清潔変化
「清潔変化ですけど……?」
うわ、びっくりした。
全然気配なかったんだけど、この二人。
「それはわかっておる! なぜ、零が清潔変化を使えておる聞いているんじゃ!」
すごい剣幕なんだけど……。
「よくわからないですが、使えるようになったのは奴隷紋を使って売買していた山賊を捕まえる作戦の最中です。僕はクリーンが使えなくて、自分もこの子たちをきれいにしてあげたい! と願ったら、清潔変化を手に入れた、とアナウンスがあって……」
しまった、確か転生者以外にステータスを知らせる機能はなかったんだよな。これじゃ、僕は転生者ですと自ら言ってしまっているようなもんじゃないか。
「……そうか。れいちゃん、清潔変化は昔はちらほら取得者がおったが、現在知る限り取得しておるのは多分れいちゃんだけだと思うぞ。あまり、人前で使うのは良くない。自衛ができていない状態では、誘拐される危険が出るくらい珍しいスキルなんじゃ」
……あれ? アナウンスが流れたことに対して追及がなかった。
「れいちゃんは、清潔変化がどのようなものか今すぐに知る必要がありそうじゃの。そのままで良い、わしの話に耳を傾けておくれ」
まあいいか。清潔変化についてあまり記述された書物はなかったし、知ることができるのは有難い。
「清潔変化は、このスキルを知っていると取得することができないスキルなんじゃ。だから、このスキルのことを知っている儂は取得できない。
清潔変化はボランティア精神で、誰もやらない清掃などの清潔にする作業を自ら進んで行うと取得することができる。つまり、狙って行ってもスキルは取得できないんじゃ。だから、後天性スキル一覧からあえて消えたスキルなんじゃよ」
ん?
「僕は特に、ボランティア精神で清掃をしていませんよ。どうして、取得できたんでしょうね? 実際にクリーンをしていたのはゆうなのに」
「それには、心当たりがある。れいちゃん、地下の現状を見てこの空間をきれいにすることで誰かを助けられると思ったんじゃないのか? きれいにすることでその人を助けたいと強く願ったんじゃないかの?」
その言葉に、その時の状況を思い出す。
……確かにそう願ったかもしれないと、その言葉に頷く。
「儂の知り合いにも、現状を清潔にすることで誰かを助けられるんじゃないかと強く願ったことで清潔変化を手に入れた者が過去におった。このスキルを手に入れるためには清潔にすることで誰かを助けたいと言う純粋な気持ちが必要なんじゃと思うぞ」
なるほど。
そんなに取得に厳しい条件があるとは思わなかった。
「このスキルは、後天性スキルとは思えないくらい効力が強いスキルなんじゃ。聖女のみが使える、浄化の劣化版スキルだと言われておる。
取得はとても難しい条件だが、その代わり後天性のスキルにしては効力か強く、アンデット系の魔物に使用すれば、先天性スキルである浄化には劣るが、防御力を下げることが可能なんじゃよ。ただ清潔にするだけのスキルじゃないってことじゃ」
クリーンは対象をきれいにする、清潔変化は空間ごと清潔にするみたいな違いだと思ってた。まさか、清潔変化が浄化の劣化版スキルだなんて思っても見なかった。
「清潔変化の名前の通り、衣服や体を清潔にもすることが可能でもあり、薬草にも可能だったのぅ。最終的には無菌まではいかないものの、空間の洗浄も可能なため、医療行為にも効果的だったと記憶しておる。
清潔変化が浄化の劣化版と言われるのは、浄化では完全な無菌状態、防御力の低下ではなくアンデット系の魔物の制圧が可能となるからじゃ」
なるほど。
浄化スキルの劣化版でも、浄化に近いことができる清潔変化は重宝されて、狙われやすいと言うことを言っているんだろう。
「僕が誘拐されやすくなったのはわかりました」
それに天神が起こした事件で、力を消耗しすぎたせいで長年、聖女が現れていない。それは、浄化の代わりになる清潔変化を取得した者が現れたら狙われると思う。
「れいちゃんには、儂が拠点にしている騎士族の領地に行ってアンデットを相手に実戦を重ねてもらう。……まあ、咲斗も連れて行くからすぐにはいかないが」
確か、騎士族の領地には墓守の森があったな。
アンデット系の魔物がいる、唯一の土地と言われている森だ。実戦経験も積めるし、清潔変化のレベルも上がる。……いいかもしれない。
「僕は構いませんが、季水くんが賛成しますかね?」
引くくらい、過保護な季水くんがネックだと思う。僕が有栖家の血筋を強くひいていること、パニックを起こしやすいと言う点で過保護になっている彼が許すとは思えない。
「儂が拠点にしているところには、れいちゃんの叔父である夜兎がおる。宿住まいになることはない。夜兎はランクに執着しておらんから、Bランクじゃが、その気になればSランクになれるくらいの実力者だ。
それに、傭兵族は有栖家に対して心酔しておる。自衛がまだ十分ではない歳であるれいちゃんには護衛を間違えなく用意する。れいちゃんが、鍛錬する場として安全だ。……最近真面目に勉強しているから、反対することはないだろうよ」
それなら、僕は師匠である朱基さんの言葉に従うまで。
「僕はそれで構いません。タイミングは、咲斗の様子に合わせます」
咲斗は、水使いのスキルを分家の蓮弦に教わっている状態だ。
鍛練を自分でできるくらいまで教わった方がいいだろうし、お父様には水化家に養子になるとすると蓮弦が親になると聞いた。今のうち、信頼関係を築いておいた方がいいだろう。
咲斗は三つ子の中でも、貴族に対してだけではなく大人に対して警戒心が強い。親となる可能性がある蓮弦とは出来るだけ接する時間を長くして、信頼できる大人を増やしてあげたい。
「すまないな」
今までは早く強くならないといけないと焦っていたが、12歳までに強くなれば良いと言ってもらえたことで気持ちに余裕ができた。優先すべきは、咲斗に信頼できる大人の存在を増やすことだ。
今は強くなれるのかの不安よりも、12歳になって、学園という空間で天神家のフードをかぶった女の子がいることの方が怖い。
「どうした?」
僕の異変に気づいたのか、今まで黙っていたお父様がそう聞いてきた。
「今まで早く強くならなきゃと焦っていましたが、今は12歳になってあの天神の女の子と同じ空間にいるようになるって考えたら、怖くなってきてしまって」
素直にそう言った。
誤魔化してもいいことないとわかったから。
「……別に学園に行かなくてもいいよ。なんとなく貴族は学園に行くのが当たり前になっているが、強制されているわけではないし。
この世界では学園は一つしかないし、あの娘は後継者だから、他の貴族と交流を持つために学園に通うだろうからね。零が嫌だったら行かなくていいんだ、後継者は季水だから。
常識や勉強は家庭教師から学べばいいよ」
学園に行かなくていい、そう言ってもらえて少し気持ちが楽になったような気がした。行く気になったら学園に通うことにしよう。
「ありがとうございます、お父様」
お父様は僕の頭に手のひらを置くように、数回撫でてくれた。
撫でられて、目を細めているとふと我にかえる。
「そう言えば、用があってきたんじゃないんですか?」
「ああ、目覚めて早々に悪いが今回ばかりはストレスの元凶にはここにあるからな。ここから去ることが回復に繋がるだろうから、寄った目的を果たして王都を目指すことになった。ゆうから目覚めたとの知らせをうけたから、それを伝えにきたんだ」
確かに、この街にあの女の子がいると考えるだけで過呼吸になりそうになる。
「私たちが買ってきてもよかったんだが、誰一人零の側から離れなかったから買いようがなくてな……。ゆうも零から離れなくて寝不足だ、仮眠の時間を与えると言う意味でも買い物に行こうってことになってな。
天神と話し合って、あの娘は零がいる間は出歩くのが禁止になったから安心して、買い物ができるはずだ」
手のかかる息子で申し訳ないです……。
「ありがとうございます。今すぐ準備しますね」
3日間眠っていたおかげか、調子の悪さは感じないのが幸いだった。あの子は怖いけど、色々手を尽くしてくれるお父様や朱基さんがそばにいる、それだけで安心することができた。
本当はお風呂に入りたいけど、早く月花から出発したいので、清潔変化を自分にかけた後、すばやく身支度を整えた。
吐いたからか、あまり食欲も湧かず、スープだけ口にして買い物へと出かける。
コハクにつけるものはもう大体決めているのだ。
琥珀がついたネックレスだ。
宝石店などは後回しで、雑貨屋さんを中心に見て行く。
「こんにちわ〜」
お父様は宿で仕事を済ませるとのことでお留守番。
僕の護衛と言うことで琉陽、朱基さん、季水くんがついてきてくれている。正直、過剰戦力だと思う。
「はい、いらっしゃいませ……って季水様! ようこそいらっしゃいました。今日はどのような御用件で?」
領土だと、気安く接してくれるんだけど違う土地だとそうもいかないようだ。
季水くんは僕が屋敷に戻すまで、冒険者として各地を回っていたから、顔が知られているみたいだね。
「今日は弟の付き添いだ。店の商品を見せてもらいたい」
女性の店主で、まだ異性と接するのが怖いので季水くんに対応を任せて店内を見て回る。月花の住人が悪い人だとは思っていないけど、早くここから出発したいと言う思いの方が強かった。できるなら、ここで用事を済ませたい。
あ、琥珀のネックレスだ。長さもコハクにちょうど良さそうだ。金属じゃなくて革製だし、いいかもしれない、と手に取る。
あの桜のブローチも可愛い。サクアは、桜色のスライムだし、いいかも。色違いも買っておこう、桃色とマゼンタのブローチを手に取る。
あー、あの黄緑の蝶ネクタイもかわいい。ハッサクに似合いそう。柑橘類の色の組み合わせになって良いかも! 黄緑と緑と深緑も買っておこっ!
あ!
あんなところにぬいぐるみの洋服がある!
サイズも、メイプルベアたちにちょうど良さそう!
僕の稼いだお金から買うつもりだから、買い占めよう!
……ここはいい店だな、かわいいのがたくさんある。
「お会計で!」
「あっ、ありがとうございます!!」
爆買いをしてしまった、後悔はしてない。
あまりに早く用が済んでしまったため、琉陽にゆうのためにもう少し時間を潰してほしいと頭を下げられてしまった。
もちろん、自分が倒れたせいでゆうが寝不足になったのだから、初めからそうするつもりだった。アイテムボックス内は時間経過と品質維持の効果があることを良いことに、ストレスはっさんするかのように爆買いをしたのだった。
ふぅ……、緑陽とは別の品揃えで買いすぎてしまった。
植物や野菜、果物の苗を大量に買ったので植えるのが楽しみだ。
「元気になったようで何よりだ!」
あまり買っておらず僕に振り回されたはずなのに、季水くんは嬉しそうにしていた。
宿につき、早速買ったものを着た順に身につけていく。真っ先に来たスライム組に、桜のブローチと蝶ネクタイを渡すと嬉しそうにしてくれた。
ハッサクは口の少し下のところに蝶ネクタイをつけ、胸なのかな? 胸を張って見せてくれている。サクアはと言うと、桜が好きなのかうっとりと眺めてつけようとしない。
……うちに桜の木はないし、育てたら喜んでくれるだろうか? かと言って、わがままを言ってまた過剰戦力で街に戻るわけにも行かないし、とちらりと控えてきた琉陽に視線を向ける。
視線に気づいたのか、僕の元へ来て跪く。
「いかがいたしましたか? 零様」
「申し訳ないんだけど、桜の木と柑橘類の木を数本買ってきてくれないかな?」
桜の木は、うちの領土では売っていない。
初めに買い物した時に、買うか迷ったんだけど、悩むくらいなら買わないを選択したのが良くなかった。サクアは僕が思っているより、桜のことが好きだったようだ。
見つけた時も、そう言えば桜の木のところにいたし。
幸い、僕は植物を育てることが苦にならないスキルのラインアップだ。出発する前に買ってきてもらおう。
「かしこまりました。玲亜様に報告してから買いに行って参ります」
僕のアイテムバックとポケットマネーからお金を渡してから、琉陽は部屋から出て行った。
「これで桜の木がうちの庭に生えるからね」
サクアに告げれば、「んぱぁ(やったぁ)」と跳ねて喜んでいた。
メイプルベアのメルとミツ、リトルベアのリトとリツには、ぬいぐるみ用だが洋服を着させてあげる。これでテイムしていると目に見えてわかりやすいだろう。
この子達はあまり大きくならないと、リトルベアの母ぐまは言っていたしね。洋服を着せとけば、首輪をつけなくて済むだろう。
嫌がっていたら首輪をつける予定だったが、理由はわからないものの喜んでいるのでよしとしよう。他にも洋服は買ったし、この子達の好きな洋服を着てもらうことにする。
最後にコハク。
名前に因んで琥珀のネックレスにした。
つけた瞬間、僕の頬を舐めたので、気に入ってくれたと思いたい。
「似合っているじゃないか」
少し疲れた様子のお父様が来た。
「お疲れ様です、ありがとうございます」
いつもなら、いくらかかったか聞いてくるお父様が聞いてこなかった。お小遣いも貰っているが、お父様は買い物するたびに追加してお金をくれる。
僕も、冒険者ギルドに回復ポーションやらをたくさん納品しているのでお金はあるが、それを使わせてもらった試しがない。きっと、従魔のものは自分で買ってあげたいと言う気持ちを察してくれたんだとは思うが。
「琉陽が帰ってきたら、ゆうを起こしてこの街から出発しよう。長居は無用だ」
その言葉に僕は何も言わず、頷いた。
その宣言通り、琉陽が帰ってきてすぐにこの街から出発した。なぜか、なんとかこの街に居させようとする今の天神の当主の言葉を無視して。
追っかけられても面倒なので、いつもより遅くまで王都までの道を進んでいった。さすがに3日眠っていたので、実戦は中止になったため、順調に王都に近づくことができた。
月花から緑陽までは距離はあるが、月花から王都までそれより短いので明日の夕方までには着くなとお父様が言っていた。
早く着いたのは馬車ではなく、僕以外は馬での移動だったことと、コハクと出会い飛翔靴での移動ではなくなったことが大きい。
「王都は子供の誘拐が多い。だから、自由に歩き回ることができない。謁見まで宿でできるようなことをしているように」
子供の誘拐が多いんだぁ。
物騒だなぁ、と思いながら話を聞いていた。
 




