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秘宝の守人 立ちはだかる

作者: jima

他愛ない話ではありますが、ストーリーの性質上、一応R15を指定しました。楽しんでいただけたら、うれしいです。

 A市の温泉街に行ったのは会社の慰安旅行である。いい温泉、うまい料理、落ち着いた客室と申し分ない旅となり俺はすっかりご機嫌だった。その油断があんな間違いを生んだといえばそれはそうだ。


 酔い覚ましに一人で街をうろつくと、見慣れぬ建物がある。『A秘宝館』と何ともいえない色使いと奇妙なデザインはある種の人間を引き寄せるものであっただろう。俺はどちらかといえばこういうタイプの娯楽からは距離を置く方であり、普段だったら誘われても断っただろうがそこはそれ、つまり油断である。『旅の恥はかきすて』という言葉と一人きりの気楽さ、そして若干の酒の力もあってフラフラと入館してしまった。


 館内には怪しげな神社、怪しげな浮世絵、そして怪しげなアトラクション的なもの…とまあ、要するに怪しげなもののオンパレードだ。なるほど好きな人は好きなのかもね、うーん、一般的ではないし、なかなか今の世の中で生き残るのは難しいかも、いろいろ工夫はしてるけれどね…などと感想を持ちつつ、俺は一回りも見ないで飽きてきてしまった。俺の他にはあまり客はいないようにも見える。入場料は2000円足らずであったが、さほど惜しいとも思わず出口を探した。


 ふと館の奥の方に小さいけれど立派な門があるのを発見した。これは結構注意深く探さないと見つけられないかも…と思い、近くに寄る。『登竜悶』とある。このセンス嫌いではないけれど、ちょっと会社では説明できないな、と門をくぐろうとした。そこに明らかにドライアイスの煙を自分の手で床に放出しながら、金色の羽織を羽織った老人が登場した。


「我こそはこの秘宝館にある秘宝中の秘宝を守る者なり。ここを通りたくば我を倒していくがいい」

 俺はうっかり変なコーナーに迷い込んだことを悟った。

「あの、大丈夫です。すいませんでした」

 俺が素早く立ち去ろうとすると、老人がちょっと慌てたふうで引き留める。


「そんなこと言わないで、ちょっと付き合いなさいよ」

「いえいえ、ホント間に合ってますんで。秘宝はどなたか他の人にあげてください」

「まあまあまあ、ここまでせっかく来たんだから、挑戦しなさいってば」


 こんなやりとりをしていたら、いつの間にか他の客が集まってきた。どこにこんなに人がいたのだ。

「…あれが噂に聞いた秘宝の守り人(もりびと)」 「初めて見た。伝説の守り人か…」

 知らねえってば!何だよ伝説のって!恥ずかしいったらありゃしない。早くこの場を離れないと。


「ご老人。伝説の守り人に一戦、挑みたい。よろしいか」

 何だかわけのわからないのが出てきたな。中年の紳士だ。とても秘宝館でエロフィギュアとか見てる人には見えないんだが。この隙に失礼しようと俺はそっと出口方向に近づいた。


「待ちなさい、若いの」「君も勝負の結末を見届けてくれ」

 じじいとエロ紳士の両方にジャケットの首のところとショルダーバッグの紐の両方をつかまれ、俺はそこから逃げられない。


「頼みます。本当に悪気はなかったんです。勘弁してください。帰らせて」

 俺が泣き顔で言うと、守り人が呆れた顔をする。

「そんな大げさな。ちょっと見てきなさいって。別に何もしないから。痛いのは最初だけだから」

 ヒイッと俺が息を吸い込むと、守り人が笑う。

「冗談じゃ。ホント、ただ見てるだけでいいから」




 何故かそこに駆けつけた秘宝館館長を中央に守り人と紳士が向かい合う。俺は何故か見届け人となって館長の横、いつのまにか周囲には数十人のギャラリーが集まっている。何だこの状況。

「では勝負を始める。両者準備はいいか?」

「おうっ」と紳士、「掛かってきなさい」と守り人。

 何が始まるのかと俺は緊張するが、周囲の人間達は興味津々の顔である。


「一番勝負!お題は文房具!」

「へっ?」

 俺は呆気にとられて館長を見る。

「どういうことなんですか?」

「しっ!見ていればわかる」

 何だか黙らされて俺は口を閉じた。俺って客なんだけどな…。


 紳士が口を開いた。

「ホッチキス!」

 おお~っとギャラリーが息を吞んだ。何だ何だ。

 今度は守り人が穏やかに、しかし力強く言う。

「コンパスとディバイダー」

 ハアッとため息があちこちから聞こえ、紳士が青ざめた。

「さ、さすがだ」


 …俺は館長の方を見た。館長が俺を見て頷き、解説してくれる。

「どちらがエロいか、そしてエロ深いか、という勝負です。今のは明らかに名人優勢ですね」

「そ、そうなんですか?」


 名人って何だ。守り人じゃなかったのか。いや、そんなことはどうでもいいが、何でコンパスがエロいんだ。周囲のやつらも何だかわかってる風だが、俺だけか?俺だけがわからないのか?さっぱりわからない俺に館長が付け加える。

「野球で例えるならセーフティバントとバスター&ラン、どちらがかっこいい?みたいなことです」

 …益々わからなくなった。 



「二番勝負!酒のつまみ!」

 誰か助けてくれ。この人たちは何を言ってるんだ。俺の心の声は誰にも届いていないようで、今度は守り人の先攻のようだ。

「アヒージョ」

 きゃあっ!と婦人の声があがり、誰かが倒れた。相当刺激的だったらしい。間髪入れず紳士も叫ぶ。

「はまぐりの酒蒸し!」

「えっ」とか「ううむ」と唸る声がする。聞いてもいないのに館長が俺の方を向く。

「今のは紙一重でしたね。向こう正面の神風(かみかぜ)さん」

 …何から何まで意味不明だが、紳士がギリギリ勝ったのだろうか。



「最終勝負。画家の名前!」

「何て難しいお題だ」「館長、容赦ないな」「俺ならギブアップだ」などとギャラリーの声がする。紳士も心なしか顔色がない。よくわからないけど。


 紳士が一瞬の間の後、歯を食いしばって言った。

伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)!」

 オオオオッとどよめきが起こる。相当いい答えだったらしい。守り人も唸っている。何で唸る。

 館長が呟いた。

「いい答えだ。だが…ややあざとい。特に『ちゅう』の部分を強めに言ったところがどうなのか」

 どうなのかってどうなのか。守り人がすうっと深呼吸をして答えを返す。


「サンドロ・ボッティチェッリ!」

 いやああああっと何人かのご婦人の声と同時に卒倒する音が聞こえる。周囲も変態の集まりらしい。

「これは…見事だ。守り人の勝ちです!」

 館長の宣言に拍手の音が鳴り響く。俺もつられて拍手していたが、なぜ拍手しているのかそれは謎だ。


 紳士が悪びれず、膝をついて守り人に握手を求めた。

「完敗です。まだまだ私は秘宝に近づく資格がないようです。ありがとうございました」

 守り人も微笑んで、その手を優しく両手で握り返した。

「いや、5年前とは比べものにならない鋭さじゃった。危ないところでしたぞ」

 …こいつら5年も何やってんだ。



 そこへ三人の若者がヒラリと現れた。全員ピンク色のスタジャンを着ている。

「待ってもらおう!ご老人。我らエロエロ三兄弟、ここで下剋上エロをさせてもらう!」

 もはや目がくらみそうな訳のわからなさだ。何だ下剋上エロって。上エロとか大トロとかそういうことか。よく見るとスタジャンの背中にはそれぞれ『生涯妄想』『童貞無用』『ちょっとだけよ』と刺繍が入っている。それぞれ馬鹿だ。守り人が三人を見てため息をつき、手をヒラヒラと振る。


「若造、お前らにはまだ無理じゃ。引っ込んでなされ」

 館長がニヤリと笑って言う。

「いいじゃないですか。三人まとめて勝負してやってください。さあ、お題は…観光地!」

 周囲がわっと沸き、なしくずしに勝負が始まったようだ。守り人がやれやれという顔をしている。エロ三兄弟が多分長男から順に叫ぶ。

「エロマンガ島!」「キンタマーニ高原!」「スケベニンゲン!」


 う~ん、という唸り声が聞こえた。「剛球だな」「いや直球というか」「若さはあるな」などという声もあちこちから聞こえてきた。

「*それぞれ実在の地名です」

 聞いてもいないのに俺に解説した館長は微笑ましいものを見る温めの視線を浴びせた後、守り人に返答を促す。守り人が口を開いた。

「…長万部」


 どよどよ…とどよめきが広がり、ご婦人たちが膝から崩れ落ちた。エロエロ三兄弟もグラリと体を揺らし、そこに跪いた。

「勝負あり!」

 館長が宣言して、守り人も満足そうな笑みを見せる。一瞬感動しそうになって俺は慌てて頭を振る。騙されてはいけない。こいつら今、超くだらないエロ言葉の勝負してんだ。しかも変態しか解り得ないという。



「じゃあ、僕はこれで…」

 俺がそこから去ろうとすると、守り人がしつこく引き留める。なんだ、なぜこの老人は俺をこんなに気に入ったんだ。許してほしい。

「待ちなさい。ワシには見える。アンタの眼に燃え盛るエロの炎が」

 俺は思わず息を飲み込み、それから悲鳴をあげる。


「人聞きの悪いことを言わないでください。この流れの中で、完全に僕はアウェイです。フツーです」

 (たち)が悪いことにギャラリーは一向に散らない。一刻も早くこの場を去りたい俺だったが、雰囲気がここから俺を立ち去らせない。焦る俺に館長が宣告する。


「では、本日の特別試合、守り人対守り人が認めた天才の対決です!」

 周囲が沸き返るが、俺は真っ青である。どういういきさつでこんな話に…。だいたい守り人が認めた天才ってなんだよ。俺はこんな勝負まだやったことないぞ。エロの炎が燃え盛っているってどういうことだ。誰か知り合いに聞かれでもしたらどうすんだ。ホントに訴えるぞ…などと考えていたら、館長がお題を告げる。


「お題!寿司ネタ!」

 ギャラリーがざわつく。

「これは難しいぞ」「ちょっとひねったお題だな」「いや、通好みだ」

 『寿司ネタ』は『ひねった通好みの難しいお題』だそうだ。…何を言えばいいんだ。もういいから一言何か言って勘弁してもらおう。そして宿に戻って温泉につかって眠ろう。明日は日常に戻るのだ。これはある意味の悪夢だ。顔色の悪い俺をジッと見つめながら守り人エロじじいが渋い声で言う。


「…のどぐろ」

 感嘆の声がさざめきのように広がる。

「さすがだ」「ここで『のど』でそして『ぐろ』とは」「名人の名人たる所以だな」

 もちろん何を言ってるかわからない。俺は俺で何を言えばいいのか、一応考える。そんなに寿司ネタも思いつかない。どうせわからないんだから適当な答えでいいのだろうが、焦ると出てこないものだ。慰安旅行の昼ご飯にバスの中で出たお弁当を思い出した。助六寿司というやつだ。えーとえーと。


「…いなり寿司」

 ゴオッと周囲の空気が一気に熱くなるような感触があった。倒れずに残っていたご婦人、ようやく気が付いたご婦人、すべての女性がフラリとして一斉に卒倒する。それどころか男性たちまで青くなったり赤くなったりして呻いている。見れば館長は壁にもたれかかって必死に耐えているし、守り人は片膝をついて目を閉じている。ようやく館長が声を絞り出した。


「素晴らしい。こんなエロさは今世紀始まって以来。まさに超絶技巧!エロの殿堂入り!エロエロエロですぞ!」

 守り人も途切れ途切れに言う。

「我がエロ人生に一片の悔いなし」

 お前、少しは悔いろよ。呆然とする俺を置き去りに二人が感動し、周囲からは大きな拍手が起こる。


「あの、帰っていいですか」

 守り人がヨロヨロと引き留める。

「このワシの後をついではくださらんのか」

「もちろんいやです」

 食い気味に俺が返事をすると、館長も俺に声をかける。

「ではせめてこのご神体をお持ちください。あなたのものです」


 彼は門の奥から重そうに台車に乗せて何かを持ってくる。俺はすでに嫌な予感とある種の確信をしていた。

「やっぱり!」

 館長が台車に乗せて持ってきたのは巨大な木製のナニであった。ナニがナニかは言いたくない。俺は全速力で逃げた。全速力で入口まで走り、全速力で道路にまろび出て、全速力で宿まで帰った。部屋に戻って同僚から怪訝な顔をされ、布団に潜ったがしばらくは手が震えていた。



 慰安旅行から2か月たって俺のメンタルもようやく回復しかかった頃、休日アパートで過ごす俺のもとに大きな荷物が届いた。俺は顔を青くする。あの『A秘宝館』からだ。荷物の形状はあまりにアレだ。アレがどんなアレかは言いたくない。


 

どうです。くだらなかったでしょう。この話は特定のモデルはありません。本当です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい。訳の分からないところが、とてもいい。 [気になる点] ご神体ってアレですか。
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