✽ 公爵令嬢、未来を夢見る ✽ 第14章 生き残った王(ユリアーナ視点)子
「お祖母様、その切羽詰まった事情というのは何だったのですか?」
「スラレスト王国がクーデターによって崩壊した後、ブルジョア市民の活動家達によって、一時市民国家が成立したことは知っているわよね?
そして、それが十年も経たずに再び内乱が起きて崩壊したことも。
結局周辺国である我がサーキュラン王国、ヤマトコクーン王国、そしてブリテンド王国によって三分割されて吸収されたことは、学園の歴史で学んだでしょう?
クーデターを起こした連中は壊すのは上手かったけれど、作り直すのは下手だったの。
いいえ違うわね。新しいものを生み出す力も方法も展望も最初から持っていない愚か者達だったのよ。
確固たる信念もない、ただ己の利益だけが目的の烏合の衆の集まりに過ぎなかったということよ。
あの者達は自分達の業のせいで、自らの手で自国を消滅させてしまったのよ。
それなのに、それを後悔することも懺悔することもなかった。
それを証明するかのように、こともあろうことか、自分達が殺した国王夫妻の息子を利用して、懲りずに自分達の国を再建しようとしたの。
つまりエリックの存在を探り出して、自分達の旗頭にしようと接触を図ってきたのよ。
クーデター直後に、王家の血筋はみんな絶やしたと宣言しておきながら。
もちろん、そんな輩は我がモントーク公爵家の私設騎士団が一網打尽にしてやったわ。
でも、ああいう連中はどこからでも湧いてくるものだから、いつまた何が起こるかわからないでしょ。
だからあの子自身にも自覚と覚悟を持ってもらうために、包み隠さず全てを話したのよ」
✽
「ショックを受けたでしょね、お兄様」
そのときのお兄様のことを想像しただけで、胸が張り裂けそうになるくらいに苦しい。
両親や祖母、一族が皆殺しになっていたこと。
自分も赤子のときに殺されかけ、今もなお知らないうちに襲われかけていたこと。
今後も不穏な輩に狙われる可能性が高いこと。
そして、自分だけが本当の家族じゃなかったこと。
✽
「ええ。エリックは暫く自室に閉じ籠もっていたわ。
周りの大人達も腫れ物に触るように彼を扱っていたわ。
でも、あの子は案外思っていたより早く立ち直ったのよ。それは貴女のおかげね、ユリアーナ」
「えっ? 私?」
思いも寄らない祖母の言葉に私は目を見開いた。
「普段我が道を行くスコットやマックスでさえ、空気を読んで怯えて大人しくしていたのよ。
それなのに、貴女だけが何も変わらなかったのよ。
普段と変わらず、
「おにいさま、だいすき〜」
って、あの子の膝の上に座り込んで、絵本を読んで、抱っこして、おやつをちょうだい……って、ねだったり甘えたりしていたわ」
「・・・・・」
「それでエリックは思ったらしいの。
可愛い貴女や弟達、そして大好きな母親や乳母を自分が守らなくちゃいけない。
だから、いじいじといつまでもいじけていないで早く強くならなくては!とね。
でもそこに私が含まれていなかったことに、私は大分不満だったわ。
あの子には、年寄りを大切する気持ちが欠如していたのだもの。
だから嫌がらせに、ロジーナや貴女にも剣や護身術を習わせたのよ。
そうすれば二人も私と同様に強くなって、あの子の庇護者の対象から外れて平等になるでしょ。
女の嫉妬心の怖さを早いうちから教えなきゃ、という思いもあったのかもね。
その結果、貴女が鍛錬中に怪我をするたびに、大した傷でもないのに、エリックは大騒ぎをしていたらしいわよ。
そして私に対する恨みを募らせていったみたい。
貴女も見たでしょ。あの子の私へのふてぶてしい態度を。積年の恨みのせいかしらね?」
お祖母様はとても愉快そうに笑った。
子供のころから淑女教育の一貫として護身術を習っていたけれど、剣や武術は武門の家の娘としての嗜みで当然のことだと思っていた。
けれどそれは、母や私が兄の足かせにならないようにという、お祖母様の配慮だったのだろう。
おそらくお兄様だってそれくらいわかっているはずだわ。でもそれを心苦しく思っていたのかもしれない。
月に一度一族総出で行われる模擬戦で、私が初めて勝ったときのことを思い出してそう思った。
意気揚々と報告しに行ったら、エリックお兄様は口では偉いぞ、強くなったなと褒めながらも、その目はなぜか哀しげだったから。
それにしても……エリックお兄様がお祖母様に対してだけあんな態度をとっているのは、それだけお祖母様に心を許し、甘えているからなのね。
だからこそ、お祖母様に当たりが強かったのだと思った。
それに、確かに六十の坂は少し超えてはいるけれど、我が公爵家の最強私設騎士の中でさえ、何人今のお祖母様に勝てるかしら?
お父様は間違いなく負けるわね。
つまり、今だってお祖母様は年寄りの範疇には入っていないなのよ。
それが十年以上も前だったのならなおのこと、エリックお兄様にお祖母様を守らなきゃ、という発想は湧かなかったと思う。うん。
でも、二年半、お祖父様が突然前触れなく亡くなったとき、お祖母様を誰よりも心配していたのはエリックお兄様だと思う。
一番先に駆け付けて、葬儀の手配を指示すると、後はずっとお祖母様の側にいたもの。
お祖父様に縋り付いて泣きじゃくるお祖母様の背中を、ずっとさすりながら何日も。
✽
祖父母がいなかったら、私の愛するお兄様は今この世界にはいなかった。
そしてお祖母様の厳しさの中にも深い愛情がなかったら、今の強くて優しいお兄様はなっていなかったに違いない。
私はお祖母様を拝みたい気持ちになったのだった。