オシクマ皇子
「おや?カグサカはいないのかえ」
「王をもう少し先まで御見送りすると言って、まだ戻っておりません」
「おお、さすがじゃの。ではオシクマ、そちに頼むとしよう。大后さま、これはもうひとりの皇子、オシクマです」
と、オオナカツがオキナに紹介すると、
「大后さまには浜辺にて何度かお見かけを」
オシクマはにやにやした顔をオキナに向けて言った。
オキナはその表情と態度に不遜なものを嗅いだけど、素知らぬ顔で、
「こんにちは。私は今日もこれから浜辺にと思っております」と返事した。
「そうですか、結構ですね」
と答えたオシクマに、オオナカツが声をかける。
「大后、そこで少しお待ちください。オシクマに少々言伝てがありますので。いい?屋敷を出ちゃだめよ」
オシクマは逆らうことなく、オオナカツの後について奥の部屋に引っ込んでしまった。
オキナは玄関前に立つ兵士を見ながら、
(見送りなんて必要ないのになあ)
なんて考えていると、やがてオシクマが戻ってきた。相変わらずのにやにや笑いだ。
「お待たせしました。では大后、吾がお供いたします」
兵士が玄関を開け、ふたりは外に出た。
「浜にいかれるのですね」
「はい」
「では林を抜けるまでお供しましょう。失礼ですが大后はお幾つで?」
「今年十六になります」
「では吾のひとつ下ですか、やはりお若い。その赤子のような肌、母上が羨ましがっておりますよ。王のご寵愛もさぞかし深いのでしょうな」
オキナがオシクマの顔をチラ見すると、例の下卑た笑い顔でこちらの顔色を伺っているのに気づいた。
(この子、私のことを知っていてそんなこと言ってるんだ)
ふたりは浜風を防ぐ林の中に入っていく。
「知ってますか。この林は迷路のようになってましてな」
「私、いつもは林を抜けない道を使いますから、よく知りません」
「歩きようによっては、左の松林の先に半島への昇り口があります」
「へえ・・」
「その昇り口は一本道に見えるんだけど、左手前に細い道が隠されてるんです。その坂を上がったところに王のお休み処があるんだけど、大后は知らないでしょうね」
「お休み処?さあ。狩りに出られた、その帰りとかにお使いになったのかしら」
するとオシクマはオキナの耳に顔を近づけると、
「村の娘たちとお遊びになられる、そのための隠れ家なんです」と囁いた。
「そ、それは・・」
「おやしろに村の娘を連れ込むこともできませんしね。母上も知らない場所ですわ」
オキナにはどうでもいい話しに思えた。
(だけどムナイさまは知っていたのかしら)
「どうです?今から見学に行きませんか」
「いえ、結構です。いずれまた」
オシクマは構わず話を続ける。
「兄者のことですがね、実はその隠れ家にいるんです」
「?王の真似をして村の娘さんと、ですか?」
オシクマは声をあげて笑った。
「いえいえ。多分そうではないと思いますよ。大后は兄者に会ったことは?」
「いえ。皇子殿と同じ、何度か遠くでお見かけした程度で。ですので突然訪ねるのは失礼ですわ。そのうちお屋敷を訪ねますから、今日は遠慮」
オキナがそう答えている最中、オシクマが彼女の腕をぐいと絡ませてきた。
「遠慮はいりませんぞ。さあ、行きましょう!」
「ちょッ、ちょっと止めて!」
「面白いものを見せてやるって言ってるんです。さあ!」
オシクマの荒々しい態度と腕力に、オキナは諦めるしかない。林の中は二人きりだった。
「わかりました!付いていくから腕を離しなさい」
オキナの強い口調に、オシクマはようやく腕を離した。
「ふん。大后と王が臥所を共にしていないことくらい、吾はわかってます。だけど吾の母上のところにいたわけでもない。王はあそこの隠れ家で村の娘とまぐわっていたんだ」
「尊はサナ姫とおいでだったのです」
「いいや。サナ姫とはこれから毎日まぐわえる。ここで土地の娘と遊んでいたんです」
オキナは言い返す言葉もない。黙ったふたりは十分くらいかけて半島の昇り口に到着した。なるほど左手に細い枝の向こうに別の道があった。
坂道を上がっていくと、本当に松林に囲まれた家が出てきた。
「こんなところによく建てられましたね」
「王の力でできないことじゃないでしょ。さあ、そっと中をご覧ください」
オシクマはそう言うと、オキナの背を押した。でも自分は林から出ようとしない。
(ひとりで行けということか。まったくわがままなガキだこと)
オキナはあきらめて、振り反って家に向かった。表に回ると、壁のない部屋が見えた。数歩進んでオキナが見たものは、
(あらまあ・・)
カグサカだろう、白い肌が浅黒い肌と絡み合っている。尻まで黒い、それは、男?いや、少年のようだ。体勢を変えたふたつの身体の間から、柔らかいオノモノがだらりと揺れたのがオキナの目に入った。
男女のまぐわいに出くわすのは珍しいことではない。春になると屋根の下だけでなく田畑の土手や河原のへりなど、あちこちで男女が人目気にせずまぐわう、それが自然のおこないだから、何の恥ずかしさも感じない。
しかし男と男のまぐわいとは奇妙だ。オノモノをホトに射し込むことでまぐわいは成立するのではないのか?
そんなことを思いながら、じっとしていると、カグサカがオキナに気がついた。
「おッ、これは大后」
カグサカは動かしていた尻を止めて、少年の身体から離れると、胡座をかいて座った。
「ここにはどうして?」
「あの、皇子殿がここにおいでだとオシクマ皇子から聞いて・・」
「オシクマが?」
「兄者~」
オシクマがオキナのすぐ後ろに立っていた。
「悪い癖ですぞ。男相手に無駄射ちとは」
「おいッ、母上には言ってないだろうな」
「もちろん言いませんよ。兄者が男相手にまぐわっていたなどと言おうものなら、とんでもないことになる」
「言うでない!言うでないぞ!」
「言わないって!さ、大后さまにご挨拶を、兄者」
「わ、わかった。大后、ようこそおいでくださいました」
(カグサカ皇子はオシクマ皇子ともオオナカツさまとも雰囲気が違う)
と、オキナは感じた。自分に敵意がないのだ。どこか幼げでもある。大人の顔付きにも見えないし。
「オキナです。カグサカ殿、突然に来ましたこと、失礼をばいたしました」
「いや、ここは王の屋敷、吾だけが使っていいわけじゃないんだが、その、」
「結構です、兄者!吾も大后もこんな隠れ家など必要ありません。出立までお好きに使われたらいいぞ」
オシクマにそう言われ、カグサカはモジモジとうつむいてしまった。
「出立は明々後日。お忘れなきように。さ、それでは大后、戻りましょう」
オシクマはカグサカの顔も見ないで、さっさと行ってしまう。それでオキナも一礼したあと、屋敷を離れた。