第十一話 約束
それからあたしは昼は畑仕事、夜は魔王の部屋で文字の勉強をすることになった。
最初はいやいや文字の勉強をしていたが、少しずつ文字が読めるようになってくると楽しくなってきた。
目標は、デルモン大陸の絵本を自分一人の力で読むことだ。そのために、もっと頑張って勉強するぞ。
そんなことを考えながら、あたしは今夜も美味しい夕飯を食べていた。
食べ終わると、少し休んでから魔王の部屋に向かった。
魔王の部屋のドアをノックすると、ものの数秒でドアが開かれた。中からご機嫌な魔王が顔を覗かせる。
「よくきたな。さぁ、入れ」
「うん。今日もよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げてから部屋のなかに入る。
机には、文字を書くためのペンとノートが置いてある。あたしは椅子に座り、いつも通りにペンをにぎる。
「では、始めるぞ」
「うん」
それから魔王指導のもと、文字の読み書きの練習を始めたのだった。
※※※※
サラサラ文字を書いていたら、突然魔王がノートに文字を書き始めた。
勉強したことのない文字で読めない。あたしは文字を指差して魔王の顔を見つめた。
「魔王。これなんて読むの?」
魔王はニッコリ微笑み、そっと文字を撫でた。
「エルタリオス。私の名前だ。本当は内緒なのだが、お前には特別に教えてやろう」
「エルタリオス……」
名前を呼んであげると、魔王ははにかむように微笑んだ。なんだか嬉しそうだ。釣られてこちらまで嬉しくなってくる。あたしもニコリと微笑んで、何度もエルタリオスの名を心の中で復唱した。
「よし。覚えた! 今度からエルタリオスって呼ぶね!」
「みんなの前では呼ぶなよ。私の威厳が損なわれるからな」
「分かった」
なんか二人だけの秘密みたいでカッコいい。
よし。これから二人きりのときはバンバン名前を呼んじゃうぞ! などと思いながら再び勉強机に視線を戻す。
それから集中して文字を書いていたのだが、ふ……とあることを思い出して口を開いた。
「そう言えばエルタリオス。そろそろ女性恐怖症は克服できそう?」
あたしがここに来てから結構経つ。最初は喧嘩ばっかりだったけど、今では二人で文字の勉強をするくらい仲良くなった。
二人きりでも魔王が緊張している様子はないし、女性慣れしてきたのかもしれないと思って聞いたのだ。
私の問いかけに、魔王は困ったように笑う。
「分からん。でも、もうどうでも良くなってきた」
「なんで?」
あたしがこの城にいるのは、魔王の女性恐怖症を克服するためなのだ。それなのに、もうどうでもよくなったとはどういうことなのだろう?
あたしが不思議そうに魔王の顔を覗き込むと、魔王はポッと赤面した。
あたしから目を逸らし、ボソボソと口を開く。
「お前が私のそばにいればいいのだ。私は多くの女に触れることが出来ずとも、お前一人いればいい」
「ええ? なにそれ?」
「……」
魔王はジトーっとした視線であたしを睨んだ。
それから呆れたようにため息をつくと、あたしのオデコに向かってピコンっとデコピンをする。
「お前はニブイなぁ……」
「?」
魔王は気を取り直したようにゴホンと咳払いをしてから話を続ける。
「とにかくフウ。約束してくれ。ずっと私のそばにいてくれると。それならば、ラクリナ大陸に追い出した魔族の全てを受け入れよう」
「え⁉︎」
なんか知らないがその決断をしてくれるなら、全てが解決するじゃないか。
どうしてそんな心境になったのかは分からないけど、とにかく良かった!
あたしはやったー! と叫び、バンザイをしてこの喜びを表現した。
でも、一応もう悪いことをしないように釘を刺しておこう。
「エルタリオス。もう変なことしちゃダメだからね!」
「私が変なことをしないように、これからもフウが見守っておくれ」
おお。それは良い考えだ。
あたしがしっかりと魔王を監視して、悪いことをしたら、ダメ! と叱ってあげるのだ。
それなら魔王ももう悪いことはしないだろう。
「うん!」
あたしは元気よくうなずいたのだった。
※※※※
それからラクリナ大陸に移住した魔族たちが戻ってきて、デルモン大陸は昔以上の活気を取り戻した。
魔王は戻ってきた魔族の仕事の斡旋や生活の工面で大変そうだ。
でもきっと、魔王は優秀だからなんでも上手くやれると思うんだ。
あたしはどうなったかって?
もちろん、約束通り今も魔王城にいるよ。
今日は魔王のお部屋のテラスで、一緒にお茶を飲んでいる。
魔王の部屋は城の最上階で、外に出ると素晴らしい景色が一望できるのでお気に入りの場所なのだ。
下を見ると、あたしが作った家庭菜園が小さく見える。
すくすくと育っている野菜を見ていると、心が穏やかになった。
それから目線を山々に移し、あたしはほぉっと息を吐いた。
青々とした山々はどこまでも広がっていて、最高の景色だ。もう少し先に魔族の住む街があるらしい。今度案内するから遊びに行こうと魔王に誘われている。魔族の街ってどんな感じなのだろう? きっと人間の住む街と同じようにみんな笑顔で楽しそうなんだろうな。今から行くのが楽しみだ。
のどかな景色を眺めていたら、田舎に暮らす両親のことを思い出した。みんな元気かなぁ。そう言えばしばらく実家に帰っていないや。魔王という素敵な友達も出来たし、ぜひみんなに紹介したいな。
あたしは椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいる魔王を振り返る。
「エルタリオス。今度あたしの故郷に来てよ。家族にエルタリオスを紹介したい」
魔王はあたしの言葉に驚いたのか、ぶっと紅茶を噴き出した。
「そ、それは緊張するな。とびきりお洒落をして行かなければ」
「なんでよ〜。普通でいいよ」
カラカラ笑うあたしとは対照的に、なぜか魔王は縮こまっている。
「だ、だってフウの両親は私の両親でもあるのだから」
「?」
「この意味、分かるか?」
「分かんない」
「つまり、こういうことだ」
魔王が立ち上がり、あたしの方に歩いてきた。
なんだろう? と思いながら魔王を眺めていたら、背をかがめ、あたしのほっぺにチュッと口付けたのだ。
「⁉︎」
魔王は照れたように微笑むと、あたしの頭を撫でた。
「好きだぞ。フウ」
あたしはぽかーんしていたが、徐々に頰が熱くなってゆき、「えーー⁉︎」と叫んだのであった。
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