冒険録59 隠れヒロインはお休み中らしいぞ!
そうして俺と夕、ついでにルナとの混浴タイムが始まってしまった。俺たちは一mほど離れた別々の樽に入っており、加えて霧で互いの姿も見えないとは言え、二人とも裸であるという事実にはやはり緊張してしまう。なので風呂場には、ルナがパシャパシャと水を掻く音や、水滴が石床にポツリポツリと落ちる水音が響くのみで、俺と夕は黙して湯に浸かっていた。
それは決して気まずい沈黙ではないのだが……黙っているとどうにもフワフワと落ち着かないので、何か真面目な話でもして気を紛らわせたい……ああそうだ、ゆづのことを聞いておくか。
「夕」
「ひゃぃっ! ――なぁにパパ?」
この驚きようからすると、夕の方も随分と緊張しているらしい。普段は年上のお姉さんらしく俺をグイグイ攻めて手玉に取ってくるのだが、いざこういう雰囲気になるとテンパってしまう初心な子だったりする――まぁ俺も言えた口じゃないが。
「あー、気になってたんだけどさ……ゆづって今どうしてるんだ?」
ゆづとは現代を生きる天野夕星のことであり、未来人の夕はゆづの身体を一時的に借りる形で過ごしている。それでゆづは、夕が表に出ている時は寝ているらしいのだが、それが異世界でも同じ状態とは限らない。
「えーと、いつも通りと言えば、いつも通り? ちゃんと中で寝てる――ってのも変な話だけど、大丈夫よ」
「ん、そうか。夕が触れないから問題はないんだろうとは思ってたけど、それを聞いて安心した」
「うふふ、ありがとね。やっぱりパパは優しいなぁ~」
夕にとってのゆづは、自身の過去――つまり広義では同じ存在なので、こうして俺がゆづを気にかけると、いつも自分のこととして喜んでくれる。
「……となると、そろそろ交代時間のような?」
俺と夕が目覚めてから、すでに十時間程度経過している。確か夕の話では、日常生活を送るゆづの記憶が抜けないように、長くとも半日程度で身体を返さないといけなかったはずだ。
「んー、日本ならそろそろだけど、ここでは交代しない方がいいと思うわ」
「それは………………ああ、そうだよな」
「うん、パパもそう思うよね」
仮にここで交代したならば、ゆづは突然異世界に放り出されることになる。しかも、俺がゆづに認識されてしまうと、同一脳内の最重要記憶の齟齬によって夕たちの命に係わるため、俺が直接ゆづを助けることもできないのだ。それで中身も十歳児なゆづが異世界に独りきりとなれば、どれほど危険な状況に陥るか想像もつかない。
「ゆづにはほんとゴメンだけど……日本に帰るまでは寝ててもらうしかないわねぇ」
「仕方ないよな…………でも、勝手に起きたりは?」
「んー、あたしが交代しようと思わない限り、それは多分ない……と思う」
夕の意識の方が上層にあり、ゆづは夕の存在を認識できないそうなので、そもそもゆづ側に交代するという意思が生まれ得ないということだろう。
「でも、どこまで交代せずにいけるかなんて試したことないし、身体の防衛反応やら何やらで勝手にってこともあるかもしれないわ。同じ天野夕星とは言っても、あたしはこの身体の持ち主じゃないから、異物だぞぉって判定されて追い出されたりなんて?」
夕は霧の中からお湯をピッピッと樽の外へ弾いて、ハァ~と溜息を吐く。
「でも、もしそんな気配を感じたら、すぐパパに言うからね?」
「おう。そんときは……魔法でも何でも使って緊急対応する」
「あそっかぁ! ここなら魔法って裏技があるもんね?」
日本で突然ゆづに変わられたら、俺が全力で逃げるくらいしか手がないが、ここでなら色々と対処の方法がありそうなものだ。うむ、万一が起きてからでは遅いので、今のうちに少し考えておこう。
「魔法で無力化と言えば……よくあるのが眠らせる魔法……?」
「んや、難しいんじゃない? ゆづも願いの力での感情操作の対象になれるとは思うけど、本人の抵抗があると効果がないってカレンさんが言ってたし?」
「ああそっか」
「んとまぁ、多少手荒なことしてもいいから、あたしに交代するまで頑張って!」
「う、むぅ……」
ゆづも夕には違いないので、絶対に乱暴なことはしたくないが……二人の命がかかっているとなれば、心を鬼にする必要がありそうだ。
「善処する!」
「ふふ、頼りにしてるわね♪」
霧の中の夕は、安心した声でそう告げる。俺はその期待に応えるべく、色々な意味でもっと強くならねばと思うのであった。
◇◇◇
俺と夕が真面目な話をしている中、幼いルナはどうしていたかと言うと……
「つぎはぱぱのぼりなのー! ――んしょっ、んしょっ」
二つの樽を定期的に移動して、俺や夕の頭をよじ登ったり周りを泳いだりと、一人遊び(?)を満喫している。――お嬢さん、パパとママはアスレチックじゃないんですが?
「うふふ。まるで家族風呂だね?」
「ははは……そう、かもな」
父・母・娘ないしは父・娘・娘、変則型で弟・姉・娘もありと、一応は家族の形を取っており……それもあながち形式上だけの関係とも言えないのだ。
そもそも夕が俺をパパと呼ぶのは、俺から失われた家族の温もりを届けたかったためでもあり、またそれは未来の俺から義理の娘として愛され育てられた恩返しでもあるのだ。一方で俺も、こうして俺の心を救ってくれた夕を、血の繋がった家族と同じくらい大切に想っている。ルナは正直まだ良く分からないところもあるが、これだけ真っ直ぐ純粋に慕われてしまうと、当然ながら可愛く思えてくるというものだ。それと、ルナの顔を間近で見て気付いたのだが……ぱっちり目やニコッと笑った時の口元などが夕にとても良く似ており、それは人間サイズならば姉妹と言われても納得してしまうほどなのだ。
そういった色々と複雑な要素も相まって、ただの仮初め家族とは言えない程度には、互いに親愛の情が芽生えていると感じている。――んまぁ、恋愛の情については……ノーコメントで!
そうしてドキドキな混浴の最中ではあるが、同時に温かく穏やかな気持ちになっていたところで……
「おーい、大地いるかー?」
風呂場の外から声がかけられた。
「……ん、ヤスかー?」
「おうよー。いま一人だよな? 仕事終わったし、一緒に入ろうぜ!」
「待てっ!!!」
「え、なんで?」
「それは……」
ええい、夕と一緒に入ってるからなんて言えるか!
「なんででもだ! 今日のところは遠慮しておく! また今度な!?」
「えー? そんな冷たいこと言うなよ~、僕らの仲だろぉ~?」
俺の断固拒否の構えも通じず、ヤスは衝立の奥から腰にタオルを巻いた状態で現れる。夕はそれを察知していたのか、すでに霧の中で後ろを向いているようだ。
「くっ、どうしたら……」
夕は霧で隠れているし、即座に見つかりはしないが……近付かれれば確実にバレる……こうなったら、ヤスを魔法か物理かで昏倒させるしかっ! 悪く思うなよ!?
【314/314 (+10)】
せっかく良い雰囲気になっていたのに、ヤスめ、余計なことをしやがって!




