夜の来訪者
ああ、なんてひやひやする声が複数あげられるが、構っていられない。僕が実戦を経験する、他とない機会なのだから。
時間を遡ること、今日の朝。
「有栖家は他の領地と比べ物にならなくらい安全な領地だ。それがれいちゃんの成長を妨げている。今回の王都の道のりでは、れいちゃんが中心となって魔物退治をしてもらう。儂が手出しをするように言わない限り、手出しは無用だ。いいな、特に季水とゆう!」
事前に二人は聞いていたのか苦虫を噛み潰したような顔をして、渋々頷く。
僕はいつかは実戦経験をするもんだと思っていたから、特に反対ではないので快諾したが。
そして、現在。
僕は飛翔靴、改良版を履きながら、魔物退治中ってわけ。危なっかしい戦い方はしてないはずなんだけど、実力者組の季水くんとゆうは毎回ひやひやしているようだ。
一応、急所だけを狙って攻撃しているんだけどなぁ。
「僕、危なっかしい動きしています?」
心配になって、聞いてみた。
「いや、あいつらが勝手にひやひやしているだけじゃよ。……急所を的確に狙っているし、無駄な体力を使ってない。初めて、実戦したとは思えないくらい動けておるよ」
朱基さんの言葉に、一安心。
血を見て、動揺しないのはきっと、前世これよりもかなりの酷い光景を見て、死んだから。あれ以上、酷い状況を見ることはそうそうないだろう。
「魔物を大切にするれいちゃんだから、魔物を殺めるのを躊躇するとは思っていたが、意外だったのぅ」
そう思われるとは、思っていた。
「うちの子は生きるために、僕らと共存することを選びました。今戦った魔物は、生きるために戦うことを選んだ。残念ですが、全ての魔物と分かり合うことは無理だと思います。僕も死にたくないから、戦うことを選んだ魔物は戦い、共存を選んだ魔物だけを受け入れているだけです」
殺めなくてすむなら、そっちの方が良いと思う。
でも、人間に対する殺意が強い子を説得するのは、それこそ季水くんたちが恐れている事態になってしまう。
僕が、季水くんがひやひやしないくらい強かったならまた別の話なんだろうけど。
「それに周りの人を心配させてまで、魔物を保護しようとするのはわがままだと思います。今でさえ、安くないご飯代をお父様たちには出してもらってますから」
今は、心配をかけないくらいに実戦を重ねて強くなることが第一だ。向こうが保護してほしい、その意志がない限り保護はしないと決めている。
この世界で生きていく上で、命のやり取りをしなくちゃいけないのはとっくに覚悟していたし、前世と価値観が違うのも理解している。
「今の僕にできることは、僕のことを守ってくれている人を悲しませないくらいに、強くなることだけですから」
だから、擦り傷できたくらいで骨折した勢いで心配するのはやめてほしい。
「これくらい水で傷を洗っておくことしかしないだろう、季水だって。なんで、零が擦り傷をしたら回復ポーションを使おうとするんじゃ。過保護なのも良い加減にしろ!」
朱基さんの言う通りです、と言わんばかりにうんうんと力強く頷く。ちなみにお父様は、そんな季水くんを見て、上品に笑いながら僕の手当てをしてくれてきる。
「だけど! 零は防御スキルがないんだぞ! 心配してなにが悪い!」
「零には、札結界を教えている。儂が驚くくらいの発想力を持つ零じゃ、使っていくうちに強みにしていくじゃろう。
お前も身をもって、札術系統とのスキルの相性の良さを感じたはずじゃ。防御の面はスキルだけではなく、儂の技術の全てを使って零を守る防具を作る。今のお前にできることは、心配するなとは言わないが見守るだけじゃ」
身をもって知ったはずと言われ、季水くんはぐっと言葉を飲んだ。心配してくれるのは有難いけど、いつかは僕も親元を離れて、自立しなければいけない。
いつまでも守られていては、命のやり取りがあるこの世界では生きていけないと思う。今はひやひやしながら見守ってほしい。
「季水くん、心配してくれてありがと」
季水くんに笑顔を向けてそう言えば、
「零っ! 俺、頑張って見守るよ!」
ものすごい勢いで抱きつこうとしてくる。その勢いでは僕が負けて、後ろに倒れて余計な怪我をしてしまうのでギリギリのところで避ける。
季水くんは大の字で地面に倒れ込むとの言うところで、足の向きを180度回転させ倒れるのを回避していた。
「余計に怪我しちゃうところだったでしょ?」
そう言えば、怒りもせず歯を見せて笑ってくれた。
今日は話し合いも兼ねて、お父様と朱基さんが夜の番をしてくれるようで、季水くんと同じテントで眠ることになりました。
季水くんは喜んで何かを話してるけど、ごめんね。慣れない実戦で疲れて眠気に勝てない……と考えた瞬間、気絶するかのように意識が途切れたのだった。
ジーーと何か開けるような音で、目が覚める。
あれ? テントの入り口が開いてる。閉め忘れちゃったのかな?
季水くんを起こさないように、テントの入り口を閉めにいくと何かと目が合い、驚きのあまりのけぞる。
それでも、何かは僕に対して攻撃してこないし、敵意を感じない。
僕は無意識に、テントの入り口を開ける。
するとそこにいたのは1匹のゴールデンレトリバー。なんで、この世界にゴールデンレトリバーが? と思った。
『兄さん! 逃げて! 兄さんは被害者だ! 妹がしたことを庇うために、あいつが言っているだけで兄さんが心を痛める必要がない』
ふとそんな声が、脳内に響く。
今まで脳内に響く声は、苦しくなるような言葉ばかりだったのに今回は違った。とても、心が落ち着く優しい声。
その瞬間、ゴールデンレトリバーと目が合う。
その目はとても優しくて、なぜか涙が出てきて、思わずこう呼んだ。
「琥珀……!」
そう呼んだ理由はわからない。
ただ、この名前を呼ぶと自分は一人じゃなかったってそう思えるんだ。
その呼び声に応えるようにゴールデンレトリバーは僕の元へと駆け寄ってきて、鼻と鼻がくっつくんじゃないかと思うくらい近くまで寄ってきた。そんな彼を僕は抱きしめる。
「会いたかった……!」
不思議とその言葉が出てきたのだった。
「零! 零!」
あれから僕は、コハクを抱き枕に眠ってしまったようだった。
契約をしようとも試みたが、なぜかコハクとは契約できなくて、申し訳なさそうにするコハクが可哀想になってやめたのだった。……それにしても、お父様はなんでそんなに焦っているのだろう?
「……おはようございます? お父様、どうかしましたか?」
そう聞けば、お父様は深いため息をついた。
「その魔物は、危険はないんだな? 昨日夜の番をしていたが、気配がなかった。気配に敏感な季水でさえも気づかなかったから、珍しく動揺して落ち込んでいるよ」
危険……?
この子を見て、そんなの感じなかったなぁ。
ちらりとコハクの方へ視線を向ければ、お腹を出して寝ているコハクがいた。その寝方にクスリっと笑った後、
「こんな無防備な寝方をしている子が危険だと思います?」
そう言えば、
「いいや、思わないな。契約したのか?」
しれっとしているお父様。
そう言えば、落ち込んでいる季水くんはどこに? と考えていると、ふとお父様のお腹に腕が回されていることに気づいた。
なるほど、お父様に慰めてもらっているのか。
「理由は分かりませんが、契約はできませんでした。でも、お腹を見せてくれるくらい気を許してくれていますし、家族になれたらとは思っています。
テイマーは契約するだけの存在ではないと思っていますから」
この子が側にいることを望んでくれるなら、従魔と同じく家族にしたいと思っている。
「……契約ができないか、なるほど。私は、零がそれで良いと思っているなら構わない。今更一匹増えるくらい大したことではないからな。零の好きなようにしなさい」
その時、いつのまにか起きていたのかコハクがおすわりをしていて。
「わふ!」
そう一鳴きして、お父様を見つめた。
何か通じるものがあったのか、僕にはわからない。
「零のことを頼む」
そう言って、落ち込む季水くんを連れて、どこかに行ってしまった。
「朱基さん、あの魔物を見たことがありますか?」
私の膝に頭を乗っけて丸くなって落ち込んでいる季水を撫でるながら、話しかける。よく本を読む私も見たことのない魔物だったから、魔物のことをよく知る朱基さんに聞いてみた。
別に答えが出るか出ないかが重要なんじゃない。朱基さんでさえも知らない種類で、現状零だけが知っているのかと言うことを知るのが重要なのだ。
あの子は私たちに隠していることがあることはわかる、それを追求するつもりもない。零が触れてほしくないラインを知るためにも朱基さんに聞く必要があった。
それよりも零が関わると、大人びて甘えない季水が年相応になるから、嬉しく思う。
後継者であり、兄と言う立場でもあり、A級冒険者とは言え、まだまだ8歳と言う子どもだ。甘えたいときは甘えてほしい。だから、零と会ったことで甘えてくるようになったのは親として嬉しい。
「いや、数々の魔物を見てきたが、あの魔物は見たことはない。なぜか、零はゴールデンレトリバーだと思っているようだが、ゴールデンレトリバーと言う種類も知らない」
あの子はよく図鑑とかもよく見ているから、私たちの知らない魔物を知っているかもしれないとも思ったが……。しかし、この家にある本は私も読んでいるから、そんな魔物を見かけたことはない。
「私もです。ですが、それを本人に追求するのはよしましょう。零がゴールデンレトリバーと言うのだから、ゴールデンレトリバーなのでしょう。今、大事なのはコハクが零の心の支えになるかだけでしょう。
ゴールデンレトリバーを知っている体でお願いします」
知っているかはどうでもよかった、あの子の心に支えになるなら。
知らないなら、知っている体でいてほしいと頼みたかったから、聞いた。
「……お前さんもなかなか過保護じゃのぅ、わかったよ」
知っているかはどうでも良かったのを、見破られた気がした。
コハクと出会って、変わったこと。
飛翔靴で移動していたのが、コハクに乗って移動できるようになったのだ。それがわかったのが、移動しようとした時、何かを察したかのようにコハクが巨大化したんだ。
ブレスレットにいた、みんなを呼び戻してコハクの背中に乗って移動する。
「んぱぁ!(速〜い!)」
コハクの額に乗って喜ぶ、サクア。
みんなに受け入れられているんだ、この子が危険なわけないだろう。
魔物の群れが見つからない限り、コハクに乗って移動するように言われた。……朱基さんは季水くんに過保護だ、過保護だと言うけれど、朱基さんもなかなか過保護だよ。
琥珀から、コハクに代わっているのは間違えではないのでよろしくお願いします。