✽ 公爵令嬢、未来を夢見る ✽ 第13章 クーデター(ユリアーナ視点)
お祖母様のお兄様であるドクトール様は、スラレスト王国の王女陛下の王配になられた。
お二人の間には王子殿下がお生まれになった。エリックお兄様のお父様だ。
もしお二人に三人以上お子様が生まれたら、末のお子様を我がモントーク公爵家の養子に迎え入れたいとお祖母様達は考えていたそうだ。
お祖母様達が私の父ハロルドに後継者教育にあまり厳しくなかったのもそのせいらしい。
そのせいで自分は後継者として自分は期待されていないのではないか。
もしかしたらあの子は傷付いていたのかもしれない。お祖母様はずっと後悔していると言った。
息子の気持ちよりも自分の罪滅ぼしの気持ちを優先してしまったと。
お祖母様の言葉の端端やその表情に、彼女の息子を思う気持ちが見え隠れしていた。
父ハロルドは娘の私から見ても超絶美形だ。
モントーク公爵家特有の、ほんのり赤紫色がかったプラチナブロンドの髪、そしてエメラルドのような鮮やかな緑色の瞳を持っている。
茶髪にアンバー色の瞳の祖母や金髪碧眼の祖父と色目が全く違う。
ただし顔立ちは祖母によく似ている。つまり、公爵家の血が濃いということなのだろう。
しかも女公爵の母親に似て頭脳明晰。最強騎士である父親に似て立派な体躯にも恵まれていた。
つまり、両親のいいとこ取りした最高の跡取り息子だった。
しかしこの世の中に完璧な人間なんていない。そんな父にも弱点があった。
父はかなり能力が高い人物だったのだが、いかんせん人と争うことが嫌いな繊細な精神の持ち主だった。
剣を振るう才能があっても、それを人に対しては向けられない。他人と争ったり、騙し蹴落とすことも嫌悪する。
そう。父は公爵家の当主になるには優し過ぎたのだ。
だからこそ祖母は、できれば正統な跡取りであった兄の子をモントーク公爵家の後継者にしたかったのだろう。
正当な理由があれば、息子の名誉や尊厳を傷付けることなく、その重荷から解放してやれると。
下の息子達は、バリバリの武闘派や天才肌の研究者だった。
それ故に、彼らは領地経営なんて全く興味無いというタイプだったので後継者には向かないと早々に判断していたそうだ。
そうか。父が仕方なく選ばれたというのは、別に叔父達に拒否されたから仕方なくという意味ではなかったのね。
ところが残念なことに、ドクトール様ご夫妻にはお子が一人しか生まれなかった。
そのため、お父様が学園に入学する頃に、ようやくお祖母様達もお父様に後継者教育を施し始めたそうだ。
けれど、すでに思春期の難しい年頃になっていた父との間にはいつしか溝ができてしまい、そんなぎこちない関係が今現在も続いているということらしい。
そして、スラレスト王国のたった一人の王子である王太子殿下が成人して間もなく、王配だった父親のドクトール殿下が亡くなってしまったのだ。
その後、夫を溺愛していた女王陛下は気力を無くして、まだ若かった王太子殿下に王位を譲ったのだそうだ。
ところが、その当時は世の中が移り変わろうとする変革期で、政治的かなり困難を極めていたらしい。
そのころ世界各国では、産業革命なるものが興って工業が盛んになり、地下資源を大量に産出するスラレスト王国は活気に満ちていた。
しかしそのせいでブルジョア層が増えて、王侯貴族に対して不満を持ち、政治に口出しする者が増えていった。
そしてそんなある日、反政府主義者達がクーデターを起こしたのだ。
その知らせを受けた近隣諸国は、すぐさま鎮圧するためにスラレスト王国へ向けて軍を送った。
その先陣を切ったのは、我がサーキュラン王国の第二騎士団と、祖父母を含むモントーク公爵家の私設騎士達だった。
そのことは私も歴史で学んでいた。
モントーク公爵家の当主夫妻がスラレスト王国の王城に到着すると、すでに若い国王夫妻と王太后は惨殺されていた。
女公爵はもう気が触れたかと思うほど怒り狂ったが、すぐに生まれたばかりの王子の姿がないことに気付いた。
そこで謀反人の対処は第二騎士団や他国の軍にまかせて、王子の捜索を開始した。
そして間もなく、祖父母は城の隠し部屋に乳母と共に潜んでいたところを見つけ出したのだという。
ところが、幼い子どもまで根絶やしにしようと、裏切り者の元騎士達が襲いかかってきたという。
その下賎の者達は、世界的に名声の高かったお祖母様の正体にも気付かず、女だと見くびったのだろう。あっという間に全員切り捨てられたそうだ。
こうしてお祖母様達は、生き残った唯一の王族である赤子の王子を連れて全員無傷でさっさと帰還した。
スラレスト王国がその後どうなろうと、モントーク公爵家の私設騎士達には関係のないことだったからだ。
お祖父様とお祖母様は、エリックお兄様を養子にしようと思っていたそうだが、母のロジーナが自分達の嫡子として育てましょうと申し出たそうだ。
「これは秘密事項なのだけれどね、貴女にはもう一人兄か姉がいたはずなのよ。安定期に入る前に天に召されてね。
ロジーナは泣いて泣いて……本当に可哀想だった。自然流産であの子のせいなんかではなかったのよ。でも、自分を責め続けてね。
そして、その子が生まれていたらちょうどエリックと同じくらいだったのよ。
両親を亡くした子と子を亡くした母。これは天が巡り合わせてくれた縁に違いなから、自分が産んだことにすればいいと言ってくれたのよ。
その方がエリックにとって安全だと。
当時あの子はこの領地にいてまだ社交をしていなかったの。
だから、子供を流産したこともまだ知られていないから疑われることはないと言ってね」
「それではやはり、エリックお兄様と私は実の兄妹っていうことではないですか。
いくらお兄様が好きでもどうしようもないではないですか。
私やはり家を出ます。そして修道院に入るか、他国へ行って働きます」
わかっていたことだ。私の一番の望みは叶えられないことだと。
辛いけれど、お兄様の出生の話も聞けたし、これですっきりしたわ。
だから私はお祖母様にこう言った。
「今日は貴重なお話をたくさん聞かせて下さって、本当にありがとうございました。
明日からは私の将来についての相談に乗って頂けたら嬉しいです」
「ええ、わかったわ。でも、最後にもう一つ大事なことを話してもいいかしら?
たしかに貴女のお母様はエリックを実子として迎え入れようとしてくれたわ。
本当にありがたい話だと私も思った。
でもね、やはり真実は隠しきれないと貴女のお祖父様がおっしゃったのよ。
あの国にはあの子がまだ生きていると信じているいる人間がいるはずだ。だから、いつあの子の耳に余計な噂が入るかわからないと。
そう指摘されて私も思ったの。その真実を知ったとき、あの子がどうしたいと思うのか、それは誰にもわからないことだと。
両親の復讐を考えるのか、それとも、今は無き故郷の再建に力を貸したいと願うのか。
それにもしかしたら、モントーク公爵家の嫡男であるという立場が、あの子にとって足かせになる可能性もあるのではないかと。
私はかつて、自分の思い込みで失敗したわ。誰よりも大好きで大切だったたった一人の兄を苦しめて、家を出るきっかけをつくってしまった。
同じ過ちを繰り返してはいけないと思ったわ。エリックの人生は、将来あの子自身が決めるべきだもの。
だからハロルドとロジーナには養子としてあの子を籍に入れて欲しいとお願いしたのよ。
もっとも世間的には嫡男としていたけれどね。
我が国でこの事実を知っているのは、モントーク一族の重鎮と、ロジーナのご両親、そして王太后殿下。
あとはもちろんエリック本人だけれど、さっきも言ったけれど、エリックに真実を告げたのはあの子が十歳のときよ。
元々隠す気などなかったけれど、もう少し先のつもりだった。でも、切羽詰まった事情があって、急遽話すことになったの」
お兄様が我が家の養子になった経緯を聞いて、祖母と母の当時の葛藤を想像して胸が痛んだ。
子供を一人養子にするということが、いかに大変で重い責任を伴うことなのかを改めて思い知らされた気分だった。