許せないよね? その2
この煙は、グーグー草を眠らない程度に調合したもので出来たもので、爆音にさせたのは僕たちが安全に入れることを目的なんだ。それと、朱基さんと季水くんが正面突破したのもね。
だから、寝不足な朱基さんに仮眠を取らせたわけ。加減はしているものの、寝られては困るからね。
初めに、奴隷紋がある人を無抵抗にしてから作戦開始したのは、被害者を巻き込まないため。
あとは、逃げられた時に他に隠れ家がないかを知るための情報源でもある。
だから、集合場所にはお父様が待機しているよ。
……奴隷紋から解放させる力を持つ、教会の人間と一緒にね?
逆らえないからって、何か色々話していて、いっぱい知ってそうじゃない?
「……陽動作戦上手くいっているみたいだね」
「えぇ、まずは魔物と奴隷にされている人の保護が目的ですからね」
そう、あくまでも優先されるべきなのは命だ。
恐らく、奴隷に対して栄養を与えるような人間だったら、そもそも奴隷にするわけがないんだ。
僕の考えは甘かったんだと、目の前の光景に言葉を失うことになる。
きついアンモニア臭と獣の臭い、そして飛び回るハエ。僕は絶句した。
「……ゆう、クリーン使える?」
「お任せを」
自分がいかに優遇されていたのかを改めて実感した瞬間だった。
自分に彼らをきれいにする術があれば、ゆうの負担が減るのに。
自分にこの空間と彼らをきれいにする術があれば、彼らの死んだような目が少しでもハイライトが戻るんじゃないかって言う思いが巡る。
……助けたい、この人たちを!
『おめでとうございます、後天性スキルの清潔変化を覚えました。
取得条件が厳しい代わりに後天性のスキルにしては効力か強く、アンデット系の魔物に使用すれば、先天性スキルである浄化には劣るが、防御力を下げることが可能です。
衣服や体を清潔にもすることが可能でもあり、薬草にも可能でありレベルが上がれば、無菌まではいかないものの、空間の洗浄も可能なため、医療行為にも効果的とされています。
浄化では無菌状態、アンデット系の魔物の制圧が可能となるなります』
空間の洗浄も可能……?
「……空間清潔」
僕は小さな声でスキルを使う。
すると、見る見るときれいになっていき、臭いも彼らの汚れもマシになっていった。
ゆうは驚いたように、僕の方に振り向いた。
僕が、厳しい条件をどのようにクリアしたのかはわからなかったが、これでお父様がいる安全な場所に連れて行くことができる。
奴隷紋があるからだろう、牢屋には入れられていなくて運が良かった。
僕は朱基さんに作ってもらっておいた、従魔を別空間にいてもらうアイテムに魔物たちを移動することにする。
怯えている子たちを宥めながら、入るように誘導しているため、時間がかかってしまう。
その様子を見てか、怯えていた子どもたちも宥めるようになってからはスムーズにことが進むようになったから、助けられたよ。
「……待たせたね。僕は有栖零、緑水の位につくものの次男です。君たちに酷い目に遭わせた、奴らを懲らしめにきたよ」
そう告げれば、溢れ出すかのように涙が流れた。大きな声で泣くのではなく、静かに泣いていた。
泣くことが初めてかのように、戸惑ったような顔をしつつ、どこか安堵したかのような顔をしていた。
心を殺さなければいけないくらいに悪環境にいたんだと言うことに頭に血が上りそうになるのをなんとか抑え込んだ。
この子たちも、安全な場所に移動させるために、それぞれにハンカチを渡して先導して外に出る。
……ここにはスライムがいなかったな、じゃあどこにあの子の弟が……。
そう考えながら、出口に出ると同時に僕を庇うようにゆうが目の前に立った。そして、刃物と刃物がぶつかるような音がした。
「へぇ……? 騙されたわ、最初から私を捕まえるのが目的じゃなくて、魔物や奴隷を解放するのが目的の作戦だったのね」
……気持ち悪い、そう思った。
声が震えそうになるのを抑えて言う。
「そうだけど、なに? まあ、あんたみたいなの野放しにしていたら、いたちごっこになるだけだから、逃すつもりもないけど。助かったよ、あんたの方から現れてくれて」
ゆうたちの事前報告によると、この山賊のトップは女性だと言うことも聞いている。庇われているのを見ると、彼女がそのトップであると見て間違えないだろうと思う。
「あんたらみたいなガキに何ができると言うの?」
その一言に、僕はおもむろに時計を見て、そろそろかと呟いた。
「僕の警護は過剰戦力なんだよね、とだけ言っておくよ」
言った瞬間、今まで姿が見えなかった山賊のトップが横方向に飛ばされて行くのが見えた。
「それでは零様、集合場所に行きましょうか。あとはゆうと朱基様、季水様に任せましょう」
僕のお仕事終了を告げる一言だった。
これから先は、僕はお荷物になってしまうからね。捕まっていた子たちの心のケアをするのが、これからの僕のお仕事だ。
遠くから「待ちなさいよ!」と言う声が聞こえてきたが、すぐにカエルが潰れたような声が聞こえたのでゆうが押さえ込んだんだろう。
ゆうと一対一か、可哀想に。
彼の戦闘能力を上回る人なんて、そうそういないからさ。一方的な戦いになるんだろうなぁ、と少しだけ同情したのだった。
「橙色のスライムの弟らしき魔物、いなかったんですよね。確かに、一昨日には反応があったのに」
朱基さんの鍛練のおかげで、僕は問題なく走れているが、奴隷であった期間が長いのか栄養失調で思うように動けない子が多く、休憩を挟みながら3時間かけて集合場所まで向かった。
すぐに回復魔法をかけられて、奴隷紋を外される光景を遠目から眺めながら、お父様に話しかける。
「もう一度探索をかけてみなさい」
言われるがまま、僕は探索をかける。
すると、なぜか一昨日には山賊のところにいたのに、山頂に反応があったのだ。
……もしかしたら、奴隷紋をつけられる前に逃げ出せたのかもしれない。
「……山頂に反応があります」
そう告げれば、お父様は視線だけ琉陽に向け、それに頷く。次の瞬間、僕は所謂お姫様抱っこと言う持ち方をされて、は? と思った時には、もうかなりの距離を移動されていたのだった。
「反応があったのはこちらの方向であってますでしょうか?」
涼しい顔してそう聞いてくるもんだから、僕の周りにはチートと呼ばれるような人ばかりだ、と考えることを放棄した。
「……あってるよ」
僕は抵抗せず、現実逃避をするかのようにすごいスピードで流れて行く景色を、ただただ眺めているのだった。
何分もかからなかったと思う。
若干酔いを感じながらも、目の前の光景を見た瞬間それが吹き飛ぶかのような光景が広がっていた。
「……桜だ」
何年ぶりに見ただろうか。
言われるがまま、外出は必要最低限しかしていなかったから、桜なんて見る機会なかった。
儚さのある美しさに目を奪われると、木の枝が不自然に揺れて、何かがこちらに向かって飛んできたから思わずキャッチした。
……桜色のスライム?
「君が、橙色のスライムの弟?」
「んぱぁ!(おにいちゃんのにおいがする!)」
質問に答えてはくれていないが、どうやら橙色のスライムが探していた弟と言うのは、この子だと言うことがわかって一安心だ。
僕が頭? を撫でてあげれば、猫のようなうっとりとした顔をした。……かわいい。
「奴隷から解放された人間によれば、隠れ蓑にしていたところは複数あったようです。
有栖家が傷ついたり、仲間外れにされた魔物を引き取っていることを利用して、有栖家の領土を中心に隠れ蓑を作っていたようです。……無事、全ての隠れ蓑の制圧が終わったようですよ。
零様には、冒険者にはできなかった魔物の移動を手伝ってほしいそうです」
それは、この子と戯れている場合じゃないね。
さて、もう一仕事と行きますか。