに違いない。本当に下らない。

 しかし、今の王太子が入学した年から、成績と順位は個人にだけ知らされるようになった。そこで私はあの発言をしたのだ。


 それにしても何故試験結果を張り出さなくなったのか。

 これは私の推測だが、王太子の入学試験の結果が芳しくなかったために、その後成績を発表するのを止めたのではないかしら?

 王太子の姉君である三人の王女様方は、皆様上位の成績を納めていたと聞いている。

 そんな姉君達と比べて、もし王太子殿下の成績が格段に下位だったら格好がつかない、と考えたのかもしれないわね。

 それが王家側の判断なのか学園側の忖度なのかはわからないが、どちらにしても小賢しくて卑怯な行為だと思う。


 でも私はこのことを、女性徒にとってはむしろ都合がいいと捉えたわ。

 婚約者に気兼ねなく勉強をして、しかもそれを結果に残せるのだから。

 たとえ婚約者から下に見られ馬鹿にされていたとしても、自分の努力が結果として目に見えるようになる。

 そうすれば、それが自信になるだろうし、さらに高い目標を持てるようになるに違いないと。

 どんなに能力が高い人でも卑下され続けたら、自己肯定感が失われて、その力を満足に発揮出来ずに終わってしまう。それは社会の損失だし不幸だわ。


 それに、そもそもこの国では女性から婚約解消を望んでも、その願いはそうそう叶えてはもらえないだろう。

 もし叶っても家族からも見放されてしまう可能性が高いし、もっと条件の悪い相手と婚約させられてしまう恐れもあるだろう。特に下位の貴族令嬢の場合は。

 そしてそんな未来は嫌だと泣き叫んでも、実際に身分を捨てて平民として生きて行くことは相当困難なことなのだ。


 とはいえ、自分一人で生きて行く方法が全くないわけでもない。貴族令嬢でも本気にさえなればそれらを可能にできる。

 その方法とは、他の人間では代わりがきかない人間になることだ。

 芸術家になるのは難しくても、何か特殊な技能を身に付けるか、あるいは難易度の高い資格を取得するか。

 ご令嬢方にとって一番現実味があるのは、成績上位者になって官吏試験や資格試験を受けることだろう。


 官吏、騎士、侍女、ガヴァネス、ナニー、薬師、医師、看護人、教師、司書、秘書……

 死ぬ気で頑張ればなれないことはない。

 私はそれとなくそのことを、悩んでいる彼女達に伝えた。

 お勧めするわけではないけれど、現状に苦しんでいるのなら、こういう可能性もあるのだと。


 そして私は授業開始前と昼休みに勉強会を開くことにした。

 学力をつけることで、彼女達に少しでも自信を持ってもらいたかったから。

 本当は放課後にそれを行いたかったのだけれど、授業を終えたらすぐに王宮へ向かわなければなかったので、僅かな時間しか取れなかったのだ。



 そして授業と授業の合間の隙間時間にも、私は希望者に簡単な護身術をこっそりと伝授したわ。もし男性に嫌なことをされそうになったときの身の守り方を。

 

「男性には無駄な矜持があるから、女性にやり返されたり多少怪我をしたって、女性側を訴えたりしないわ。

 だから、ためらったり遠慮したりしては絶対に駄目よ。躊躇したらすぐにやり返されるから」

 

 私の説明に彼女達は大きく頷き、勉強よりもこちらの方に熱心に取り組むご令嬢もいたくらいだ。恐らくこれまでたくさん危険な目に遭ってきたのだと想像ができた。

 

 私は正直目立ちたくはなかった。しかし、勉強会は同級生だけでなく、上級生や後輩にまで広がった。

 それでも高位貴族のご令嬢やご令息達に目を付けられなかったのは、マナー教師のレノマン先生のおかげだった。

 彼女は私と五歳しか違わない若い女性の先生で、学園時代はエリックお兄様と第三王女と共に三羽烏とよばれていた才媛らしい。

 その先生が私達の活動をこっそりと応援して守ってくれていたのだ。

 

「私ね、学園に在学中に婚約破棄を言い渡されたの。自分より成績の良い女とは結婚できないって。しかも男を立てることもできないお前の有責だって。

 悔しくて腹立たしくて泣いていたら、エリック様が相手の浮気の証拠を集めてくれたの。そして、

 

「相手方にこれを突き付けて、婚約破棄ではなく解消にして慰謝料を払えと言ってやれ。もし応じなかったら、裁判を起こすと。

 費用は私の個人資産から貸してあげるから。返済は出世払いでいいから心配しなくてもいいぞ」

 

 と言ってくれたの。

 我が家は力の無い子爵家だったから、両親なんて私を責めるばっかりで泣き寝入りしようとしていたのに。

 超一流の弁護士をエリック様が私に付けてくれたので、醜聞を広がることを恐れて相手の伯爵家が震え上がったわ。

 それでお互いの事情による婚約解消となったのだけど、こっそり慰謝料もいただけたの。

 でも私はその慰謝料を両親に取り上げられて、今度はかなり年の離れた男性の所へ、学園を辞めて嫁がせられかけたのよ。

 すると、第三王女殿下とエリック様が両親のこれまでの虐待と個人資産の横領の事実を突き付けて、両親を訴えてくれたの。

 そのおかげで私は親とも縁を切ることができたのよ。その結果私は平民にはなったけれど、奨学金を申請してそれを認められたので、慰謝料を使わずに学園を卒業できたの。

 その上学園の教師として採用してもらうこともできたわ。これもみんな王女殿下とエリック様のおかげなのよ。

 だから、そのお二人にもらった恩は、今度は教え子達に返していきたいの。あのお二人もそれを望んでいると思うから。

 

 それにしても、ユリアーナ嬢は本当にエリックお兄様とよく似ていらっしゃるわね。普段は寡黙で大人しいのに、行動力があって、みんなを引っ張って行くところが。

 カタリナ様 (第三王女)も貴女に感謝しているわ。自分がやりたくてもできなかったことをやってもらっていると」


 レノマン先生はそんな辛い過去を私に語りながら、優しく微笑んでくれた。

 彼女は淑やかさの中にも、まるで鋼のような強い信念を持っている、そんな気がした。

 彼女のような恩師に出会えたことを私は心から感謝したのだった。



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