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月花


「本当に契約しなくていいのか?」


 契約しなくてもいいのかと言われても、コハク自体は契約を受け入れようとしていたし、何かに拒まれたような感じがした。どのみち、どんな手段を使っても契約はできなかったと思う。

 契約は、その人のために力を使う縛りだ。絆がなくてもできる。僕が求めているのはそう言う縛りと言う関係じゃない。

 だから、契約がなくても側にいてくれるなら受け入れるし、契約をしてほしいと望まれたら受け入れる。


 それでも。


「契約してなくても、人と関わりを望んでいる子は絆を育めば助けてくれるよ。僕がメイプルベアの育児に困っていた時、契約していないリトルベアの母ぐまが助けてくれたように。だから、いいんだ。

僕は、コハクが側にいたいと望んでくれるまで、契約がなくても側にいるよ」


 僕の膝を枕にするコハクを撫でる。


「そうか。……契約しているかはステータスが見えるやつにしかわからない。契約しているように見せても大丈夫ってことでいいか?」


 こればかりは僕が答えることはできない。

 コハクの頭を2回、手を置くように撫でると、


「わふっ!」


 コハクがそう返事した。

 僕への抗議かとかも思ったが、しっかりとお父様の方を見て、返事をしているので了承したってことでいいだろう。


「わかった。首輪を……「ネックレスじゃダメですか?」」


 なんとなく、首輪は嫌だった。

 お父様は驚いたような顔をしたが、すぐに優しい微笑みを浮かべて、頷いた。


「街に寄って用意しよう、途中に癒しの位の領地がある。寄ろう」


 癒し(いやし)の位とは、王族を除く貴族では唯一いやしの力が使える貴族のことで苗字は天神(あまがみ)

 花の都、月花(げっか)を治めている。

 月花の位置は王都から直線上にあり、大雑把に言うとお父様が納める深緑の森の都、緑陽(りょくよう)のちょうど真ん中の位置にあるんだ。

 厳密に言うと、緑陽から月花までの距離の方が月花から王都までの距離より遠いんだけど。他の位の有力貴族は王都に近い位置にあるんだけど、それを嫌がった緑水の位だけ、遠い位置にある。


 飛翔靴での移動は、あまり進まなかったけど、コハクのおかげでかなり月花まで近づいてきている。現に朱基さんはこのペースなら、明日の夕方には月花に着きそうだと言っていた。

 緑陽の街並みしか見たことないから楽しみだな。


「楽しみです」


 他の子にも、何か買ってあげよう。



 今日の夜、一緒のテントなのは朱基さん。


「僕は緑に偏ってますけど、本来緑水の位って水の力も強い家系ですよね。水のスキルとかないんですか? もしかすると、スキルがないだけで血縁的に向いているかもしれないですし……」


 そう、昼間自分の家系のことを思い出して、思ったのだ。……水を扱うスキルがあれば、向いているような気がして聞いてみたのだ。


「属性スキルは、後天性スキルには存在しない。水に守られし者にあるようだから、相性は悪くないとは思うが、こればっかりはな……」


「属性石があれば、魔法具で水の攻撃ができたりしないです?」


 ナイフでの至近距離攻撃で、実戦を行っていたけど限界を感じたので、他の攻撃手段が欲しいと思ったのだ。


「零の場合、有栖家の血縁の水の部分も、緑を育てる部分に加味していると思うんじゃよ。……ああ、わかった」


 わかった? 何を?


「れいちゃん、自分の年齢を忘れてないかの? まだ4歳じゃ、守られて当然の歳なんじゃよ。完璧に自分を守ろうとしなくて良い歳なんじゃ、焦るにはまだ早い。

儂は元々、学園に入る12歳までに自衛できるようになれば良いと思っとったが目標を言わなかったことでれいちゃんを追い詰めてしまったようじゃの。すまんかった」


 ああ、そうか。

 僕には、前世があるからこの体の実年齢を忘れていた。


「……そう、ですね。まだ4歳ですもんね」


 初めて、自分が焦っていたことに自覚した。


「賢いから、わかっているもんだと思って伝え忘れていた儂が悪い。気にするんじゃないよ、さあ今日は寝よう」


 置くように数回、頭を撫でられた後、明かりを消された。……なんでこんなに焦っていたんだろうとぼんやり考えながら、慣れない実戦をしているせいかすぐに眠りについたのだった。



 冒険者の基礎を教わりながら、月花までの道のりを順調に進める。

 教わったのは食べれる魔物はそのままの状態で、食べれない魔物は耳など体の一部を切りとって依頼を達成する。魔物の処理の仕方は火葬。

 探索スキルを使いながら、着々と実戦経験を積む。




 その日の夕方、予定通り月花に着いた。

 ブレスレットに従魔を移動しておけ、と言われてコハク以外は容易に移動できたのに、なぜかコハクは移動できなかった。

 朱基さんやら、お父様の顔の広さで何とか入ることができたけど、なぜか守衛室の応接間に通らされた。……なんでだろう? 嫌な予感がする。


「玲亜さん! ようこそいらっしゃいました」


 にこやかに迎える女性に、一歩下がったところでフードを被った女の子がいた。その子に目が移った瞬間、全身に複数の虫が駆け上ったような不快感が走り……。


「ひぃ……!」


 思わず短く悲鳴が上がる。

 すると、口元がゆっくり上がって、


『見つけた』


 確かに、そう動いたのだ。

 押さえ込もうにも、呼吸する回数が増えていくばかり。苦しくて、苦しくてしまいには食べたものを胃液を吐くまで吐いてしまう。


「零様! 申し訳ございません!」


 ゆうの言葉が届いた頃には、僕の意識は薄まっていき、最後に感じたのはフワッとした毛並みだった。……コハクか、あとでシャンプーしてあげないとな、と考えながら意識が途絶えた。




 ゆうには、体に負担がかからない睡眠薬を打ってもらった。あのままにしていたら、零の負担が大きかったからな。


「お母様! 私、一目惚れいたしました! 零様と婚約したいです!」


 後ろに控えていたのは、天神の後継者の翡翠だったな。確か、季水と同じ年齢だったはず。

 ……はあ、あまり後継者としての勉強が進んでないようだな。


「天神翡翠」


 そう呼んだのは、うちの後継者だ。


「天神家と有栖は婚約できない。後継者なんだろう?なんでそんなこともわからない? このことは後継者教育の初めに習うことだろう?」


 よく勉強している、その通りだ。


「そのことは存じております。貴族の決まり事を守らない、有栖家なら例外でしょう? 堅苦しい決まり事はなくすべきだとは思いませんか?」


 ……はあ、と思わずため息をついた。息子も呆れているのか、同時にため息をついていたので、親子だなと現実逃避をした。

 天神の後継者教育は芳しくないようだな。


「やはり阿呆だな」


 そう言ってから仁王立ちをする、季水。


「これを決めたのは、有栖家だ。常識中の常識だろう? 阿呆のようだから教えてやる、お前ら天神家のなかに悪魔と契約した者が出て、戦争を起こした。その結果、数々の土地に悪影響を出すことになり、天神家に生まれた人間は天神であり続け、癒す力を光帝に捧げつけることで許された」


 後継者として、意識が芽生えたことに私は感動が隠せない。

 口を出さずに、我が子を見守ることにした。


「傭兵族の土地には、そのときに犠牲になったものの墓となった森が生まれ、今の緑陽の土地は死んだ土地となった。それを長い間かけて、癒す役目を担っているのが有栖家だ。

その役目を引き受ける上での契約が、妖精を殺めた天神に婚約の申し出があっても、光帝の権限で婚約を認めさせないことだ。だから、何があろうとお前と零は結婚できない!」


「零様が望めば違うでしょう……?!」


 この娘が後継者か。

 天神はあの事件をもう一度起こす気なのか?


「お前をみた瞬間、零が苦しみ始めたんだ!! 望むわけがないだろう!!

そもそも、天神は光帝に癒しの力を生涯捧げ続けることで許された! それなのに、お前たちの悪事の尻拭いをしている有栖家に婚約できるような立場ではないんだ!」


 我が子の成長に、思わず拍手したくなった。

 目標ができたことで、目に見えて成長している。


「季水、よく勉強している。誇らしいよ」


 まずは、季水の成長を褒める。


「……天神、これはどう言うことだ? 天神翡翠は後継者と聞いているが、これは虚偽だったのか?」


 光帝家系、宰相、その次に天神が偉いのだが、その例外が有栖家だ。我々は、長い時間をかけて死んでしまった土地、今の緑陽の自然を回復してきた。

 今でも豊かではあるが、妖精が存在した時代と比べると劣る。

 尻拭いをし続けている有栖家に、頭が上がらない状態なのが天神家だ。


 そして、尻拭いをし続けていることで、光帝も公の場に出ないことを強く出れないのが、有栖家が自由に過ごせている理由だ。


「……大変申し訳ございません。普段真面目に後継者教育を受けており、ここまで教育が身になっていないとは思ってもおりませんでした。教育し直しますので、今回は……」


「我が子があそこまで苦しんでいたのに許せと? それは無理な話だろう? こちらの要望はその娘を今後私の息子に一切近づけないことだ。それができるのであれば、見逃す。……どうする?」


 悔しそうに噛み締めて、


「要望をのみます」


 そう言った。

 ……随分と、今の当主もプライドが高いようだな。


「用事を済ませたら早々に去る。息子を苦しめる存在がいる場所に長居は無用だからな」


 話がついたが、未だにコハクは背に零を乗せて、天神翡翠を唸り続け、なぜか彼女もまたコハクを妬むような視線を向けていたのだった。




 フードをかぶっていた女の子と会ったことで、思い出したことがある。

 僕は前世、交通事故で両親を失っている。母親が命をかけて守ってくれたおかげで事故で、障害をおうこともなく、生き残った。

 親戚中、施設に入れようと声ばかりだった中、母親の妹が僕のことを引き取ると言ってくれたのは幸運だったと思う。


 その時、妹夫婦には琥珀という子どもがいたが養母養父は良い人達で、僕のことを本当の家族のように接してくれて、僕は幸せだった。


 ……翡翠が生まれるまでは。


 翡翠は僕のことを狂気的に感じるくらい好きで、僕がクラスメイトの女子と話すだけで嫉妬し、怒り、僕に対して暴力を振るった。

 お世話になっている家族の1人を犯罪者にしたくなかった。僕が不便なのを我慢すればいいと思い、クラスメイトの女子と話すのをやめた。

 養母は泣いて謝っていた。


 もちろん、そこは同学年にいた弟、琥珀に協力してもらいながらその時はなんとかしてきた。


 しかし、小学6年から3年間(ここの記憶も思い出せないのだが)僕は誘拐された。

 次に記憶に残っているのは見つけ出し、憔悴しきった僕を見て焦る琥珀の姿だった。……僕が見つかったのは、宮司がいない神社の中だった、それだけは思い出すことができた。


 ……しかし、それから翡翠の束縛は執着に変わり、僕は軟禁な生活となってしまった。基本学校以外は出掛けられない、徒歩でのお出掛けはしてはいけない。しようとすれば狂ったように怒鳴りつけ、時には暴力を振るうこともあった。

 養母養父も説得してはくれたが、するたびに傷だらけになり、痛々しい姿を見て、説得はしないでと頼んだ。僕の味方はたくさんいたけど、本当の意味で身を呈して守ってくれたのは、琥珀だけだった。


 妹がインフルエンザにかかった時のことだった。混んでいると連絡があり、つかぬ間の束縛からの解放を楽しんでいた時だった。出掛けたはずの琥珀が駆け込んでくるように帰ってきて、慌てて家を出ろと僕の荷物をまとめていた。

 「え?」と呆然としている合間に、琥珀が全て支度をしてくれ、荷物と判子、通帳にカードを僕のスクールバックに詰め込んだ後、


「……勝手に決めて悪いが、お前を守るためなんだ。わかって欲しい。そこに通信の学校の編入書と、住居の住所、あとはお前の父親の祖父祖母叔父の連絡先が書いてあるから、何かあれば保証人を頼むんだ。

学校を勝手に決めちゃったけど、高校の手続きをしておいた。あらかじめ学校側にはお前の状況を話し、私立だからな、うまく手配できるようにはしておいた。その通帳と判子はお前の親からの遺産だ、なんかあった時にと父親側の祖父母から渡されていたんだ。財布の中に暗証番号は入っているから、それを使え」


「えっ? え?」


「これはテイマーの能力が使えるバイト先の紹介状だ。後で確認してくれ。

……悪いな、説明している時間がない。混んでるとは言え、すれ違わないように送り出すには急がないといけないんだ。母さんにも足止めをうまくするようには言っているけど、あまり期待できないからな」


 正直、理解が追いつかなかった。

 こんなことしたら、翡翠は狂うはず。

 それなのに、話は進んでいく。


「わかっていて欲しいことだけ簡単に説明する、これだけは守ってくれ。20歳になるまではなるべく、通販を使うんだ。出かけるのは最小限にしろ。どうしても出掛けなくちゃいけない時には父親側の祖父母に付き添ってもらうか、この人のタクシーを予約して出かけるんだ」


 話する暇も与えず、琥珀は話を続ける。


「彼は元警察官で、お前を助ける協力してから定年を迎えた人だから、本人もお前の今の状況を案じていた。何なら、保証人にもなってくれると言っていたから信用もできる。……いいか、こんな生活も20歳になるまでだから、俺が言ったように過ごしてくれ。20歳を過ぎたら、また会おうな?」


 そう言って、琥珀は駅までタクシーで送ってくれたが、その間何度理由を聞いても、


「20歳になったら全てを話すから」


 て言って何も教えてくれなかった。……これが僕が家族と離れて暮らしていた理由。

 それから数時間後、実父の祖父母から琥珀が行方不明になったことを聞いた、それまでの記憶しか思い出すことが出来なかった。いや、それ以上の記憶は思い出すことも、思い出してもいけないと何故かそう思った。


 その瞬間のことだった。


「……いいかい? 零。お前は、異性を恋愛的な意味で愛してはいけないよ? 愛されたら逃げるんだ、その女性は狂気を持っているから……。いいかい? 20歳まで逃げきるんだよ」


 この声は誰……? あぁ、思い出した。父親側の祖母の声だ。……毎回思っていたけど、なんで20歳までなんだろう? そう考えても、脳内に流れた祖母の声は答えてくれず、


「今度こそ20歳まで生き延びるんだよ、零」


 それ以降、どんなに待っても祖母の声は聞こえることはなかった。



 さて。妹、翡翠だけど、彼女は僕が実の兄ではないことは知らなかった。何せ、軟禁まで強いてくる彼女のことだから、責任を取らなければならなくなる手段を取ってまでも僕の側にいることに執着していた。現に、彼女は実の兄でなければ、そうしていたのにと明言していたからね。

 ……まあ、僕も一歩間違えれば翡翠みたいな事態になりかねない性格かもしれないけどさ。前世では琥珀が助けてくれ、現世では家族やたくさんの人が支えてくれているから、間違っても軟禁しようと言う考えに至らないと思う。


「……怖いんだ、人に依存してしまいそうな自分の考え方が。国民だから守る、その言葉が言える立場でいれる限り僕は彼女のようにはならない。

もしこの立場じゃなくなったら、僕は僕を慕う皆を害する人が現れたら、どんな手を使っても助けたいと思ってしまう、行動に移してしまう。……そんな自分が怖いよ」


 僕を守るように囲んで眠っている家族(従魔やペット)達の寝息しか聞こえない静かな空間の中で1人そう呟いた後、身体に寄り添うように眠る琥珀を抱き枕のように抱きしめ、僕も眠りについたのだった。

 眠りにつきそうになった時、


「わんっ!」


 そう鳴くコハクの声が聞こえたような気がしたが、なんで鳴いたのか聞く間も無く、眠りに誘われるまま眠りについたのだった。




 目が覚めると僕を守るように囲って、みんなが眠っていた。そんな姿に癒されて、前世のトラウマの部分を思い出したわりには気持ちが落ち着いていた。


「……零様、良かったです。お目覚めになられましたか」


 目の下を真っ黒にして、おぼつかない足取りで近づいてくるゆう。

 この様子だと、また数日眠りについていたのかも。


「3日お眠りになられていたのですよ」


 その様子だと、一睡もしてないようだね。


「もう大丈夫だから、ゆうも休んで」


 今は元凶がないし、落ち着いてる。気になることがあるとすれば、胃液を吐くまで嘔吐したから、喉が痛むくらい。

 それより、ふらふらしているゆうの方が気になる。


「安心したら眠くなってきました。……お言葉に甘えて、玲亜様にご報告してから仮眠をとらせていただこうと思います」


 そう言って、おぼつかない足取りのまま部屋を出て行った。……随分心配をかけてしまったようだ、申し訳ないことをしたなぁ。

 今後は月花に近づかないようにしよう、僕のトラウマが何なのか、出だしだけかもしれないけどわかったから。

 ……そうなると、学園生活が心配だなぁ。


「わんっ!」


 考えに耽っていると、コハクが起きたようだ。

 そう言えば、吐いた口元のままコハクに倒れ込んだんだよね。


「清潔変化」

 

 コハクに、スキルをかけてあげると明らかに毛並みが艶やかになった。枕元にあったアイテムボックスから従魔用にしているブラシを出し、とかしてあげていると……。


「何だそのスキルは……!」


 驚愕しているお父様と朱基さんが立っていた。





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