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3.彼は、イケメン工藤さん?

 その後、時間があればマンションのエントランスをうろうろとして、あの青年を探した。

 しかし、それらしき男性にも会えず、手がかりといえば、裕子さんから教えてもらった情報だけだった。


 とはいえ、工藤さんとは生活リズムが違うらしく、もともと滅多に会わない。

 会ったところで、あの工藤さんにどうやって話しかけたらいいのか。

 悩み続けて、数日が経った……。


    ◆


 珍しく休日出勤をした日の夕方、マンションの最寄り駅近くにある本屋さんの店頭で、雑誌を眺めていたときだった。

 隣りで雑誌を見ていた女子2人組が、突然、小さく悲鳴を上げた。


「来たー!!」

「くぅー、今日も美しすぎて、クラクラする」

「まぶしー、直視できない!」

「い、息ができない……」


 ま、まさか。

 

 私は、彼女たちが興奮気味に見つめる方向を見た。

 

 やはり! その視線の先にいたのは、こちらに向かって歩いてくる工藤さんだった。

 工藤さんも仕事帰りなのか、ネイビーの細身のスーツをスマートに着こなし、革のビジネスバッグを手に提げている。

 工藤さんとすれ違う人は男も女も、しばらく彼を目で追っている。


 背後からスポットライトを浴びて優雅に歩く工藤さんが、スローモーションで私の方へ……。

 

 私は頭をぶんぶんと横に振って、正気を取り戻した。

 やっとチャンスが訪れた。工藤さんは、すぐそこにいる。

 これ以上グズグズと確かめずにいたら、いつまで経っても恩人に恩返しができない!!


 映画の中で、天真爛漫なヒロインが愛を知らないヒーローに再会し、ステップを踏むような足取りで近づいていった場面を頭に浮かべながら、私は、工藤さんに向かって突進した。


 工藤さんの前方3メートルまで近づいたところで、私は足を止めた。

 背後から女子たちの「あの子、正気?」というどよめきが聞こえてくるが、気にしない、気にしない。


「こ、こんばんは」


 私は精一杯の笑顔を作り、工藤さんを見上げて言った。

 至近距離で見る工藤さんは、予想をはるかに超えて眩しかった。


 ところが工藤さんは、私の存在にまるで気づいていないかのように歩く速度をゆるめることなく、私の横を通り過ぎて行った。

 くすくすという笑いと、「やっぱりね~」「仕方ないよ~」と揶揄する声……。


 私はあわてて工藤さんの前に回り込んだ。


「あの、私のこと、覚えてませんか?」


 工藤さんは足を止めて、私の顔をじろりと見た。

 無表情のまま、何も言わない。


 あれ、機嫌悪い?

 

 にこりともしない工藤さんを目の前にして、急に現実に戻ったような気持ちになった。

 そして、以前、マンションの前で見かけた、工藤さんに冷たくされて泣いていた女の子を思い出した。

 あれ、私も泣きたくなってきた……。


 すっかり私を忘れてしまったのか。

 それとも、やっぱり工藤さんはあの青年とは別人なのか。

 

 がんばれ、私。ここまできたら、なんとしても、はっきりさせなきゃ!


 私は、再び私を無視して歩き出そうとする工藤さんの腕をつかんで言った。


「この前、夜中に……」


 工藤さんは、無表情のまま。

 超美形がにこりともしないと、これほど人をいたたまれない気持ちにさせるものかと。

 確かに私はこれと言って特徴もない顔かもしれないけど、たった数日前のことなんだから、もし工藤さんがあの青年なら私のこと覚えてるはずだよね?

 あ、でも、むしろ、あのときは特徴があり過ぎて……。


「あのときの私は、なんて言うか、えーと、いまとはちょっと違って見えてたかも? ほら、あのときは夜だったし、非常事態だったし」


 私は身振り手振り説明した。

 あのときの顔をあえて思い出させるなんて不本意だけど、恩人なのか確かめるためには仕方ない。


 あのときは、完全にノーメイクだったうえに、いつの間にか寝落ちしていたところを飛び出してきたから、髪がぐちゃぐちゃだった。

 さらにそのうえに、鼻血を手でぐいぐいと拭ってしまったためか、口のまわりが血の滴る生肉を食らった後のような、世にも恐ろしいことなっていた。

 あの日は、部屋に戻った後、鏡の中の自分の姿に戦慄してしまった。

 

 しかし、やはり別人なのか、工藤さんは何も言わない。

 それどころか、表情が険しくなってきたような。


 あ、そうだ、あの日のやらかしは、それだけじゃなかった。

 本当は工藤さんがあの青年で、あのときの鼻血女が私だと気付いていたとしても、あの言動のあとではもう関わりたくないと思うよね。


「あの、あのときの『キス……』なんですけど、あれって……」

 私は、バッグの中をごそごそと探って、

「これ、これなんですよ」


 工藤さんは、私が差し出した物に視線を落とした。

 美男が美女をお姫様抱っこしている。差し出した物は、私の愛する『愛を知らないあなたに恋をして』の原作本である。


「シチュエーションがまるでこの『愛恋(あいこい)』で。ちょっと夢見心地だったというか、運命を感じたというか。そういえば、あのあと、何か言ってましたよね? 何て言ってたんですか?」

 

 工藤さんを見上げると、彼はさらに険しい顔で私を見下ろしていた。

 やば。完全に人違い? それとも、あの日を思い出して不機嫌になってる?

 彼があの青年なら、ちゃんと説明して、謝って、お礼を言わなければいけないのに。


「要するに言いたかったのは、私はあのときからずっと……」

「ぶははは!」


 笑いだす工藤さん。外見からくる超然としたイメージからは想像もつかない、大爆笑である。

 私はしばし呆気にとられて、工藤さんを見つめた。


 工藤さんは、やっとのことで笑いをこらえて言った。

「俺、君に口説かれてるの?」

「え? えぇ?! 違います!」

「あ、違うの? でも、いまの話の流れだと……」

「違いますよ! 人違いでした!!」


 私は逃げるようにその場を離れた。

 

 ……驚いた。

 工藤さんて、ああいう感じの人だったんだ。

 なんていうか、ちょっと、軽い?


 きっと工藤さんは、あの青年ではないと思う。

 少ししか話せなかったけど、まったく方言が出てこないし、訛りのない話し方をしていた。

 声は、青年と同じように低くてイイ声ではあったけど。


 とにかく、超絶イケメンで軽い男なんて、私にはおよそ無関係、別次元、お話の中の登場人物でしょ。

 今日のことはきれいさっぱり忘れて、二度と近づかないでおこう。

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