お弁当を作ろう!
9日目、朝4時。
……早く寝たおかげで、起きるのも早くなってしまったようだ。早いけど、部屋にある植物たちに水をあげよう。
確か、昨日の季水くんの話だと、自分は上の方のランクだから緊急討伐依頼が入ると出なくちゃいけないらしい。そう言う決まりなら、まあ今日の午前中勉強ができないのは見逃してあげようと思う。
まあ、討伐終わったら遅れた分をちゃんと取り戻すって約束させたしね。
そう言えば、僕、料理できたんだったな。血筋でダークマターになっちゃうかもって思ったけど、記憶を辿ってみたらちゃんと料理できてたし。
お弁当持ってくの? って聞いたら、お弁当ってなんだ? って言われてしまったし、お弁当って言う文化がないのかもしれない。海外でもお弁当文化がないところがあるって聞いたことがあるからね。
ご飯は干し肉とかを持っていくらしい。
季水くんはアイテムボックスを持ってるし、お弁当持たせても邪魔にならないよね。
幸い、僕の部屋には簡易キッチンがある。
サンドウィッチでも作ってあげよう! そう思いたって、キッチンへと向かうことにした。
「おはよう!」
僕が料理長に、挨拶すれば歯を見せて笑顔を返してくれた。
「おはようございます、零坊っちゃま。早く目が覚めてしまいましたか。軽食でも召し上がりますか?」
その気遣いは嬉しいけど、今日は違うんだ。
「ううん、食材をもらおうと思ったんだ。季水くんが緊急討伐依頼が入ったでしょ? お弁当を作ってあげようと思って!」
「……食材についてはいいんですがすみません、おべんとう? ってなんですか?」
不思議そうに首を傾げていた。やっぱり、この世界にはお弁当って文化がないんだね。
「なんの本で見たか忘れちゃったけど、どっかの国の文化で、お仕事とか学校に行ってる人とか遠出する人とかにお昼ご飯を、入れ物に入れて持たせる文化らしくて。季水くんのお昼が干し肉だって聞いたから、お弁当を作ってあげたいなって思ったんだ」
そう言うと、何がツボにハマったのかわからないけど、ガハハって豪快に笑って僕の背中を叩いた。
……痛い。
「そりゃぁ、いいですね! 朝食まで時間がありますし、料理長もお手伝いいたしましょう! 何をお作りになりますか!」
そう言ってくれた。凄くいいひとなんだけど、テンションが上がると背中を叩いてくるのが悪い癖なんだよなぁ、せめて手加減してほしい……。
「サンドウィッチと卵焼きを作るから、パンと卵とトマトとレタス、ネーズの実とマーガリンかなぁ?」
そう言うと、料理長はポカンとした顔をしていた。……ん? またこの世界にないものを、話してしまったのかな?
「さんどうぃっち? たまごやき? ってなんですか? 申し訳ございません、勉強不足です」
あー、二つともなかったかぁ。お弁当の定番メニューだもんね。この世界で存在していなくてもしょうがないよね。
「本によると、サンドウィッチと卵焼きはお弁当の定番メニューらしいんだ。僕もどの本で見つけたのか、覚えてないくらいだもん、気にしなくて大丈夫だよ」
よし! 手を洗ってと。……そういえば、キッチンに手を洗うための石鹸がないな……。もしかして、石鹸で手を洗う文化がないのかな?
手洗いうがいは感染予防になるし、ぜひとも広めたいね。
「ネーズの実と冷水、トロトロの実ちょうだい。マヨネーズ作るから」
マヨネーズ?? って不思議がってるけど、何時出発かわからないから、一旦スルーで。
ネーズの実って聞いて、記憶がない時から研究してだんだよね。で、冷水に溶けるって文献をみつけてから、完成した前世のマヨネーズに似た調味料なんだよ。
冷水100mlに対して、一個ずつ入れ、10分かき混ぜれば完成。
「料理長〜、混ぜてる間に茹で卵作って。あと、トマトとハムを薄くスライスして欲しいの」
「お任せを」
料理長は胸を拳で、当てる。……うん、頼もしいね。
頼もしいのは雰囲気だけではなく、頼まれたことを全てものの数分でこなしてしまう。……さすが料理長!
僕がマヨネーズを作っている間に、ほぼ全ての下準備をこなしてしまった。……これは僕が料理していると言えるのかな?
マヨネーズができて、それから少し経ったらゆで卵ができた。それをフォークでつぶし、コショウを軽くかけて、たまごサラダを作った。
マーガリンが塗られた上にハム、トマト、たまごサラダの順にのせてパンで挟む。それをこなしている間、お弁当箱の代わりになりそうな加工された木箱に料理長が丁寧に盛り付けをしてくれた。
卵焼きはいいかなとも思ったけど、料理長が期待の眼差しでみるから、作ったけど、オムレツになっちゃった。
「……オムレツですか?」
「本当は長方形のフライパンで作って、長方形のオムレツみたいのを一口ぐらいのサイズで切ってお弁当に詰めるんだけど……」
思わず言い訳みたいなことを言ってしまえば、「四角いフライパン……」と思案顔をし始める料理長。
しまった! この世界に卵焼き用のフライパンないのは当たり前なのに、つい前世の感覚で言ってしまったよ。
最終的には、「料理長がなんとかいたしましょう」とか言い始めちゃって、止めることができなかった。
「昨日のうちに話し合いがあるため、外出されているようです。ギルドマスターに問い合わせたところ、出発は7時半のことです。現在6時半のため、間に合います。すぐに向かいましょう」
琉陽がそう言ってくれた。……外出してたんだ、知らなかった。多分、昨日は鍛錬で疲れて寝てたから知らされなかったんだろうな。
「そうだね。せっかく作ったんだから、急ごう」
僕はゆうと琉陽と言う、過剰戦力とも言える護衛を連れて、ギルドへと向かったのだった。
馬車に揺られて30分。
なんとか、季水くんにお弁当が届けられそうで安心したと考えているうちに、ギルドの入り口で話し合っている姿を見つけた。
……難しい顔をしてる。話しかけたら、邪魔になってしまうだろうか。
変なところで遠慮してると、
「避けなさい。零様が、季水様にご用事があるのです」
普段は穏やかなゆうが強気に、話し合いをしている冒険者に言い放った。やめてよ、とゆうの袖を引っ張れば、「やりましたよ、褒めてください」と嬉しそうな顔をする。
……割り込みはいけません! あとで、指導です!
「おぉ、どうした? 零。見送りに来てくれたのか? 零に見送りしてもらえるなんて、嬉しくて張り切っちゃうなぁ」
ご機嫌そうに近づいてくる。
見送りに来ただけでご機嫌なんだから、お昼渡したらどうなっちゃうんだろうね。
「お弁当……いや、お昼作ってきたあげたよ。それを渡しに来たの。討伐の仕事、頑張ってね。…勉強はサボらせないけど」
そう言って、お弁当を差し出せば言葉にならないのか唇を震わせた後、僕のことを抱きしめた。……そんなにお弁当が嬉しかったのかな、それは良かった。
「頑張る!!」
その一言に、作ってくれてありがとうって気持ちが込められているように感じて、僕はすごくすごく嬉しかった。
「僕、ついでに回復ポーションと薬草の納品に行ってくるから、そろそろ離して」
なんか、人前で抱きしめられていることが照れくさくて、そっけなく身体を押し返して、腕の中から解放してもらった。
「行ってらっしゃい」と一言伝えた後、僕は宣言通り納品するためにギルド内に入る。
ふと目に入ったのは、溢れかえったゴミ箱だった。あまりに溢れかえっているから、ゆうの制する声を振り切って、ゴミ箱を開けた。
目に入ったのは、まだ繕って洗濯をすれば綺麗になりそうな衣服。……とてももったいないと思った。
……ゴミ箱に入れてるんだもん、もういらないんだよね?
僕は、ゆうから自分のアイテムボックスを回収してこのもったいない衣類たちをどうにかしようと思い立ったのだった。