許せないよね? その3
僕はそれから、不眠不休で働いた。
あまりに隠れ蓑が多くて、全てを回りきった頃には正午になっていた。眠れていないから、僕はとても機嫌悪い。
僕の目の前には、主犯のあの女性。
なんで、私だけが捕まるのよと喚いている。
……ぷちっ、と何かが切れたような気がした。
僕はナイフを手の甲に突き刺せば、彼女は泣き喚く。
「聞いている限り、実際に死に至ったくらいの扱いをしていたと聞いてるよ。……それくらいのことをしたのに、捕まらないと思ってたんだ? 死に至るような悪事を働いたなら、最期は自分の命を覚悟するくらいの気持ちでいろよ。小悪党が!!」
出血はしない、これは朱基さんが用意してくれた傷口を火傷状態にしてくれるナイフだから。
痛みからか、わからないけど主犯のこの人は白目を剥いて気絶してしまった。
『おめでとうございます、威圧を獲得しました』
うん、なんでこう言う場面だけはスキル獲得アナウンスが流れるのかな? 空気を読んだのかな?
なるほど、威圧を使ったから、この人は気絶したのかな? 威圧に弱すぎでしょ。……まあいいや。
「お父様、この人どうなるんです?」
「魔物の売買自体は違法ではないが、奴隷紋を魔物を使った時点で幽閉。奴隷紋を人相手に使ったことで死刑確定だろうな。……人相手の虐待は罪に問えるが、魔物相手の虐待は……、今の時代では罪に問えない。悲しいことに従わせるために、力で調教すると言う考えが根深くあるからな……」
魔物の虐待が罪に問えない……?
「力で従わせたところで、発揮できる力なんて8分の1程度でしょう?! なぜ、正当法として認められているのですか!!」
暴力で従わせると、従魔は能力が低下する。僕が読んだ本の多くに記されていた。
それなのに、なぜ正当法として認められているのかがわからない。
「強きものは、強さを見せないと従えないと言う可哀想な考えしかできないのさ。……魔物だって、人と同じく心を持つだなんて考えもしてないんだよ、悲しいことにね」
……苦しそうに話すお父様を問い詰めたところで、魔物たちの立場は変わらない。僕は、ぐっと怒りを抑え込んだのだった。
寝ずに半日活動していたためか、僕は1日半ぐっすり眠りについていたようだった。
「起きたみたいだね、お疲れ様。今回の働きで、零が冒険者ランクがHからEまで上がったとギルドマスターから報告を受けたよ」
出来るだけ安全にことを進めるための提案と、魔物や子どもたちの保護くらいしかしてないのに。
僕は一切戦っていないのに、なぜ? って顔に出ていたらしく、教えてくれた。
「零は十分に貢献したよ。怪我人もなしに、今まで血眼に探しても見つけられなかった組織を捕まえたんだランクが上がってもおかしくないんだ。他にも、零のようなランクの上がり方をした人はいる。
零は他にも、冒険者が苦手な面をカバーしてるからな、貢献度は高いぞ」
ん? 冒険者の苦手な面をカバー?
「強面で怖がられるんだよ、子どもたちに。
今回、冒険者のライセンスを持って活動した場合、依頼を引き受けたとみなすと事前に告げていたんだ。だから、零を特別扱いしたわけじゃないよ」
そうは言っているけど、戦闘力を持たず回復ポーションを納付する形でしか依頼を達成できない僕への気遣いなんだろうなぁ……とは思う。
「零は、季水の暴走によって冒険者ギルドの説明を聞いてなかったな。依頼を受けたことにより、死者が出ることを最小限にするため、ランクシステムと言うものがあるんだ。
ランク分けとしては下からH、G、F、E、D、C、B、A、S、SS、SSSの11段階があって、7歳未満のためにHランクが存在するんだよ。で、零はさっきまでHランクだったんだが、Eランクまで上がったってことは理解できたか?」
うんうんと頷けば、優しげに笑ってくれた。
ちゃんと実力を認められた上で、3段階ランクアップしましたぁ!! はい、拍手ー!
最初は貴族だから貢献が認められたと思ったけど、このランクアップの仕方をしたのは、僕だけじゃないらしく一安心。
「それにな、飛翔靴で飛んでただろう? そこから、妖精軍師って言われているみたいだぞ」
と聞いた時には、顔から火が出るような思いをしたけどね。
長年、捕まっていなかったようで懸賞金は、馬鹿みたいに高い金額になっていた。
僕が2、朱基さんが2、季水くんが2、冒険者たちが4で分けるらしい。たくさんの冒険者が参加したので、僕たちよりも取り分が少なくなってしまうみたいだけど。
「それで、光帝から謁見の招待が来ている」
ふーん。
「興味ないですね、むしろ行きたくないです」
そう告げれば、僕の頭を優しく撫でながら、「そうだよな」と言うだけだった。
あっ、そうだ!
「聖獣に会わせてくれるなら行くことも考えてあげてもいいかもしれないです!」
思いつきでそう言えば、咎めることもなく、「そう告げておくよ」と言って僕の部屋から去って行ったのだった。
「返信が来たのか!!」
参加しないだろうと思いつつも、送らないわけにもいかないので、形式上招待状を送ったが、まさか返信が返ってくるとは思わんかった。
これは歴史的快挙だな、と思いつつ、軽い気持ちで開いたのが悪かった。
「末っ子に、聖獣に謁見させると約束するならば参加しても良いだと?! アイツは何を考えておるんだ! 聖獣は、王族以外では癒しの位のみに謁見が許される存在だぞ。返信が来ても、自由加減が伺えるとは……、胃が痛い……」
緑水の位に不敬罪は当てはめてはならない、緑水の位はこの国を成り立たせるには必要不可欠な存在だ、寛大な心で接するべき。
頭の中で唱え続け、言い聞かせる。
なぜ、緑水の位が必要不可欠な存在だと言うことはわからないが、代々守ってきたことだ。私の代で破るわけにはいかない。
……どう断るべきか。
『断る必要はない、その末っ子とやらに会えば良いのだろう?』
……相変わらず気配がない。
「ですが、今まで貴族の謁見を癒しの位以外には会わせないと断ってきたのです。それでは、今の断り文句が今後の断り文句が……」
『有栖家の末っ子とやらは、有栖家の中でも随一魔物に対して愛情深いと聞く。奴隷紋を外し、心のケアも引き受けているのは末っ子だろう。魔物よりも上の存在として感謝を述べなくてはならない、あくまでも我の要望として突き通せ。良いな』
聖獣が光帝の側にいるのは、あくまでも初代光帝からの恩恵であり、私に従っているわけではない。だから、これからもここにいてもらうためには、機嫌を損なうわけにはいかないのだ。
……はぁ、胃が痛い。
貴族と聖獣に挟まれて、居心地が悪いよ。
「わかりました。そのように伝達します」
……これで、テイマーの従魔に対する対応が良くなれば良いんだけど。そう簡単に変えられていたら、苦労してないよなぁ。
思わず深いため息をこぼす。
『お前に苦労をかけているのは重々承知しておるが、今回ばかりは避けられない。我は歴代の緑水の位も見ておるが、こうした場に訪れた試しがない。今回、緑水の位がきたことはお前にとっても箔がついて良いだろう』
それはそうなんだが、後々の対応を考えると遠い目をするのは避けられないと言いますか。
ため息をつくのが止められない。
公の場に来ない以外はどの貴族よりもクリーンな貴族だから、そこは心配してないのだが。いかんせん、突拍子もないことをする家系だから、何をしでかすか今から胃が痛い。
「頼むから大人しくしていてくれ」
胃を押さえながら、返信の手紙を書き上げたのだった。