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4.ヒロイン気分?

 工藤さんではないということがわかって、振り出しに戻ってしまった

 これからどうやって探そうか。

 裕子さんに頼んで、マンションの掲示板に張り紙でもしようかな。

 パーカーとタオルの写真を載せて、「この持ち主を探してます」って。


 会社からの帰り道、電車に揺られながら、青年探しの方法をあれこれ考えていた。


「まじかー!」

「うきゃははははは!」

 近くに大学生くらいの男女が集団で立っていた。

 彼らの笑い声を聞きながら、私は瞑想をするかのように目を閉じた。


 ……あの大爆笑、いや、馬鹿笑いは、ないよね。

 私が口説くはずないじゃん。

 あの軽薄な感じ、超がつくイケメンが台無しだよ。


 私はため息をついた。

 嫌なこと、思い出しちゃった。


    ◆


 こんな調子であれこれ考えていたら、電車を降りたあと、駅の階段から足を踏み外した。

 数段落ちただけでなんとか踏みとどまったものの、足首をひねってしまった。


 だんだん痛みがひどくなる足首をかばいながら歩いて、やっとマンションに到着。

 エントランスでは裕子さんが掃除道具を片付けているところだった。


「ただいま。裕子さん、まだ帰らないの? もう暗くなるよ」

「今日は窓磨きに熱中しちゃって。でも、そろそろ帰るよ」


 裕子さんは本当に仕事熱心でプロフェッショナルである。この道、30年らしい。


「あら、詩織ちゃん、足、どうかしたの?」

「うん、さっき、ひねっちゃって」

「またなんか妄想でもしながら歩いてたの? 気をつけないとだめだよ」

「はーい」

「手当してあげるから、管理人室に寄って行って」

「うん、でも軽くひねっただけだから、大丈夫だよ。ありがとね」

「……ああっ、待った!」


 私がエレベーターの前まで来て、ボタンを押そうとしたとき、裕子さんがあわてたように大声を出した。

 私は驚いて振り向いた。


「裕子さん、どうしたの?」

「詩織ちゃん、怪我してるのに、ごめんねぇ。今日はエレベーターが使えないのよ」


 私はエレベーターの表示を見上げた。数字がひとつずつ増えていっている。


「でも、動いてるみたいだけど」

「これから、業者さんが点検するんだって」

「え、いまから点検? じゃあ裕子さん、まだ帰れないの? それならやっぱり管理人室で休んでいこうかな」

「ううん、いますぐに帰るよ。だから、悪いけど、階段使って?」

「う、うん、わかった」


 私は、裕子さんにさよならを言って、階段を上り始めた。

 やはり足が痛む。私は手すりに体重を預けながら、一段一段上がっていった。


 一階の半分も上がり切らないうちに、上から誰かが足早に降りてくる足音が聞こえてきた。

 急いでいるのに、エレベーターが使えなくて焦っているのだろうか。


 足を止めて顔を上げると、相手も私を見て足を止めた。


 なんと工藤さんだった。

 二度と近づかないようにしようと思うと、むしろ出会ってしまうものなのか。


 数日前に見た高級そうなスーツをお見事なまでに着こなした姿とは打って変わって、今日はくたっとしたTシャツにハーフパンツの「ちょっとそこまで」スタイルの工藤さん。

 すらっとしているのにがっちりとした肩回り。まっすぐ伸びた長い手足。

 こんな気の抜けた格好でも、どこぞの大豪邸の階段を降りてきているかのように見えるのは、やはり、恐ろしいほどのスタイルの良さのなせるわざなのだ。


 ……私は、頭をぶんぶんと横に振って正気を取り戻した。

 数日前の馬鹿笑いと「口説かれてる?」を思い出し、顔を伏せ、会釈だけして通り過ぎた。


 と思ったら、意外にも工藤さんから声をかけてきた。

「足、どうかしたの?」

 私は即答した。

「いえ、大丈夫です」


 工藤さんは少し考えてから、しゃがんで私に自分の背中を差し出した!

「乗って」


 えー?! これって、小説やドラマの中ではよくあることだけど、現実にも起こることだったの?

 ドラマや映画のヒロインは、どうやって乗ってた? まず肩に手を置く? それとも足から? いや、飛び乗る?

 ちょっと、待って。

 そもそも、さっきまで軽薄だとかイケメン台無しだとか、悪口を言ってたくせに、ほいほいおんぶされちゃうわけ?

 超絶イケメンなら、なんでも許しちゃうの?


 私は工藤さんの広い背中を穴があくほど見つめながら、自分の無節操さにあきれて、首を横に振った。


 ふと、工藤さんのTシャツの背中部分に『いつもみなさまと共に! 明るい信用金庫』という文字がプリントされていることに気づいた。


 ふーん。


「信用金庫にお勤めで?」

「え、俺? いや。ああ、このTシャツね。そこの商店街のくじ引きで当てたやつ」

「ああ、そうですか……」


 なんか、工藤さんみたいな麗人は、家着のTシャツすらもブランドものだと思ってた……。

 ふーん。


 私は、思った。


 くじで当てた名入りTシャツを普段から着ているなら、ホテルの名入りタオルだって、普通に使っているのではないだろうか。

 それにこのTシャツのくたくた感は、あのときのパーカーのヨレヨレ感に似ている。


 やっぱり、あのときの青年は……。

 いやいや、まさか。だって方言でも外国語でもなく、普通にわかる言葉を話してるし。

 性懲りもなく、工藤さんとあの青年を重ねるなんて、私はどうかしてる。


 正気を取り戻そうと、私は頭をぶんぶんと振った。


「乗らないの?」


 せっかくしゃがみ込んで背を差し出しているのに、いつまでも乗ってこない私にしびれを切らしたのか、工藤さんは立ち上がり、眉間にしわを寄せた不機嫌そうな顔でこちらをふり向いた。


 私は数日前の工藤さんとのやりとりを思い出して、つい、ひねくれた物言いをしてしまった。

「なんと、私、口説かれてるんですか? わははー」


 その瞬間、体がふわっと浮き上がった。


 一瞬、何が起ったのかわからなかった。

 が、すぐに、私が工藤さんにお姫様抱っこをされていることに気がついた。


 お姫様抱っこをされたら、どっちを向けばいいんだっけ? 右? 左? 真上?

 手、この手はいったいどこに置けばいいの? 王子様の首にまわすのが正解?

 ちょっと、待って。重さに耐えられずに落とされるくらいなら、いまのうちに自ら落ちた方が、相手にとっても自分にとってもまだダメージが少ない?!


 私の頭は一気に混乱状態に陥り、手足にめちゃくちゃな指令を送った。


「わ、暴れるなよ。でないと……」

 不意に工藤さんの腕の力が抜ける。


「わわっ」


 急に落ちる感覚を味わい、私は、つい工藤さんのたくましい胸にしがみついてしまった。

 ……ふんわりといい匂いがする。


 恐るおそる顔を上げると、予想以上の至近距離に工藤さんのいたずらっ子のような笑顔があった。

 私は反射的に顔をそむけた。


「この前、大笑いしたこと怒ってるなら、これで勘弁してよ」

「べ、別に、怒っているわけでは」

「なんだ、そうなんだ。じゃ、降りる?」


 工藤さんは再びわざと腕の力を抜いた。

 おかげで、私はまた工藤さんの胸にしがみつくはめになった。


 工藤さんは、にやっと笑って言った。


「落ちないように、ちゃんとつかまってて」


 そして、工藤さんは、まるでいま俺が抱えているのは子猫だとでもいうように、ひょいひょいと階段を上りだした。

 記憶にある限りお姫様抱っこ初体験の私は、緊張のあまり、ひたすら体を縮こませていた。


 一瞬、工藤さんの背中越しに階下に目をやると、私たちを見上げる裕子さんの、なぜか満足そうな顔が見えた気がした。

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