土地を回復しよう その3
『丁寧で真面目な性格だと思っていたけれど、この押しの強さを見ると有栖なのね、この子。まあいいわ、長年住処にしていたところだし、愛着もある。多少の時間待つくらいなら構わないわ』
長い時間生きている聖獣様だから、多少の時間は人間と異なると思う。人間にしては長い時間、猶予を頂けたと考えて良いだろう。
「すべての植物を刈りますが、よろしいでしょうか」
『汚染されているのだから、しょうがないわね。特にこだわりはないし、好きにして良いわ。なんなら、有栖の土地に飽きたらこっちに戻るつもりだけれど、それまでこの土地を有栖のものにしていいわよ』
寛大な言葉に、感謝しかない。
「私の寿命が尽きるまでは、私が管理しましょう」
よろしくね、と言われ、力強く頷く。
「その前に聖水スキルについて伺いたいのですが」
『ああ、そうね。人間はステータス開示が出来なかったのよね。聖水は聖水を生み出す力と付与する力があるわ。付与は、製作工程の中で聖水に浸すと、聖水の効果が弱まるけれど付与される。それくらいね』
攻撃には使えないと言うことか。
「であれば、加護と併用は可能ですか?」
『ええ、それは可能よ。聖水スキルだけでは攻撃できないけれど、攻撃に関する加護があれば攻撃手段になるわ。スキルだと水使いくらいしか併用は不可能よ。お役に立てたかしら?』
ええ、とっても。
「そろそろ、開拓始めるかー?」
季水くんが上機嫌でそう言ってきた。
「試したいことがあるから待って!」
「おー」と遠くから返事が返ってくる。
試したいこととは、加護の『恵みの天使に愛された者』だ。恐らく、スイの恵みの雨を使える加護ではないかと思う。
今までは水使いのスキルがなかったため、試しようがなかったけれど、聖水スキルと加護の併用をしてみようと思ったのだ。
空中に聖水の大量の塊があるようなイメージで。
「聖水!」
うん、上手くいったね!
祈るように、胸の前で両手を組む。
「恵みの雨!」
それを合図に、空中に浮かぶ水が雨となり、この土地に降る。
用意した聖水を使い切るまで、雨を降らせた。終わった頃には腰に力が入らないくらい、魔力を持っていかれたけれど。
地面に座り込む僕に、皆が駆け寄ってきた。
『お主なぁ……、まだ力を隠しておったか。これはあの天使の加護か』
「はい」
考えるような素振りをしたあと、白虎様は雷のような光に包まれた。……え? なぜに自爆を? と思ったが、そうではなかったらしい。
光が消えたあと、そこには見たことのない男性が立っていた。丸い白い耳、横縞の尻尾があることでかろうじてこの人が白虎様であるとはわかっていたが。
「有栖よ」
そう声をかけられると、お父様は片膝を立てて跪く。……え? これって僕も跪かないといけない流れなのかな? 挙動不審になっていれば、「お前は良い」と言われてしまった。
「今の時代、聖女は異世界から呼ばない限り現れることがないのは有栖の末っ子にとって都合の悪いことだ。下手すれば、神殿に聖人として軟禁されてもおかしくない。それはお主としても都合が悪いのではないか?」
え?
聖女って神殿に軟禁されてるの?
それが僕もされてしまうかもしれないってこと? 今の状況からすると? ひきつったような音が、喉から鳴る。
なんか、嫌だ。軟禁は嫌だ。
あ、まずい。過呼吸が起きそう……。そう考えたとき、ひやりとした感覚を背中に感じた。振り返ると穏やかに微笑む、青龍様だった。
『あなたが嫌だと思うことが起きないようにするために、白虎は有栖に伝えてくれているのよ。恩人を、神殿の餌食にしたりはしないわ』
その言葉に、胸を撫で下ろす。
それでも、一度過呼吸になり始めたら止まりそうもなく……、これは気絶コースかと思い始めたときだった。今まで静かにしていたコハクがおもむろに立ち上がり、大きくなった。そして、僕を守るように横になった。
コハクの側は、不思議と安心する。腰から力が抜けるように座り込んだときにはもう、呼吸は落ち着いていた。
「零には元々、実力のある護衛二人を常時側に居させています。なるだけ季水も側にいるようには言い聞かせていますが、それでも不十分でしょうか?」
そうなのだ。
元々過剰戦力なくらい護衛がついている。
それを聞くと、白虎様は苦笑されていた。
「随分と過保護に育てられているな、まあこやつにはそれくらいがちょうど良いだろう。強いスキルがなくても、優れた着眼点がある。周り人間が思い付かないようなことをして、影響を与えるような力が有栖の末っ子にはあるからな。……光帝に伝えて、我の守護騎士をお主らの土地へ派遣させよう」
え? 護衛が増える感じですか。この流れは。
「ありがたき幸せ」
護衛が増えることはどうやら避けられないようだ。ただでさえ過保護なのに、さらに厳重になるなんて思わなかった……。
『雨を降らすのは、水の精霊や私、それか水のスキルや加護を強く持つものしかできないものなのよ。ましてや、攻撃スキルが後天性スキルしかないなんて不安要素が多すぎるわ。良い? この力を安易に人前で使ってはいけないよ。よく考えた上で使うと約束して』
「はい、わかりました」
強く言われるくらい、稀な力なんだとこのとき自覚した。
「上手く浄化されている、これなら清潔変化と回復ポーションを使わなくても良さそうだ。……れいちゃん、開拓を進めても良いんじゃないかの?」
その言葉に頷くと、それを合図にものすごい勢いで季水くんが木の伐採を始めた。……突進するイノシシみたいだ。
寄り添うコハク以外の従魔たちは、鎌を持って草刈りを始める。
僕の仕事は種まきと苗を植えること。
それまでは、使った力を回復するのに専念するのが仕事だ。コハクに抱きつくように横になっていると、いつの間にか変化を解いていた白虎様が、目の前にいた。
「白虎様の土地も聖水で清めますか?」
白虎様は緩やかに首を振る。
『我の土地には守護騎士が来る。人の目がないわけではない、力を使うのは危険だ。あのように清めるのはやめておこう。……朱雀と玄武の場所では使って良いが、その他で恵みの雨を容易く使うのではないぞ。使うときには逃げ道を使ってから使うのだ、約束だぞ』
念を押された。
……それくらい神殿は厄介なのか。
人の悪意や欲が厄介なのは知っている、ここは素直に頷いておこう。
『そうだ、玄武の場所ではお主の力を遺憾無く発揮するのだぞ。あそこは玄武が弱っているだけでなく、他にも問題が発生しているからな。下手すれば街に魔物が発生する事態になるかもしれん。……有栖から結界を教わり、もう少し護身できるようになったならすぐに玄武の元へ向かって欲しい』
そんなにまずい状況なのか。
早く、護身できるようにならなくては。
『玄武の土地は、白虎を除く私たちの中では一番人の土地に近い場所にあるわ。なんなら、人が来る可能性がある場所でもあるの。……そう言えば有栖は水の力を持つ貴族だったわね。零に水関係のスキルはないのよね?』
「はい」
『……玄武の土地に行くときには、あのイノシシのような兄を連れて行くのよ。約束よ』
開拓することになるんだろうし、季水くんを連れて行くのは決定事項だ。まあ、断ったところでついてくるんだろうけど。だから、素直に頷けば青龍様は早足で一心不乱に伐採する季水くんの首根っこを掴んで連れてきて、額と額を合わせた。
『これでもう聞こえるでしょ。あなたに、水関係のスキル・加護を強化する加護を与えたわ。これで大事な弟を守りなさい。
あなたは有栖の血筋を持ちながら、攻撃にも長けている。それはきっと、発想力に長けていることで稀なスキルを手に入れる弟を守るためだと思うの。才能だけではなく、努力で強くなったあなたにはできるわ』
「……ありがとう! これで、聖獣に稀な力を与えれた矛先が零だけに集中しなくて済む! 俺が上手くやって零に矛先が行かないようにしてやれる」
……季水くん!!
優しい言葉に、僕は涙ぐみながら季水くんに飛びついた。そんな僕を笑って受け止めて、抱きしめてくれた。
……僕は守られてばかりだ、今も昔も。
『ほんと、有栖の人間は心が綺麗な人間ばかりだわ。今も昔も変わらない』
そう言った声は、どこか悲しそうだった。
学校が再開するので、落ち着くまでお休みさせてください。
10月二週目にモデルナ2回目を打つので、10月下旬に再開する予定です。
それまでにストックを作っておきます。ある程度ストックができれば、投稿を再開していきたいとは考えています。




