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※未成年者への虐待描写があります。ご注意下さい。
バァン!とルパートが机を叩いて立ち上がり、男に掴みかかろうとするがディルクが片手を挙げてそれを制した。
激昂するルパートとは違い、ディルクは落ち着き払っている。
「…だから今度は自分が人を支配する側に回ろうとしたのか?」
「はぁ?」
急なディルクからの問いかけに男は間抜けな声を出すが、ディルクは続けて言う。
「お前が人身売買グループの一員で店の娼婦たちを闇のルートで国外に売っていたということは分かっている。薬物に依存させて薬代が払えなくなった所で、いい商売があると女たちに嘘の情報を流したな?」
「何っだ…それ。知らねえよ」
男は否定するが、先ほどまでの妙に余裕な態度から一転、その表情がくもり始めた。
「しらを切ってももう遅い。昨日仲間の一人がもうあらかた吐いたぞ。お前の店がそっちの顧客の接待に使われてたことも、裏で手を引いてた伯爵家の存在もな。薬の件では大人しく捕まっておいて、出所したらいいポストでも用意されてる約束だったのか?」
「……」男の膝が小刻みに揺れ始める。
「しかしお前も愚かだな。ジョーイ。ダブリン伯爵はかつてお前のいた孤児院の院長を裏で操っていた人物だ。つまりお前は再び同じやつの手のひらで踊らされていたんだ」
「なッ…そんな馬鹿な」
バキィッ
明らかに動揺した様子の男の前でディルクは持っていたペンを握りつぶしてみせた。男からはヒィッと情けない声が出る。
「六年前は尻尾を切って逃げられたがな。今度は絶対に逃がしはしない」
(えぇ…隊長の方がめっちゃ怒ってたじゃん)
上司の静かな、でも燃えるように激しい怒りを感じ取った副官は大人しく椅子に座った。
おなかすいた…ごはんたべたい…さむいさむい、こごえちゃうよ…ねむい…つかれた…
もうつかれたの……いんちょう先生、なんでもするから…おねがい…
「…っはあっ」
ミザリーは夜明け前に思わず飛び起きた。昨日の出来事に引っ張られて嫌な記憶を思い出したのだ。
ジョーイは孤児院で二歳か三歳年上の子供だった。小さい頃は皆仲良くしていたが、成長するにつれ彼は素行が悪くなり、院の外で不良グループとつるむようになった。そして確か最後は孤児院から逃亡してしまったと記憶している。
しかし孤児院も孤児院で逃亡したくなってもおかしくない環境だったのだ。
ミザリーが九歳の頃新しく変わった院長先生は一見ニコニコとしていて優しそうだったが、実際は子供たちを「商品」としか見ていない悪魔だった。
容姿が悪かったり、体が弱く病気がちだったりした子は「劣化品」と名付けられ、食事も満足に与えられず、毎日こき使われ、一方で容姿に恵まれていたり、頭が良い「A級品」や「S級品」の子供は孤児とは思えないほどの優雅な生活を送っていた。
子供たちに優劣をつけることで、自然に孤児院の内部では競争がおき、表向きは優秀で美しく「質」の良い子供たちを養子として送り出す場所として経営を行っていた。しかしその裏では特別見目の良い子供を高級娼館や愛玩奴隷として貴族や裕福な商人に法外な値段で売っていたのだ。
ミザリーは容姿こそ平凡だったものの顔に傷があったために(小さい頃木から落ちた時にできた)劣化品に落とされ、孤児院での家事や小さい子供の世話の殆どを押し付けられていた。
そしてミザリーの仕事はそれだけではなく、時には院長に呼び出され、その部屋で夜を過ごすこともあった。
その時の辛い記憶はいまだにミザリーを苦しめる。
もしかしたらディルクはジョーイから聞いてしまったかもしれない。ミザリーが孤児院で何をしていたのかを。
ミザリーはそこから出勤までの長い時間、毛布にくるまってベットから出られなかった。