この世界の不思議
4日目。
午前中いっぱい季水くんと授業を受けていた。終わる頃には、冒険者で体力があるはずの彼は疲れ切っていた。
見てた感じ、季水くんは頭が良いし、要領もいい。それなのに疲れてるのは、動いている方が性に合ってるからなんだろうな。
この調子で、継いだら大丈夫なのかな?
「季水くん、僕はこれから調べ物をしに書斎に行くから先に戻るね」
一応声をかければ、頭を伏せたまま手をひらひらと左右に動かした。うん、一応意識があったようで安心した。
さて、僕は書斎に行くとするかな!
昨日、季水くんの襲来があった時、僕に向かってドアが飛んできたのをお父様が結界で守ってくれた。
一日中、調合しているわけでも、栽培しているわけにも行かず、外にも遊びに行けないから色々な本を読んでいた。
だから、僕にはわかる。
結界は血縁スキルにも、先天性スキルにも、後天性スキルにもないスキルだ。と言うことは、この世界には本に記されていないだけで、もう一つ分類があるのではないかと思ったんだ。
それが知りたくて今から書斎に調べに行く。
調べるのも手間がかからないはずと踏んでいる。3つの分類に当てはまらないとわかっているのだから、調べるキーワードは絞り込めているはずだ。
防御系スキル、結界、神話系の本を重点的に探せばヒントが見つかる。……きっと。
※※※※
結果から言えば防御系スキル、結界、神話系の全ての本を調べてみたけど、結界のけの字も見つからなかった。
収穫があったとしたら、途中で後天性スキルの速読を覚えたことで、芋づる式に鑑定《魔物》と鑑定《植物》を手に入れられたこと。
そして、読むスピードが上がったことで、1日で目ぼしい本を全て調べることができたくらい。
ここまで見つからないとは思わなかった。答えは出ないにしても、ヒントくらいは見つかると思っていたのに。
結界を、先天性か血縁スキルの一覧で見落としたのかも。……それにしても、なんかおかしい。神々からの気まぐれの恩恵スキルとかではないとは思うんだけど。
やっぱり、自力で探すのではなく、お父様に聞いてみるしかないのか……。出来るだけ、自分で探したかったのだけれど。
うんうんと唸りながら悩んでいると、
「やっぱり、結界のことを調べると思っていたよ。しかも、ここまで的確に調べているとは思っていなかったけど、一歩考えが足りてなかったみたいだけど」
にっこりと微笑んで言うお父様がいた。……気配がなくて気づけなかったことに驚いて、上手く言葉が出てこない。
「自力で調べないで結界のことを聞いてきていたら、後継者は作らず、このスキルは私の代で終わらせるつもりだった。
季水が特殊な例なんだよ。私もお前と同じく、攻撃系スキルはあまりなく、後天性スキルで補うしかなかった。そう言う人間が有栖家に多いんだ」
いつのまにか、知恵を振り絞って出したキーワードに当てはまる本の1冊を読みながら、そう話すお父様から目を離すことが出来なかった。
「本当に惜しかったな。ここまで調べをつけたのは天晴れだよ、私は神話系の本を読むまでたどり着けなかった。
それを読んだ上で、有栖家に伝わる歴史書を読みあわせて読めば答えは自ずと出ていただろうに。
まあ、そう簡単には見つかんないようにされているから、零は伝承を受ける資格が十二分にあると私は判断した。
だから、結界および伝承性スキルの継承者を次男であるお前とする」
そう言ったと同時に、お父様はパタンと音を立てて本を閉じた。
伝承性スキル……? しかし、そんな存在があることは説明されていない。3つのスキルの種類でこの世界は成り立っているはずなのに。
「……スキルは3つの分類しかないんじゃないかって不思議そうだね?伝承性スキルはこの世界の歴史から消されたスキルのことだよ」
……なんでわかったの?? 僕、そんなに顔に思ってることが出やすいかな。
そう考えていると、そんな僕を穏やかで優しい笑みで見つめながら、こう言う。
「今は確かに表上ではスキルは3つの分類しかない。そうなったのは何百年も前、この世界のバランスが崩れそうになった時、2人の勇者が現れたことがきっかけだった」
勇者? そんな事実歴史書には……。そう考えさせる暇もなく、お父様は言う。
「1人の勇者はこの世界を救い、もう1人の勇者は伝承性スキルの存在を殺した。その理由は昔過ぎて資料は残っていない、それを知るには隠した勇者の子孫または伝承性スキルの継承者、それか世界を救った方の勇者の子孫または伝承性スキルの継承者を探すしかないのかもしれない。
2人の勇者は世界を救い、伝承性スキルの存在を殺した後、姿を消したことから、伝承性スキルの存在を継承者が隠すのは暗黙の了解となった。
それ以降、伝承性スキルを見つけ出すのは書籍では不可能となった。だから、何種類かの本を読み比べてそして歴史書を同時に見れる芸当が出来なければ、伝承性スキルを見つけ出せないんだ」
……この世界にもバランスが崩れた時期がある? 歴史書を読み漁ったけどその事実はなかった。
勇者がいたことも、ましては2人もいるなんて歴史書には書かれていたかった。……この世界は何かを隠している?
それを知ってしまったらいけないような気がするのはなんでだろう? 正解を知ったはずなのにモヤモヤする。
「本当なら、正式の伝承性スキルの継承者である私の兄のところに零が向かうのが決まりなんだけど、あまりにも幼すぎるから兄に来てもらうように連絡しておくよ。……伝承性スキルについての話は終わり、今日はゆっくり休みなさいね」
そう言って、お父様は書斎から去っていった。
伝承性スキルについて詳しく知ったら、この先のんびり暮らせず、何かに巻き込まれるような気がする。
前世、復讐に巻き込まれた身としては、今世はのんびり暮らしたい。
これ以上、調べるのはやめることにした。
※※※※
「季水」
書斎を後にした玲亜は、季水の元に来ていた。
「玲亜、どうしたの? え、授業増やすとか言いに来たわけじゃないよな……? これ以上増やされたら、脱走したくなるんだけど」
遠い目をする季水の頭に置くように、頭を撫でて微笑む。
「このペースで学んでれば、お前なら十分に学園に入る前に間に合うよ。話に来たのは、零のことだ」
「零がどうしたんだ?」
「零に、強い攻撃性がある先天性スキルや血縁スキルがない。
このままでは、私達の手に届かないところに行った時、狙われてしまう。そうならないためにも、ある程度身を守れるようにしたい。誰か、零を指南するのに適した冒険者を知らないか?」
その言葉に、不思議そうな顔をする。
「俺が月夜の血を強く引いてるから、有栖では例外の攻撃に特化した能力なだけて、有栖では零が普通だよな? それなのになんでそこまで過保護になるんだ?」
そう、有栖家は代々攻撃スキルをあまり持たない家系なのだ。だから、攻撃スキルに特化している季水が珍しい存在と言える。
攻撃スキルを持たない家系であるため代々、有栖家に継がれた戦い方を当主から学ぶのが一般的なのだ。
「……零は歴代でも一番と言えるくらい、植物を育てることやテイマーの能力に特化したステータスなんだ。だから、攻撃は後天性スキルで賄うしかない。
テイムで攻撃を賄うのは、よほど運が良くないと狙って出来ることじゃない。それに、ここまで攻撃スキルに特化してないところを見ると似たような従魔を寄せ付けるような気がする。だから、後天性スキルで攻撃を賄うしかないと思っている」
その言葉に「それはまずいな……」と呟き、考える素振りを見せる。それは、真剣そのものだった。そんな表情をした後、
「1人、適任を知ってるかもしれない。依頼として頼んできてもいい?」
思い当たる人が見つかったようで、そう季水は聞いた。玲亜はそれを頷くことで了承し、部屋から出る息子の背中を見送ったのだった。