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第1章・角鹿気比社

 気比社はナカツヒコ王が即位した昨年、このあたりを治める豪族、角鹿氏との友好の証として建造されたものだ。おやしろといっても現在見る神社の姿ではない。四方の柱に屋根を付け、壁の代わりに筵を垂らしただけの、この時代にある民家と変わりない造りだ。ただ、何棟も連なっているさまはそれなりに風格がある。


中央の屋敷では筵が捲り上げられていて、中からひとりの大男が日本海を眺めていた。穏やかな波を見るその男こそヤマト国の王、ナカツヒコである。身長は2メートルを越え、彼のせいでこの宮の天井はすべて高くなっている。


「それで、明後日の旅陣だが」

王はぽつり呟いた。


「はい」

と返事をしたのは彼の後ろに控えている中年の男。王のせいで背が低く見えるが170センチを越えた、この時代では彼もまた大男であった。宿禰(すくね)のムナイといい、年齢は王より十歳上だが、精悍な顔つきに凛とした立ち姿は若々しい。見た目ばかりでなく、王にとっては安心してヤマト全軍の総大将を任せることのできる、全幅の信頼を寄せる武人であった。


「オキナはここに置いておくことにする」王はそう呟くと振り向いて、ムナイの表情を確かめた。

「いや、后として相応しくないだの憎々しいだの、そんなことを言ってるのではないぞ。そちの勧めで后にしたことには何ら不満はない。それどころか神憑りの力を頼もしく思っておる」


「どうぞお続けください」とムナイは頭を下げた。


「オキナは巡幸というより、ここに連れてくるつもりだったのだ。理由はわかるだろ?」


ムナイは頭を上げると、王の肩先に広がる海に目をやった。

「姫の先祖があの向こうにおわすから、でしょうか?」


「うむ。いや、海の向こうに本当に大陸があるか、という議論を蒸し返すつもりではないぞ。オキナが信じている、そのことに敬意を払って言っておる」


海の向こうに広大な大陸がある。新羅国や百済国、高麗国、晋国など、壮大な土地と人間の歴史があり、われわれヤマトもまた大昔に大陸からやってきたのだという、そういう歴史的物語をナカツヒコ王はただの伝説、寓話だと考えていた。


ヤマトにある宮社や屋敷の多くが、新羅から来た職人たちによって建てられた、そんなことさえこの王は知らないのだ、とムナイは思うのだが、この議論はこれまでにし尽くしている。ムナイは黙って王の言葉を待った。


「オキナにはこの地が合っているようじゃな。毎日のように浜辺に行き、海に潜ったりはしゃいでいるとか。三輪に暮らすのとはえらい違いようじゃ」


「確かに姫のご様子は変わりましたな」とムナイは答えた。


オキナを王の后にと薦めたのはムナイであった。幼少の頃から新羅の神に護られているという評判であったし、山中で迷った縁者たちを神憑りの力で救ったという話も広まっていた。

そんな力のある娘ならヤマトのためになる、と判断したムナイが繋げた縁であった。


「この度、角鹿とも縁組みが済んで、后がまたひとり増えた。だからというわけではないが、オキナにとってもここにいた方が幸せだと思うのじゃ」


 角鹿の豪族の娘、サナ姫のことである。この婚姻は昨年に決まったことであり、これは角鹿一帯がヤマト国の傘下になったことを意味している。

そしてもうひとつ、オキナを置いていく理由が他にもあった。ムナイは王とオキナ姫が親密な関係を築けていないことを知っていた。ムナイは王の女人の好み、というものに全く無頓着であった。今になればよくわかる。他の后を見ればいい、彼女たちは豊満、ふくよかなのに比べて、オキナ姫は小さな乳房、細い腰に幼さが残ったまま大人になってしまった、そんな身体付きであった。


「それに吾も大変なのじゃ。いやなに、角鹿の娘だがな、あやつ、ああみえてなかなか激しい娘でのう」そう言うと、王は下卑た笑顔を見せた。

「吾が后の部屋に寄るとすぐ、后は吾の膝の上に乗ってくるのだ。それもだ、裾を捲りあげてさ」


「それはまたお元気な姫で」


「そこで悪いが、オキナにはそちから申し伝えてくれぬか」


「承知しました。して巡幸に私は?どちらをお護りすれば?」


「もちろん吾の護衛じゃ。そちにはしばらくオキナの警護をしてもらったが、今後は誰かに任せよう」


「では誰か代わりの者を用意いたします」


「うん。さ、話しは終わりじゃ。吾はこれから出かける」

王はそう言うと、ムナイにウインクをしてみせた。


村の娘とのお遊びである。后たちには内緒にした隠れ家があるのだ。その家を知るのは王直属の兵のみである。

しかしそれにしても、とムナイは思った。

オキナ姫のお姿を見れなくなるとは。姫のお側に立てぬとは。あの方をお護りできぬとは。


臣下として許されないことだが、寂しさにうちひしがれるこの想いをムナイはどうすることもできないでいる。






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