札術の活用法
「あの調子じゃ、今日の鍛錬はなさそうだな」
喉を鳴らして笑うお父様。
「なら、今日は札術の活用法を見直したいと思います」
試す価値がある方法を思いついたのだ。
ノートにまとめたい。
「きゃーー! 何やってるのよ!!」
と庭で悲鳴をあげる青龍様の声がした。
慌てて、駆けつけると、季水くんに頼んで耕してもらった土をむしゃむしゃ貪るノアールがいた。……まあ、いいんだけどね。そこは、試しに聖水で清めて乾燥させて、もう一回耕してもらった土なんだよ。
「零の魔力おいしいのだ、力が回復するのだー。他にも美味い魔力を感じるのだ?」
植えられたところを手につけなかった偉いと思うべきか、自分の魔力をおいしい判定されたことに対して複雑に思うかどうしたらいいものやらわからない。
「はぁ、玄武以来初めて土を食べて回復しているのをみた」
げんなりしている聖獣様。そりゃそうだ。目の前で食べ物じゃないものを食べて、おいしいーなんて言われてみろ。悲鳴をあげるのもわからなくもない。
「畑の土は食べないでね」
「そっちの方がご馳走なのに……、残念なのだ」
本当に残念そうにするから、少し罪悪感がわく。でも、この畑は僕も三つ子達も材料として使う畑なのだ、仕方がないだろう。
「青龍様、不可抗力なら構いませんが、なるべく有栖の屋敷に影響が出るようなところで修行するのだけはやめてくださいね」
「わかっているわ。畑の管理なんてしたことがないけど、ここまで仕上げるのは難しいことだと言うことは素人でもわかる。影響でないところで、結界を厳重に張って指導をするから安心して」
まあ、僕も素人と変わらないんですけどね。
スキルで、ここまで仕上げただけなので、本物の農家さんには頭が上がらないよ。
「ノアールのことよろしくお願いします」
「任されたわ」
土を貪るノアールを摘んで、今度こそ有栖家の土地から出て行った。
さて、聖水入りの土は咲斗あたりに鑑定してもらうことにしよう。きっと、朱基さんは鍛練の軌道修正に頭がいっぱいだろうから。
「今日から回復ポーション入りと聖水入りの水を、畑ごとにわけてまいてみるか」
ハッサク達に指示して、協力して水を撒き終えた後、僕はいつものんびり過ごしている大きな木の下で、敷物を広げる。
敷物の上にまず、札結界の《防壁》《土防壁》《水防壁》《風防壁》《四天》《三天》《円陣》を並べた後、札術の《反射》《強化》《負荷》、新しく考えた《捕縛》《暗幕》を並べる。
墨汁に、米を入れて練る。書きにくいが、《粘性》と書く。《防壁》にも使えるかもしれないが、円形の陣で《円陣》と書いて、魔力をこめる。
……うーん、発動しないなぁ。
じゃあ。
「地面に書くか」
枝を二本持ち、一本は垂直に、もう一本は斜めにまとめてもち、円を書く。ざっくり、星を書いた。イメージは陰陽師の陣みたいな感じ。
そうだな、《星陣》と名づけるか。陰陽師をイメージしたんだ、赤色で星を描いた後に《星陣》と文字を書く。……さて、どうなるかな。
生命力で試すのは、僕も周りも危なくなる。まずは、使えるか試してからにしようか。札に魔力をこめて、人差し指と中指の間に挟んで、札を落とす。
ん、結構魔力を持っていかれたな。
青白い光を放つ星の陣が完成した。
「思った以上に強力なものが出来上がったね」
青白い光に触れると、弾かれる。……術者でも中にいないと守れないのか。なら、地面に札を貼らなくても良さそうだ。……問題はだ、これをどう消せば良いもんやら。
まあ、こめた魔力が尽きればなくなるか。最悪、季水くんにクラッシャーさせれば良い。
この技は強力だけど、害がない人が入れなくなるのが難点だ。生命力を使えば、聖獣様の結界に使えると思ったんだけどなぁ、残念。
でも、この方法使えると思うんだよねぇ、生命力でも。
「広範囲になると、陣を描くのが大変になる。この方法なら今の僕でも聖獣様の結界を張ることができるはず」
僕は、育ちの手のおかげでつねに魔力を消費し続けている。それは、生命力の解放をしてからは生命力も常に消費を続けているとも言える。多分、その量はお父様よりも、季水くんよりもかなり多い量で。
だから、生命力の総量が増えるペースはかなり速いのはメリットだけど、逆に総量を超える排出になると僕の命が危ないと言うことだ。
だから、半日だけと決めないで空いている時間には、総量を増やす鍛練をしている。それに、僕はこれから生命力を排出する量は今の比じゃないくらいに増えていくだろう。だから、今のうちに総量を増やしておかないと、命が危ない。
「別の意味で人間からかけ離れてきてる気がするよ」
うちの子たちは聡明だ。このまま、生命力を鍛え続ければ、出血死とか事故死とかしない限り、一番長く生きるってことをわかってるんだ。だから、なるべく1人にしまいと必死に生命力を鍛えてくれている。それはうちの子だけではなく、季水くんやお父様もそうだ。
そうだとしても、僕の生命力の総量が増えていくスピードには追いつけない。常に多くの魔力や生命力を失っていないと、僕と同じ時間を生きることは不可能だろう。
子孫を残せれば、少しは寂しくないのかもしれないが、自分の子を見送るだなんて悲しいこと、想像したくない。それに、僕は誰かを恋愛的な意味で好きになることはできないのだから。
「ねぇ? ノアール。なんで、分身を零のそばに置こうとしたのかしら?」
む? なぜと言われると難しいのだ。
「零はこちら側の存在だからなのだ、です」
それが結論に近いのだ。
「言いたいことはわかるわ。でも、あなたの言葉で聞かせてほしいの」
青龍様が言うのであれば、考えるのだ。うむ、そうだなぁ。
「零も同じく、外に魔力や生命力を常に出しているのだ、いつかその力の残骸が集まって我々のような存在を生み出し兼ねないと思ったのだ、です。残骸が集まるくらいには長生きするんじゃないかなと思ったのだ、です」
気に入ったのもあるけど、同情も少しあったのだ。だって。
「人間や従魔が今から努力したところで、零の寿命が伸びるペースには追いつけない。なら、ボクのような存在がそばにいることで少しは孤独を感じさせないかと思ったなのです。でも、それじゃダメなのもわかっているのだ、です。零はこちら側に近いと言えど人間なのだ、近しい人間を見送り続ける孤独を埋めることはできないのだ、です。だから、零に近い存在を見つけてやるのだ、です」
ボクは人間が嫌いではないのだ。零は特に好きなのだ。孤独に苦しむ姿は見たくないのだ。
「……あなたから見てもそうなのね。あの子はやっていることが聖女なのよ。どうしても、尊敬される立場だわ。そこも私たちと似てるのよね。孤独になりやすいと言うか。
私たちが近くにいることで起こっているのもあるけれど、あの子には身を守ることはできても反撃する手段がないから、私たちがいることで抑止力になる点でやめられないのよね」
そうなのだ。近くにいることで、零は狙われはするものの、守りやすいし、抑止力にもなるのだ。
「零と似たような体質を捕まえてくるのだ、です?」
「それは良い考えだけど、零に怒られてしまうわ。あの子は怒ると怖そうだもの」
確かに、なのだ。
「どうにか、見つからないかしらね?」
あーはははっ! 任せておけ! と脳内で元気な声が聞こえたような気がするのだ。
「なんか、忘れたころに猪突猛進な男が連れてきそうなのだ、です」
そんな気がするのはなぜだろうか? なのだ。
「あーね。あの子の愛情の重さなら、やりかねないわね」
そう言って、鍛練に戻るわよと青龍様はそう言ったのだった。




