第十話 魔王はご機嫌ななめ
あれ? どうしたのだろう? と思っていたら、魔王がズンズンあたしたちのところまで近付いてきた。
あたしは魔王がサツマイモの茎を踏まないかひやひやしていたのだが、器用にそれらを避けて歩いてくるのでホッとした。
魔王はあたしたちの前に立つと、腕を組み不機嫌そうな表情をした。
「ずいぶん楽しそうだな」
「魔王……。どうしてここに?」
「執務室の窓から、お前らの楽しそうな姿が見えたから来てみたのだ」
「ふーん」
魔王は苛立ったように靴で地面をトントン鳴らした。
「それよりもお前ら! なにを二人でイチャイチャしているのだ! お前らはデキているのか? 私の前ではしゃぐな!」
そんなこと言われても……。だって芋掘り楽しいんだもん。はしゃぐなと言うほうが無理だよ。
私がムスッとしていたら、グレイスがぷっと吹き出した。
「申し訳ございません、魔王様。お気に入りのフウ様を私が独占していたから怒ってらっしゃるのですね?」
途端に魔王の顔が真っ赤になった。
「バ、バカなことを申すな! 私はただ――!」
「ふふ。では、私は退散しましょう。残りの作業は魔王様とフウ様で行ってください」
あたしは、えー? と不満げな表情をした。
「グレイス行っちゃうの? 一緒に芋掘りしようよぉ」
「大丈夫。魔王様が手伝ってくれますよ」
魔王が?
魔王の格好を見たが、いつもの貴族ファッションだ。とても農作業には向いていない気がする。
だが、一応確認する。
「魔王が手伝ってくれるの?」
魔王はふんっと鼻を鳴らしたあと、真っ赤になりながらあたしから目を逸らした。
「まぁ、どうしてもと言うなら手伝ってやらんこともない」
「でも、お洋服汚れちゃうよ?」
「服など洗濯すれば良いのだ」
おぉ……。綺麗好きの魔王の口からそんな言葉が出るなんて……!
魔王ったら、実は芋掘りがやりたくてたまらないのだろう。
だったらやりたいって正直に言えばいいのに。素直じゃないんだから。
などと思いつつ、手伝うと言ってくれたのが嬉しくて、あたしは魔王にギュッと抱き付いた。
「わーい! ありがとう!!」
「……っ! お前はいちいち抱き付くな!」
あたしたちを見ながら、グレイスはクスクス笑った。
「では、邪魔者は早々に立ち去りましょう」
「そうだグレイス。早くどこかに行け!」
魔王が手のひらをグレイスに向けて、シッシッと追い払うようなしぐさをしたので、グレイスはもう一度ぷっと吹き出したのだった。
※※※※
それからあたしと魔王は、二人で芋掘りを再開した。
魔王は服が汚れるのにも構わず、一生懸命あたしの手伝いをしてくれた。
あらかた芋を掘り終えると、あたしたちは疲れたーと言いながら、地べたに座り込んだ。
「久しぶりに動いた。腰が痛い」
「えへへ。魔王頑張ってくれたもんね。手伝ってくれてありがとう!」
あたしは土で汚れた魔王の鼻をタオルで拭いてあげながらニコッと微笑んだ。
魔王はまた真っ赤になっていたが、あたしの手を振り払うことはなかった。
「もうここまで汚れたのならヤケクソだ。寝転んでしまおう」
そう言って魔王が土の上にゴロンと寝転がった。
それを見て、あたしもニコニコ笑いながら真似をする。
空は雲一つない晴天だった。そよそよと肌を撫でる風が気持ちいい。ときどき鳥の間の抜けた鳴き声が聞こえてきて、あたしは心が安らいだ。
「気持ちいいねー、魔王」
「そうだな」
二人で空を見上げ、しばらくぼんやりと過ごしていた。
すると、魔王がおもむろに口を開く。
「そう言えばお前……。デルモン大陸の文字は読めるようになったのか?」
「ううん。難しいから勉強すらしてないよ」
「やっぱりお前はバカだなぁ……」
バカと言われても、あまり腹が立たなかった。
きっと、この青い空があまりにも美しいからだ。
魔王はなにか考えこむように黙り込んでから、すっくと体を起こした。
「で、で、では……」
なぜだか魔王は片言だ。緊張しているのかな? どうしたのだろう。
あたしは不思議に思いながらも魔王の言葉を待つ。
すると、魔王は意を決したようにギュッと目をつむりながら叫んだ。
「では、私が文字を教えてやっても良いぞ!」
え? 魔王が文字を教えてくれるの? ありがたいけど、勉強するのやだなぁ。面倒くさい。
「いいよ別に。文字が読めなくてもなにも困らないもん」
「だ、だからお前はバカなのだ! 文字が読めたら農作業に関する本も読めるぞ! 物語だって、デルモン大陸には面白い話がたくさんあるのだ!」
「……」
農作業に関する本か。
確かに畑についてもっと勉強したい気持ちはある。
それに、デルモン大陸の物語ってどんな話があるのだろう。魔族の生活についてとか書かれているのかな? なにそれ面白そう。興味が湧いてきた。
せっかく魔王が親切で文字を教えてくれると言っているんだし、どうせならその厚意に甘えてみようかな。
私も起き上がり、魔王に向かってニコリと微笑んだ。
「そお? じゃあせっかくだから教えてもらおうかな」
途端に魔王の表情がぱあっと明るくなった。
魔王もこんな顔するんだ。なんか、可愛いかも。
「よし! では今夜から私の部屋に来い! みっちりしごいてやる!」
「お手柔らかにねー」
そんな会話をしながら、あたしたちはニコニコと笑い合ったのだった。
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