暇つぶし その1
門番は、僕らを見て驚いていた。
僕らは滅多に王都に近づかない、それは問題に巻き込まれたくないからだ。
てっきりそれに驚いていると驚いていると思ったのだ。
「従魔が大人しく乗せている……!?」
あ、そこに驚いていたんだ。
宣言通り、僕は宿から出してもらえなかった。
それに文句はない。
きっと簡単に誘拐されてしまうから。
琉陽とゆう、季水くんは僕の代わりに、冒険者ギルドに討伐した魔物を売りに行ってくれているし、ついでに回復ポーションやらも売ってくれているはずだ。お小遣いには困らない。
が、観光はできない。お金は貯まる一方だ。
それにしてもだ、早く着きすぎて数十日は宿に引きこもっていなくてはいけないのはきついなぁ。調合でもしてようか、とちらりと本を読んでいる朱基さんを見る。
「どうした?」
視線を向けただけで、察するとか凄すぎるでしょ。
「調合しててもいいですか」
いつでも調合できるように道具と材料はある。
じっと見つめれば、微笑んで頷いてくれた。
やったね。
いい宿だから汚さないように気をつけないと。汚れだけには最新の注意を払いながら、机の上に道具を広げていくのだった。
今日用意するのはレトの実と、回復ポーションの材料だ。
レトの実とはチョコレートの味がする果物だ。粉砕すると粉状になるの。
まずはレトの実を粉砕して、粉状にする。あまり量にならないので数多く粉砕する。同時に水を沸騰させておく。
沸騰させたら、粉状にしたレトの実を湯煎する。溶けて液体になることを期待して、のの字をかいて混ぜていく。
5分も混ぜると、液体になることがわかった。
常温では溶けないが、沸騰したお湯では溶けるようだ。清潔草を入れて、素手で触っても火傷しない温度まで下げる。
次に回復草をみじん切りにして、固形物が残らないようにすり鉢でもすっておく。それを躊躇わず、溶かしたレトの実の中に入れ、また火をかけてゆっくりと混ぜる。
あみで液体をすくい、固形物がなくなるのを確認して、なくなるまで1時間もかかった。常温まで温度を下げて、固めるための容器に入れた。
「いい匂いじゃの、おかしでも作ってるのかの?」
聞かれたが、「ないしょ」と人差し指を口に当ててにっこりと笑う。
次も同じ要領で、解毒ポーションバージョンのチョコレートを制作する。時間がかかるし、手間もかかるから、コスパが悪いなぁ……と思いながら作り上げたのだった。
出来上がったら、前世で言う冷蔵庫のような魔法具に入れて冷やしていく。
時間がかかるので、暇つぶしにはちょうどよく、冒険者ギルドに行っていた三人が戻ってきた。
「身分がしっかりしているから、ちゃんと零の功績で売れたぞ。ついでに依頼も達成してきた」
季水くんが上機嫌で、明細表を渡してきた。
確認すると、緑陽よりも物価が高く、高く売れていたことに驚いた。……さすが王都だ。
「王都まで、有栖製の回復ポーションは行き届かないからな、高く売れたぞ」
なるほど。
王都だから高い、と言うわけではなさそうだ。
「それにしてもいい匂いがするな、なにか作っていたのか?」
「ふふ、ひみつ」
上手くいくかわからないから秘密にしておきたいのだ。
目覚め良く、朝目が覚めた。
ふむ、昨日の例のブツの出来栄えはどうかと確認しよう。……んー、前世ほど温度が低くないからまだ冷やす必要がありそう。完璧にできてから、朱基さんに見せたいから今日は放置。
今日は同じ要領で別のものを作る。
用意するものは回復ポーション、ゼラチン、いろいろな果物だ。ゼラチンと聞いて、何を作りたいかピンとくる人もいるかな?
この世界にはミキサーはないので、こす道具で液状にしていく。色々な味を作りたいので、かなりの量をこす。
「ふんぬ」
悪戦苦闘していながら下準備をしていると、季水くんが起きてきたようだ。
「ん? 軽食でも作っているのか?」
作業中なので、言葉ではなく首を振ることでそうではないことを伝えた。
「調合中か。下準備を手伝うくらいなら兵器にはならないから、手伝ってやる! 貸してみろ!」
調合中に来たときには下準備を手伝ってくれているから、アシスタントをするくらいならダークマターにならないことは立証済みだ。手伝ってもらおうと、予備のこす道具を出して、渡す。
力のある季水くんがやれば、液状にするのは瞬殺だった。
……うん、任せよう。
すぐにできそうなので、回復ポーションをゆるやかにあっためておく。あと、なにか寂しいので果物を細かく切って混ぜることにした。
適温に温まった頃には、季水くんも作業を終えていたので、回復ポーションの中に液状にした果物を入れて混ぜた後、ゼラチンを入れて溶かす。この作業を繰り返し全て終わった後、容器に流し込んでいく。
おおよそ100mlが適量かな、と考えている。
で、昨日と同じように熱を取った後、冷蔵庫のような魔法具に入れて終わり。
「調合と言う割にお菓子のような見た目だったな」
「んふふ、あとは冷えるまでのお楽しみだよ」
とだけ伝える。
朝食を食べ終えた頃にはいい感じに仕上がっているかもしれないから、朱基さんに見てもらうのが楽しみだ。
3時間後。
「うん、上手くできてる! さすがに味見は怖いからまずは朱基さんに鑑定してもらおう」
「おー、やっと見せてくれるのかの? いい匂いがしてて楽しみじゃったんだ。さて、これは何か説明してもらおうかの?」
呼びに行こうと思っていたのに、すでに待機してらっしゃったよ。
「もちろんです。この茶色い方が回復レトと言います。今わかっている弱点を言えば溶けやすいところですね。でも、幸い溶けても液体として飲んでも効力は変わらな意図思うので大丈夫かと思います。
何れも麻痺回復、毒回復、回復、睡眠状態回復の4つの効果付きの4種類ずつ用意しました。見分け方は味です。難点としては見分けがつかないことなんですが、それは果物を細かく刻んで味を変えることでなんとかなると思います。
ポーションは液体なので何本も飲むとお腹にたまりますが、これなら解決してくれます」
鑑定を済ませた朱基さんもうんうん頷いているし、効力面について大丈夫だと思う。なんなら、安全性を確認できたからなのか、食べてるし。
そう考えていたけど朱基さんは難しそうな顔をして、
「儂は甘党じゃから美味しいと感じるが……、甘いものが苦手なものは買わないじゃろうなぁ。それに、レトの実は栽培が難しくて、入手が難しいからコストもかかる」
そうなのだ。
レトの実なんだけど、有栖家は植物に育てることに長けているから容易く使えるけど、世間一般的には入手困難な果物なんだ。前世で言うチョコレート風味の実なんだよね。
レモン風味のレモの実、ぶどう風味のグレの実、苺風味のストロの実、グレープフルーツ風味のグレフレの実と言った果物は一般的に作られているからそこまでコストはかからない。
だから、たくさんの人に買ってもらうとなるとやっぱり朱基さんが言っていることが現実的なのは理解していた。
それに回復レトは作るのに時間もかかるから、尚更コスパが悪い。
でも、今回は暇つぶしに作っていたので、コストは気にせず作っていた。別に、これを世間に広めるために作っていたわけではないので。
まあ、安全性を見てもらう以上、コスパが良いものも作った方が良いと思ったので、今日のやつを作ったわけだ。
「実はそう言われるとは思っていたので、回復ゼリーです。こっちが本命ですね。固めに作っているので持ち運びも出来ます。あれは作れるかなぁって思って挑戦しただけなので販売するつもりはありませんし、レトについてはレシピを誰かに渡すつもりもありません。そもそも、有栖家でないとレトの実をこのような使い方はできませんしね、現実的ではないことは分かって作っていました」
そもそも売ることができるか問題があるわけで。
「れいちゃんには言っていなかったな。ギルドには発見者登録と言う、技術を守るためのシステムがあるんじゃ。
簡単に言えば、このレシピの持ち主はこの人でレシピを使って販売する際には使用料を支払わなければならないと言ったシステムじゃ。回復レトは秘匿として、回復ゼリーは発見者登録をしておいた方が良さそうじゃのぅ」
そう言うシステムがあったのか、知らなかった。
「この登録をしておけば回復ゼリーなら、問題なく販売できるな。うん、甘さも控えめじゃから万人受けするじゃろう。
れいちゃんはレシピの用意を、儂は鑑定結果を文章にまとめよう。発見者登録は儂が行ってこよう、さすがに季水もやったことがないだろうからのぅ」
回復ゼリーを販売できれば、上出来な結果と言えるから満足だ。
便利なものができると争いが起こる、ましてや貴重なレトを使用するのだから奪い合いが起きてもおかしくない。この世界は前世よりも料理が発展していないからあり得なくはないなってと思う。
無駄な争いは起きない方が良い。
「朱基さん、よろしくお願いします」
レシピは忘れないうちに残しておいたから、すぐに渡す。朱基さん用に多く書いておいて、良かった。待たせるのは申し訳ないから。
「任せておきなさい」
朱基さんに任せておけば、悪いようにならないだろうとまた、暇つぶしに取り掛かろうとアイテムボックスを漁り始めるのだった。




