✽ 公爵令嬢、領地(地獄)行きを命じられる ✽ 第1章 公爵令嬢、悪役令嬢疑惑を持たれる(ユリアーナ視点)
久しぶりに長いタイトルになってしまいました。
読んでもらえると嬉しいです。
「王太子殿下は真実の愛を見つけられたそうなので、潔く身を引きたいと思います」
騒ぎを聞きつけてやって来た宰相である父に向って私がそう告げたら
「何を馬鹿なことを言っているんだ!
王太子殿下がマントリー子爵令嬢と親しくしているのは、平民から貴族になったばかりで苦労しているから、気遣っておられるだけだろう。
それなのに嫉妬心で彼女の悪口を言い、邪険にするなど、お前の行為はまるで悪役令嬢ではないか!
お前が今やるべきことは、お二人にお詫びをして許していただくことだ。それなのにあっさりと婚約破棄を受け入れるとは、心得違いも甚だしい。
お前がそんな甘ったれた根性をしているとは思わなかったぞ。それでも王家を支えるモントーク公爵家の人間か! 嘆かわしい」
こんな風に、父からお叱りを受けた。しかもこう命じられてしまった。
「その情けない根性をお祖母様のところで鍛え直してもらえ! 今すぐに!」
と。
*******
私の名前はユリアーナ=モントーク。公爵家の四人兄妹の末娘だ。
半年後に学園卒業をすれば、さらにその半年後に王太子殿下と結婚式を挙げる予定になっていた。
今日も私はお妃教育を受けるために学園の授業が終わった後、王宮に出向いた。とはいえ、すでにそのお妃教育も終わっていたので、実際は王妃殿下とサロンでお茶をするために足を運んだようなものだった。
ところがそこへ、婚約者であるブライアン王太子が、マントリー子爵令嬢のリンジー様と仲良く手を握り合いながらやって来た。
そして彼はこう言った。
「ユリアーナ、君はいつもリンジー嬢を虐めているそうだな。優しく大人しそうな振りをして、本当は悋気を起こして人を貶める性根の悪い人間だったのだな。軽蔑するよ。
市井で苦労して育ったというのに、誰にも優しくて努力家なリンジーとは正反対だな。
私は彼女と出逢って初めて女性を愛おしく思ったよ。彼女こそ私の真実の相手だ。よって君との婚約を破棄し私は彼女と婚約をし直すことにする」
「は? 虐めとはどのような?」
「子爵家の庶子のくせに、王太子殿下と仲睦まじくするな、身の程知らずだと罵ったり、机の中のノートを破ったり、食堂でドレスにわざとスープをかけたり」
やっぱり殿下って素直というか、人の言葉をすぐに真に受けるというか、本当にこれで国王になれるのかしら。
婚約破棄という言葉より、虐めをしていたと言われたことの方が私にとっては重要なことだった。モントーク公爵家の名誉に関わることだから。婚約破棄はどうでもいいけれど。
「私はリンジー様と学園で二人きりになったことなどないと思うのですが、いつ悪口を言ったのでしょう」
「放課後ですわ。教室で殿下が生徒会のお仕事を終えるのを待っていると、いつもユリアーナ様がやって来てそうおっしゃっていたではないですか! そして私の机の中のノートを破ったじゃないですか!」
リンジー様の言葉に、私だけでなく王妃殿下や私の侍女や護衛まで頭を傾げた。なぜならそんなことは不可能だったからだ。
「私は授業が終わると、すぐにお妃教育のために学園を出るので、貴女のいる教室に向かう余裕なんてありませんよ。
そのことは王家が付けて下さっている護衛の方が証明してくださると思いますよ」
護衛の方は目立たないように私を守ってくれているので、その存在に気付いていない人もいるかもしれないけれど。
そもそも学園では男女別学。そしてさらに女子は必要とされる淑女教育が異なるという理由で、高位貴族と下位貴族の生徒では建物が別で、しかもそれは離れた場所に建っているのだ。
秒刻みで予定を組まれている私に、わざわざ彼女の教室へ行く余裕などはない。
「あっ!」
そう言われて王太子殿下もその矛盾に気付いたようだった。
「それに、私は毎日お弁当を持参していますので、学食へ行ったことはありません。ですから、貴女にスープをかけるなんできるわけがありませんわ」
リンジー様は真っ青になって、オロオロしながら助けを求めるように王太子殿下を見た。しかし彼はスッと顔を背けた。そこで彼女は今度は王妃殿下に縋るような目を向けた。
すると、これまでは実の娘のように私を可愛がってくださっていた王妃殿下が、突然恐ろしい形相で私を睨むと、烈火の如く激しい言葉で罵ったのだ。
思いがけない言葉を浴びせられて私はショックを受けて一瞬固まった。
しかしその直後、私の心の中にずっとしがみついていた付き物がポロッと落ちた気がした。そして心がすぅ~っと軽くなった。
ちょうどその時、王城で宰相をしている父と、宰相補佐である長兄のエリックがサロンに現れた。騒ぎを聞きつけた誰かが呼びに行ったのだろう。
そこで私は二人にこう告げた。
「王太子殿下は真実の愛を見つけられたそうなので、私は潔く身を引くことにしました」
と。
するとそれに対して父が激怒して、冒頭のセリフを吐いたというわけだ。
しかし、私の護衛から何か耳打ちをされた兄は、まず王太子殿下とリンジー様に目をやってから、父と王妃殿下に向かってこう告げた。
「どうやら妹は王妃殿下や王太子殿下に粗相をしたようですね。妹には反省を促す必要があります。
そのためには父の申すとおり、我が祖母である前モントーク女公爵である祖母に教育のし直しをしてもらうのが一番だと思います。
このことに皆様にもご異議ありませんよね?」
兄に促された私は皆に一礼した後、王宮のサロンから退出した。王妃殿下が慌てて止めようとていることを感じながらも、それを完全に無視をして。
兄と共に急ぎタウンハウスに戻った私は、事の顛末を母に話した。
母は私を抱き締めて、今後私がどんな結論を出してもその意見を尊重するし、必ず味方になると言ってくれた。
それから私が荷物をまとめるのを手伝ってくれながら、テキパキと使用人達に指示を出し、領地の祖母の所へ行く手筈を整えてくれた。
その手際の良さに感心した。自分ではこのように正確で素早い指示を人には出せないだろう。
やっぱり自分は王太子妃の器ではなかったのだと改めて思った。知識量が多いだけでは有能とはいえないのだから。あの王妃殿下を見ればわかるではないか。
もっと上手く立ち回れば王妃の言うとおり、王太子と子爵令嬢を上手に別れさせることもできたかもしれない。
しかし人の心を上手く操る才覚など私にはないのだから、到底無理な話だったのだわ。
私はあの子爵令嬢に近付いたことなんてないし、当然話をしたこともない。
つまり彼女には何一つ関与していないのに、一方的に虐めや犯罪行為をしたと言われたのよ。
注意なら王太子にはしていたけれど、もし本当に彼女に直接注意などしていたら、まさしく巷で人気の悪役令嬢に仕立てられていたに違いないわ。
でもまあ、卒業式に断罪されて婚約破棄をされるよりは早めに宣言されて良かったわ。公の場でそんなことをされたら、私はともかく、我が家の恥になってしまうもの。
それにしても、王太子殿下から婚約を解消されたのだから、私にはもうまともな縁談はこないわね。王家に疎まれた令嬢を娶るメリットなんてないもの。
それと同じ理由で、仕事をしようとしてもこの国ではどこにも雇ってもらえなそうね。でも語学は得意だから、他国へ行って仕事を見つけようかしら。それも無理なら修道院へ行こう。
もしかしたらこのまま屋敷に居ていいと言ってもらえるかもしれないけれど、近い将来跡を継がれるエリックお兄様にこれ以上迷惑はかけたくない。
それに、お兄様の妻となる方に疎まれでもしたら悲し過ぎるし。
でも、最後にお祖母様とお会いできることになって良かったわ。ずっとお話をしてみたいと思っていたから。たとえ父に言われたように厳しく叱責されてしまうとしても…...