物部イクヒ
「どうやら私にカグサカ皇子のお姿を見せたかったようですね」
坂を下りながら、オキナはオシクマの背中に向かって言った。
「このことをオオナカツさまは?」
「母上は何も知りません。兄者がとんだ愚か者なのに、母上は気づかないのです」
「母親ってそんなものなのかしらね」
オシクマはふと歩みを止め、振り返ってオキナに顔を向けた。
「母上から聞きました。大后は子を持てないから、吾が兄者の大王擁立に協力すると」
「まあ、そのようなことは言ったかも」
「兄者を見たでしょ。政りごとには何の関心もなく、后を持つ気もない。それどころか男とまぐわう始末。あれでは王にはなれません。ヤマトにはまだ強敵が控えているのです。王になるのは、吾しかいない!」
「まあ、それは家族で話し合ってください。私は皇子殿がなるのにも反対するつもりはありませんから」
「自分の欲で兄者を貶めるのでないことを知って欲しいのです」
「わかりました。それにしても男同士でまぐわうって、不思議ですね。どうやるんだろ?」
「どうって、大后はそのことにご興味が?」
オキナはさきほど見た、少年の柔らかいオノモノを思い出していた。夫のそれをガン見したことのないオキナだが、自分を傷つけたものとはまったく違う、別の何かのような気がするのだ。
「オノモノをホトに射し込んで、男女はひとつになりますよね。でもオノモノがふたつあっても・・」
「男にホトはありませんが、他に射し込む穴がありますから」
「穴?ひょッ、ひょっとしたらここ・・?」とオキナは自分の口を指差した。
「そうですね。そこもそうです」
「ぺペッ!きったなーい!」
「いや、汚いのはまだありますぞ」
「まだあるんですか?あッ、もしかしたら鼻の穴・・?」
「鼻の穴なんかにあんな固くてでっかいものが入ると思ってるんですか!」
「ですよね~。それじゃあ」と考えて、思い付いたのは・・。
「お尻の穴?まさかですよね?」
「いえ。正解です」
「げげボッ、汚な~い!」
「まさか大后とこんな話をするとは。でもちょうどいい。草木もほどよく繁っておるし」と言ったとたん、オシクマの目つきが妖しくなった。
「何がちょうどよいのです?」
「いやなんでも。さてこれからチョイ失礼をばいたしますぞ」
そう言うと、彼は突然オキナを足払いして、大地に倒した。
「痛てて。何をするの!」
「しばらくじっとしておれ、大后」
「皇子は私の身体にオノモノを突っ込むつもりですか?どこに?ホト?口?お尻?」
「ばかな。大后にそんなことをすれば、王から皇子の資格を剥奪されてしまうわ!吾のすることは母上に頼まれたことよ」
「母上に?」
「大后のホトは使いものにならぬとか。しかし本当の話しなのか、実際に目で見て確かめてこい、とのことでした」
「なんということを・・」
「だからおとなしくそこで寝ておれ!」
オシクマはそう吐き捨てると、オキナの足元めがけて跳びついた。
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その少し前のこと。松林の中にオキナを探す二人の兵の姿があった。まだ若い二人の名を物部イクヒ、中臣エカツと言う。両氏とも後々に名家となるが、この時代にはどちらも仲間から呼び捨てられる、一介の兵でしかない。
「まったく、とんだ失敗じゃないか。お前が毛虫なんか怖がるからいけないんだぜ」
眉間に皺を寄せて相手に文句を言ってるのがイクヒだ。
「わざわざ林の中を通るより、遠回りでも安全な道を行くと思ったんだよ」
エカツは呑気な声で答えた。
「たいていの人は遠回りなんかしないって。オシクマ皇子が同行してるんだから尚更だ」
二人はオオナカツの下女から、オキナがオシクマ皇子と浜に向かったと聞いて、浜に向かった。その途中、エカツが毛虫を嫌がって、遠回りして浜で二人を待つことにしたのだった。
「しかしオキナ姫はいったいどこだ?道に迷ったのかな」
キョロキョロと四方に目を向けるイクヒを真似して、エカツも頭を回しながら歩いた。
そのとき、エカツの目に不思議な光が写った。半島の方向に青い火柱が上がっている。
「イクヒ、あれ見て!ありゃなんだ?」
エカツの様子を見てイクヒも顔を上げると、彼にも青い火柱が見えた。
「行くぞ!」とイクヒが走り出すと、エカツも大きな身体をゆさゆさと揺らせてその後を追った。
枝葉に打たれながら、火柱の方向に走ると、半島の先に続く坂道に出、左手の小道も見つけた。
「こっちかな?」
「火柱の方向からすると、そうみたいだな。行くぞ」
と、数歩進んだところで、坂の上から物音が聞こえてきた。
何かがかけ下りてくる足音のようだ。
「猪?それとも熊かなあ」
エカツの呑気な声に、
「下りてくるぞ、隠れるんだ」
イクヒが崖側の太い樹木の裏に身体を隠すと、エカツもその横の樹木の陰に。なのに足を滑らせてしまい、崖を転げ落ちそうに!だが下の樹木に支えられてすぐに止まった。
それを見ていたイクヒ、ホッとして顔を上げると、ひとりの男が悲鳴をあげながら、脇目も降らずに道をかけ下りていくのが見えた。
男が去った後、他に物音はなく、静けさが戻った。イクヒはエカツの手を取って身を起こすのを助けた。
道に戻った二人は下を見、上を見る。
「なんでしたん?」とエカツ。
「あれは多分、オシクマ皇子だと思う」
「皇子?熊か猪に追われたんやろか」
二人は顔を見合わせた。
「姫が危ない!」
二人は坂を駆け上がった。しばらく走ると勾配が緩くなり、先が見えてくる。遠くに姫が見える。
「姫~!」
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オキナに何があったのか。
それを説明するために、オシクマがオキナを襲った場面に話を戻します。
びろろろ~~~ン!