冒険録01 野生の妖精さんが飛び出してきた!
眠りから覚めるにつれ、横顔に触れる枕からの温かく柔らかな感触を知覚していく。
その枕は、トクントクンと穏やかに鼓動しており、俺に確かな安らぎを与えてくる。
――て
ああ、なんて心地よい。
ここは天国だろうか。
このまま二度寝を決め込みたくなるものだ。
うん、寝よう。むにゃ。
――きて
誰かの囁き声が聞こえる気がするが、もはや何者であっても俺――宇宙大地の眠りを妨げることなどは……
「パパ! 起きてってば!」
「うおぅ!?」
――できてしまった。
耳元に届けられた大声に驚き、うつ伏せから跳ね起きて膝立ちになれば、目の前には俺を「パパ」と呼ぶ幼女の姿。その人形のように整った顔立ちの愛らしい女の子――天野夕星は、仰向けの状態からクリクリの眼をこちらに向けていた。
「夕か……おはよ?」
「んもぉ~、やぁっと起きた。おなか、ちょっと苦しかったんだからね?」
夕は俺の挨拶を聞くなり、自身の腹部を私学制服の上からさすりつつ、その小さい唇をツンと尖らせて文句を言ってくる。
「おな、か?」
……ああなるほど、俺は夕のお腹を枕にしてスヤスヤと眠っていた訳かぁ。そりゃ最高の寝心地だわな――じゃねぇよ!
「――っごめん!!!」
「はぁ~、ようやく頭も起きたみたいね?」
「そりゃもうバッチリパッチリで」
この夕は毎日のように家に押しかけてくる困った子なのだが、まさか寝床にまで潜り込んでくるとは……これまた随分と刺激の強い目覚ましだ。
「んふっ♪ パパの寝顔を間近で見られたからいーけどね? ……でもぉ、こんな場所でもグースカ眠りこけるなんて……そぉんなにお腹の寝心地が良かったのかしらぁ~? にしし」
「くっ」
夕はニマニマさせた口元に小さな拳を添えると、まん丸の瞳を細めて嬉しそうにからかってきた。まさにその通りだったので、反論の余地もない次第。
「――ん? こんな場所?」
そこで俺は、寝室に対しては少々妙な言い回しが気にかかり、顔を上げて周りを見渡してみると……
「ちょ、えええ!?」
森。
新緑の匂いが香り立つ、まさしく森だった。
「…………ナゼ? モリ?」
「さぁ?」
混乱する俺から溢れた問いかけに、隣の夕は小首をコテンと傾げて応える。
「あたしもビックリして、すぐにパパを起こしたとこよ――んしょっと」
夕は上体を起こして長座になり、「んきゅぅ~」と呑気な声を出して背と足をピンと伸ばす。
そこで足元に視線を向ければ、俺達は直径二mほどの巨大な切り株の上に居ると分かった。確かにこのような場所で寝ていれば身体も凝るというもので、俺も関節が若干痛い。
続いて夕は切り株の上で立ち上がると、茶の肩掛けスカート、白ブラウス、白タイツを丁寧に払っていき、最後に首元の茶のリボンを整えて白の丸帽子をかぶった。その動きに合わせて揺れる美しい蒼黒の長髪に目を奪われていると、木屑が付いていることに気付いたので、取ってあげれば微笑みが返る。面映ゆい。
「さて…………はぁ」
俺も立ち上がり、どうか見間違えであって欲しいと願いつつ、再度ぐるりと辺りを見回す。だが……日が差している切り株から半径十mほどより先は、鬱蒼とした森が広がっており奥はほぼ見えない。是非も見えないね。
「――えーと、そもそも寝る前は……家のベッド……だっけ? 夕は覚えてる?」
「んにゃ、あたしも全然覚えてないのよねぇ」
「となると……もしかして、誘拐?」
「えー、まっさかぁ………………んー、でもそれくらいしかない? 二人して無意識のうちに知らない森に来て寝てるとか、ヤバ過ぎだもん」
「だなぁ」
ただ、仮に誘拐などの犯罪に巻き込まれたとしても、犯行の目的が全く分からない。別に俺たちはお金持ちでもないし、人様に恨まれるようなこともしていない……はず。
「――ああっ!」
そこで夕が突然大きな声を上げ、慌ててスカートのポケットに手を入れて抜き出すと……その手には鎖の付いた金の懐中時計が握られていた。次いで表蓋が開けられると、カチリカチリとかすかに時を刻む音が聞こえてくる。その細緻で美麗なデザインの文字盤に目を落とすと、青色の時針と金色の分針が十二時四分を示していた。
「ふぅ~、よかったぁ…………時計は無事みたい」
「んむ」
もしこれが金品目的の何かであれば、絶対に盗られているだろう高価な代物だ。しかもこれは夕の思い出の品であり、俺、夕に次いで大切なものらしいので、安堵するのも分かるというもの。
「万一盗まれたり壊れたりでもしたら、あたし発狂しちゃ――うわわぁぁ!」
そこで突然時計が震えだし、夕の手元で軽くお手玉状態になるが、夕は危うくキャッチして胸元に引き寄せる。一瞬でフラグを回収するところだった……多少の発狂はご愛嬌で。
「あっぶなぁ! でもなんで震えたんだろ? バイブ機能なんて付いてないはずだけど……」
夕は時計を掲げて矯めつ眇めつ眺め、小首を傾げる。
さらに夕は時計を掌の上で返し、裏蓋が開けられたところで……
「「んええええ!?」」
二人の叫び声が重なる。
なんとその中には……妖精がいた。――いや、当然妖精なるものを見たことはないが、そうとしか表現しようがない姿をした、小さな人型のナニカが眠っていたのだ。
「「――!」」
二人でソレを指差しながら、互いに見つめ合って口をパクパクさせる。
「――あ、あれだ……に、人形かもよ?」
「あ、ああ、そ、そうね。うん!」
そうは言ってみたものの、しなやかな四肢や瑞々しく鮮やかな唇などからは、確かな生命の息吹が感じられ、どう見ても人形とは思えないのだが……無理やり納得しようとする。
「ふわ~~~よくねたの――」
パシン!
その妖精(?)がモゾモゾと伸びをしながら言葉を発した瞬間、夕は虫を捉えるかのように裏蓋を勢い良く閉じ、ズイと両手を伸ばして身体から遠ざける。
「……ネェ パパ」
「オウ」
「コレハ ユメカナ?」
「ダナ」
「ウン」
「ウン」
引き攣る顔で頷き合い、頬でも抓ろうかと互いに手を伸ばしたところで、
「なにするのー!」
「「!?」」
夢の妖精さんが蓋を持ち上げながら怒りを叫ぶ。さらには美しいオーロラ色の羽を広げると、ヒュンと風切り音を立てて、面食らう夕の方へと飛び込んで行った。
「いきなりとじこめるなんて、ひどいのー!!」
「ふぎゅっ」
鼻先にフライングショルダータックルを受け、夕はくぐもった声を上げる。
「いだぁいぃ……」
「……じゃぁ残念ながら現実のようだな」
若干涙目になる夕を見て、図らずとも確認された現を嘆く。
「はぁ~、不思議な蝶が現実をお知らせしてくれるなんて、随分と気の利いた胡蝶の夢ね。壮子もビックリなんだよぉ……」
胡蝶の夢……蝶になる夢を見た壮子が、本当の自分は蝶であり、今の自分は蝶が見ている夢なのかもしれない……と考える話だったか。――ははっ、さすがは夕、いつもながら上手いこと言うもんだ。
だがその幼女らしからぬ知的な皮肉は、妖精さん当人に全く伝わらなかったようで……
「むつかしーこといって、ごまかしゅなぁー! なのー!!!」
「ふぐぅっ」
理不尽なフライングヘッドバットが顎に炸裂し、再度悶絶する羽目になるのであった。
【???の力:2/4 (+4)】
こんにちは、作者の餅餅餅と@かのんでございます。
この度は第1話をお読みいただきまして、誠にありがとうございます。
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