新しい同居人
「零っ、こっちに来てくれ!」
お父様が懸命に励ましたおかげで、いつもよりは元気はないけど、元に戻りつつある季水くんに呼ばれた。
季水くんのせいだと思ってもいなかったから、本調子に戻りつつあることにほっとする。
「なに?」
やっと、ベッド生活から卒業したので、屋敷内なら動くが許されるので、素直に季水くんの後に続いた。
僕の部屋から直接外に出ると、僕は絶句した。
「こっ……、これ、どうしたの??」
森が広がっていたはずなのに、菜園ができるくらいに更地ができていた。
右奥には、ちょっとした家くらいの温室があって。
「おべんとう? のお礼だ!! 滅多にわがまま言わないから、俺の貯金から奮発した!」
……うれしい、うれしいよ?
でもね、あの一言がここまでのものを与えられるとは思わないじゃない?
しかも、お弁当一つのお礼がこれよ。
「……やりすぎだよぉ、季水くん……。でも、ありがと。今度から、いくらかけるか相談してほしい」
この人、僕がおねだりしたら、見境なく叶えてしまいそうで怖い……。
「すまん!! 今度からそうする!」
不幸中の幸いは、兄が素直な性格だってことだよ。
「……そうして。早速、植えたいやつがあるんだけど、僕は安静にしてないといけないし……」
ちらっと見れば、満面の笑みで頷いた。
「兄に任せろ!」
季水くんは嫌がりもせず、言われるがまま力仕事をこなしてくれた。
そのお礼に、軽食を作ってあげました。……これは労働の報酬だから対価はいらないからね、と釘を刺して。
「もう芽が出てるとは、さすがは有栖家でも成長スキルの才能が強いだけあるのぅ」
いつのまに来てたの、朱基さん。
それにしても気配がない人だ。
「これが普通じゃないんですか?」
てっきり、皆これくらいの速さで芽が生えると思っていた。
「いいや、玲亜も季水も、一番成長スキルが強いのはれいちゃんだと言っておった。種をまいた瞬間に芽が生えることはないとのぅ」
僕にも、2人よりも優れたところがあったとは思わなかった。
「れいちゃん、お前さんは優秀だよ。あの2人とは才能が違うだけのこと、劣等感を感じる必要はない」
……心、読まれた?
「そうだぞ! 俺よりも、誰かを思って行動できる子だ! 誰にでもできることじゃない! 零は優秀だぞ!」
苗を運んでもらっていた、季水くんがちょうど戻って来て僕に対してそう言った。
言われて気づいた、僕は案外攻撃や防御スキルに恵まれていなかったことに対して、気にしていたんだと。
「ありがとうございます、2人とも」
朱基さんにも手伝ってもらい、1日で理想の菜園と温室を完成できたことに僕は大満足したのだった。
※※※※
貴族は、嫌いだ。
おれたちから、大切な人を奪った。
運良く生き残ったおれたちは、たらい回しされそうになった。それも、親を奪った貴族のせいだった。
それが、されず孤児院にいれているのは、とある人のおかげだった。
「ならば、有栖家の領地で引き取ろう」
多分、玲亜様はおれが影から見ていたことなんて、知らないと思う。
奪ったのも貴族だったが、救ってくれたのも貴族だった。その後、その人はついでとばかりに、悪事を働いた貴族も断罪してくれた。
貴族は嫌いだ、でもこの人は信用しても良いかもしれないと思った。
季水はよく、子どもが喜びそうなものを持って現れた。おもちゃやお菓子、絵本とか。あとは種とか薬草とかも持って来てくれた。だから、子どもに人気が高かった。
最初は正直、冒険者だと思っていたが、シスターの態度があまりに腰が低かったので、有栖家の人間だとピンと来た。
おれは正直、季水が持って来たものに興味が持てなかった。それは他の兄弟も同じ。それに気づいた季水は、
「何が欲しいんだ? 他の子ばかりに与えていては不公平だろう?」
「本。勉強できたり、孤児院の助けになるような本」
おれたちを喜ばせようとしてくれた。
何を要求したところで、呼び捨てで呼ばせるような季水が怒るわけがないから、躊躇いなくねだった。その様子を見て、シスターは慌ててたけど、季水は歯を見せて笑うだけだった。
次の日、季水は来なかったが、たくさんの本が届いた。その日から、おれたちはその本に夢中になった。
本当は孤児院に入れるつもりだったが、おれらはポーション作りに励んだ。独学だから、収入は微々たるもんだが、お小遣いができた。
冒険者ギルドに行くようになって、衣服代が浮くようになったのは思わぬ収穫だった。洗ったり、修繕したりするのは大変だったけど。
ポーションを納品しに行く際、その日季水と穏やかに笑う子どもがいた。あれが、噂の零様って人か、と影から観察する。
その人は、見ていて不思議とほっとする人だった。
それに、季水と同じように自然と援助をしてくれる人だった。ポーションや薬草を、自分の収入から引いていいから孤児院に安く売ってくれとか、せっかく綺麗にした衣服をそのまま寄付してしまうとか、もうお人好しが出来上がっている。
ダメ元で、修繕の仕方を聞いた時も躊躇わず教えてくれるような優しい人だ。
おれらの事情を聞いて倒れたと聞いたときには、同情するな、と思ったが、季水から倒れた理由は覚えていないから一切口に出さないと約束してくれと言われた時には、驚いた。
零様は傷ついたまま生まれた人で、おれらの事情とその傷がだぶっただけで、同情されたわけではないと知り、何故か安心した。
次の日、おれらのステータスを測りたいと玲亜様と朱基と言う人が来た。
2人が言うには、零様がおれらの才能を見出し、ステータスを測らせてあげてほしいとのことだった。
おれらの可能性が何か、不思議だった。おれは首をかしげた時、朱基と言う人と目が合う。……なんか、見透かされてそうで、思わず目を逸らせば、一瞬ニヤッと笑ったような気がした。
「玲亜、すぐにステータスの解放に移ろう。この子たちを学園に行かせないのはもったいない気がしてならない」
その一言で、ステータスの解放が決まった。
結果、おれが賢者の素質があることがわかり、朱基って人の弟子になることになった。
有栖家以外の貴族が信用できないおれらは、水化家の養子の件を保留にして、とりあえず有栖家の屋敷に滞在することになってしまった。
準備期間は3日。その間に、できることを済ませておかないと。
3日後、おれらは馬鹿みたいに広い森の中にある屋敷に来ていた。華美とは言えない、質素で上品だけどシンプルな屋敷だ。
「いらっしゃい、良く来たね」
この前よりもだいぶ顔色が良くなった零様が出迎えてくれた、おれらの頭を順に優しく撫でながら。
「案内しよう、ついておいで」
優しくおれの手を取った。大体は咲乃の手を取るのにどうして? と動揺し、咲良の手を思わず取る。それを見て、穏やかに笑って繋いでない方の手を咲乃と繋いで歩き出した。
書庫や食堂、全て包み隠さず紹介してくれたあと、零様は自分の部屋まで向かい、外に出た。そこに広がるのは、豊かな菜園と温室。
「ここはね、僕の趣味のスペースだよ。今日から君らは僕の弟みたいな存在。ここにあるものは使いすぎない程度なら、自由に使っていいからね」
とにっこりと笑う。
自由になんて、使えるわけがないっ!
有栖家でも、品質が高いものを育てると言われている零様が作ったものを気軽に使うなんて、そんなことできない!
「……君らにはね、可能性がある。それを伸ばすお手伝いがしたいんだ。その先行投資みたいなものだよ。それでも気になるなら、僕が困っている時、その時助けてくれたらそれで良いよ」
零様は穏やかに笑うだけだった。
先行投資とは何か、わからないけど零様が損しないと見えているなら止めようがなかった。
「ありがたく使わせてもらいます……」
最後に、おれらの部屋に案内してもらい、解散となった。
「れいさまってふしぎな人だねぇ、ぼくらと一つしか変わらないのに大人みたーい。まるで、咲斗とはなしているみたいだったぁ」
咲乃にそう言われて、おれは気づく。
そうか……、おれは3歳にしては難しいことを理解できすぎてしまうんだと。話していて、零様はそれを感じ取ったんだ。
それに、咲良も咲乃も、他の3歳児と比べたら賢すぎるくらいだ。だから、年が近い零様はそれに気付けて、ステータスを解放するように頼んでくれたんだろう、と納得した。
「……やっと、ちゃんとした先生に学べるんだ。こんな贅沢なことはない、頑張ろう」
貴族の養子になるかはおいといて、こんな機会をもらえたんだ。頑張るしかない。
「「はーい」」
それからとりあえず、孤児院から持って来た荷物を整理することにしたのだった。