札結界その2
「『札結界』や『札術』は、戦うためには量がある方が便利じゃないですか。 このスキル用に、札専用のマジックバックが欲しいんです。
僕は、先天性スキルや血縁スキルに攻撃系統はないから、少しでもアイテムで隙を少なくしたいんですが、どうにかなりませんか。朱基さん」
そう頼めば、朱基さんは少しの間考え込んだ後、
「どういう機能にしたいとか希望は?」
言いたかったことに対して納得をしたらしく、希望を聞いてきた。こう言う時は、僕の望みはほぼ確実に叶うから、明確な希望を伝えた方が良い。
「札の種類ごとに、専用のマジックバックが欲しいんです。できればベルトに通して持ち運びしたいから、腰につけてても違和感がなくて、上着着てても周りから違和感を持たせないように軽量化して欲しいんですよね」
朱基さんはメモを取り出して、文句を言うことなく、札専用のマジックバックの希望を書き留めていく。
話したことを書き終えれば、「それだけで良いのか?」と聞いてくる。それに僕は、
「それから、マジックバック用の確認端末から収納状況を確認できるようにして欲しいのと、即座に複数の札が使えるような機能が欲しいです」
遠慮なく希望を伝えれば、朱基さんは我儘なお願いに嫌そうな顔1つせず、むしろ安堵したような笑みを浮かべた。
その表情で、僕のことをどれだけ心配して、この鍛練に真摯に向き合ってくれているのかが感じられた。
「……それは、そのように手配しておく。質問はそれだけのようだし、スキルを取得する又はスキルのレベル上げは〝ひたすら札を作り上げる〟ことじゃ。
まあ、『札術』については〝オリジナルの札を作り上げる〟こともレベルが上がる要因となる。……良いか、集中力を切らすのではないぞ。切らせば経験値には入らないからの、集中できなくなったら潔く作るのをやめるんじゃな」
手配をしてくれるのは有難いけど……、レベル上げの仕方がシンプルで、地味にしんどいタイプなのが、気が遠くなる。
しかも、〝集中力を切らせば経験値に入らない〟ときた。……『札結界』と『札術』を取得しない人が多い理由がわかったような気がする。
あー。でも、僕の場合は〝シンプルで地味な作業〟ほど得意とするから、平気かも。冒険者さんの駄目になった衣服を修復する作業をした時、何十枚も数時間続けて作業しても集中力切らさなかったし。
わりと集中力はある方かもしれない。それを考えるとこの二つのスキルレベルは上がりやすいかもしれないね。
そう考えると気が遠くなっていた心が、少しだけやる気を取り戻したような気がする。
「今日やることはレベル上げをすることじゃ。このスキルは〝スキルの上げ方〟と〝設置型の札結界の基本的なやり方〟しか教えられん。
つまり、札結界の強化をするタイミングや札術を使うタイミング、オリジナルの札をどう作るかを指導するのはただの〝その指導者がするやり方の模倣〟じゃ。それは良くないからのぅ」
「……それはつまり、基本的なことは共通ではあるけど、その先は自分で作り上げろってことですか?」
それならもう、ワクワクしちゃうよね〜。研究者気質だから、レベル上げの相性としては最高だろう。
「そうだ。レベル上げに関しては、お前と相性が良いスキルだと思うぞ。まあ、それは良い。話は戻すが、設置型の札結界のやり方はこの紙に書いておいた。実際に札結界を形成する練習をギルド内でしてから、実戦で使うと良い」
……朱基さんには敵わないや、僕の性質がバレてる。さすがは、教養のほとんどを教えてくれてくれただけあるや。
「わかりました、自分で札結界の練習をしてから実戦で使うことにします!」
「それで良い。お前の場合儂が下手に口出しするよりか多少の基礎を教えるだけが調度良い。あとは自分で考えさせた方が上手くいくからのぅ。自分のペースで頑張ると良い」
「はい! 朱基さん、ありがとうございます!」
お礼を言えば、「構わん、構わん」言いながら先生の顔から孫を見るおじいちゃんのような顔に変わった。
その優しい顔に、優しく撫でる手に、何かが癒されているかのような感覚を覚え、思わず猫のように目を細める。
ふと、ひらめきのようなものが降りてきて、
「あの! 札を設置するのはスキルを発動する本人じゃないとだめなんですか?」
そう質問するとすぐに先生の顔に戻った。
これがもし、本人以外が設置しても発動するのであれば、札結界の発動時間の短縮に繋がるかもしれないと期待の眼で見つめる。
「設置すること自体は本人じゃなくても発動する。……なんじゃ? 何か思いついたのかの? 教えてみ?」
やった!
これで、札結界が戦闘中でも防御として使える!
「従魔に設置してもらうことで時短になり、戦闘中でも札結界を防御として使えると思ったんです。担当を決めて、担当の札を持っていてもらうことで戦闘中でも使えると思いませんか?」
食い気味にそう聞けば、うむと呟いて。
「そうなると従魔に合わせてアイテムボックスを作らないといけなくなる。が、零は身の安全が第一だからの、無駄な出費ではないか。もし、零に必要なものができたらお金は気にせず作れと言われているからの、任せておけ」
そう言われて、我にかえる。
……このままアイディアが浮かぶまま、叶えてもらっていたら、わがままな子になってしまうと。
「やっぱり……」
いいですと断ろうとした瞬間、
「れいちゃん、それはだめじゃ。命に関わることなんじゃからお金をかけて当然じゃ。これはけして、わがままではない」
そう申し出を断られた。
そうなのかなぁ、と疑問に思いながら、鍛練を再開するのであった。
数日ぶりの鍛錬にクタクタになりながら、身支度を整えて、千鳥足で食堂へ向かうと先にお父様が着いていたようだ。
「お疲れ様、今日も良く頑張ったね」
優しく迎えてくれた。
「季水くんは?」
最近食事を共にしないので、心配になってそう聞けば愛おしそうに笑って。
「勉強の時間が惜しいから、軽食を部屋で食べるそうだよ。……一生懸命なのはいいが、たまには一緒に食べて欲しいがね」
表情と言葉が一致してないところを見ると、頑張っている姿を喜んでいるんだろう。
「今日は札結界の説明を受けたそうじゃないか。色々朱基さんに注文したようだね。命に関わることだ、お金にいとわず注文しなさい。
……札結界をある程度使えるようになったら、結界の指導をしよう。本来なら兄上して欲しかったが、そうもいかなくなったようだ。教えるのが苦手だが、私が教えよう」
苦虫を噛み潰したような顔をしているから、本当に苦手なんだな。お父様はなんでもそつなくこなすイメージがあったけど、苦手なことがあって少し安心したかも。
苦手意識があるだけで、それなりにできそうではあるけども。
「よろしくお願いします」
「ああ」
それ以降は今日あったことやらを会話しながら、食事をしたのだった。
さて、今僕の目の前には朱基さんから渡された大量の墨汁があります。
札結界と札術は、模倣ではそれなりの効果しか生まれないと学んだ。なので、初日からかなりチャレンジに行こうと思います。
用意するものは予備の調合セット。
今回から、札結界と札術用にしようと思う。
やることは簡単。
調合と同じ容量で墨汁に工夫をしていきたいのです。
ここでおさらい。
薬作りのルール
・薬草はすり鉢でする。
・水は新鮮なものを使いましょう。
・スライムは必ず新鮮で、清潔草で清めたものをつかいましょう。
・100mlに対して回復薬は2枚。
状態異常薬草(例ピリピリ草、ミニドク草など)は1枚にしましょう。
・果物風味にしたい時は100mlに対して、10グラムの果物を入れましょう。
・状態異常効果薬(例麻痺薬)は100mlに2枚使いましょう
・ピキピキの実など液体に溶かして使うものは、500mlに1つ
さて、墨汁作りを始めましょう!
作っていくのは睡眠効果のある墨汁。
回復効果のある墨汁。
麻痺効果のある墨汁。
毒効果のある墨汁です。
用意する薬草はこちら!
・回復草(小)ーー少しだけ回復する
・回復草(中)ーー半分くらい回復する
・回復草(大)ーー全回復
・ピリピリ草ーーー30秒麻痺状態になる
・ビリビリ草ーーー30分麻痺状態になる
・カミナリ草ーーー90分麻痺状態になる
・ミニドク草ーーー30分毒状態になる
・ドクドク草ーーー30分毒状態になる
・ハイドク草ーーー90分毒状態になる
・コクコク草ーーー眠気に襲われる、ただし眠れない
・スースー草ーーー眠るけど声かけると起きられる
・グーグー草ーーーめちゃくちゃ爆睡
毒状態については、花毒を使用することも考えたけど、それだと花毒治療調合師だとバレてしまうので、やめました。
調合と同じ容量で墨汁も清潔草を入れます、回復効果を狙ったものだけだけどね。ちなみに、使う薬草によって道具も分けてます。
流石に鍋は状態異常と回復の二つに分けるだけだけど。
失敗するかもしれないからまずは100ml製作することにする。で、できたら自分で鑑定するのではなく朱基さんに判断してもらうと。
効果を高めるため、すべての薬草を細かくすり鉢でする。包丁で刻んでもよかったんだけど、こっちの方が細かくなりそうだし、今回はこっちにしました!
常温で入れるか迷ったけど、粉ではないので沸騰直前で入れることにした。
次回は薬草を乾燥してもいいかも、と思い立ったので使う薬草を窓側に吊るしておく。
あまり混ぜると沸騰しないので、泡?が出るまでしばらく放置した後、薬草を入れていき、しっかりと混ぜます。
とりあえず20分煮込んで、素手で触れるくらいまで覚ましてから容器に移して完成!
それを全ての薬草バージョンを作成したので、いつもより夜遅くまでかかってしまった。流石にカミナリ草、ハイドク草、グーグー草は効果が強すぎるだろうから、墨汁に入れなかったけど。
とりあえず今日は夜遅いので寝るか。
何に何が入っているのかを記した後、従魔のみんなが届かない棚に入れて寝ることにした。
次の日。
札を作らないと効果もわからないかと思い立ち、朝の鍛錬の時間の最初の時間を札作りに集中した。
満足する札ができたので、嬉々として朱基さんに見せに行けば……。
「はあああ?!!」
思わず耳を塞いでしまうくらいの大声で叫ばれるだなんて、その時の僕は思ってもいなかったのだった。
「れいちゃんの発想力には参ったよ。普通、良い言葉を探すかと思っていたが、調合の要領で墨汁を加工するだなんて思いつきもしなかったわい」
まだ耳が痛いけど、冷静を取り戻してくれたようで何よりです……。
「結果から言おう。この墨汁は、十分に札術と札結界に効果を発揮する。いや、むしろこの二つのスキルを効率よく発揮するじゃろうな」
その言葉に、僕は首を傾げる。
「この墨汁で、《三天》と書くとする。それだけで防御に追加して、回復やら麻痺状態やらが付加されるんじゃよ。……今まで札の枚数が必要だったことを、墨汁の加工をすることで解決したと言うわけじゃ」
あー、なるほど。
すごーい! と拍手していると、軽く手刀される。
「他人事のように関心してるがな、それをしたのはれいちゃんじゃよ!」
「大した発想じゃないでしょう? 札術は付加を与えるスキルと思ったので、状態異常をつけられるんじゃないかと思ったんです。つける手段は調合しか思いつかなかったので、液体である墨汁を加工しただけですよ?」
大したことしてないよね?
「……大した発想であること理解させる方が難しそうじゃ。儂が諦めよう。とりあえず、れいちゃんが作ったこの札は問題なく使える。この調子で枚数を作って、スキルレベルをあげるように」
ん? まてよ。
「状態異常を付与できるなら、状態異常回復も付与できるのでは?」
これは早速試してみなくては!
朱基さんが苦笑いしていることに気付かないくらい、僕は札にいかに付与をつけられるか、夢中になっていた。
結局、朝の自主練の時間を札作りに費やすことになってしまったのだった。