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トラウマ対策


 馬車に乗れなくなった、理由はわからない。

 なぜか、だるくて動けない身体と、しょぼーんとした顔して安静している僕から離れない季水くん。

 季水くんに、何か聞いたことは覚えているが、内容は覚えてない。それでも、彼のせいだとは思ってないから、時々泣きそうな顔をするから「大丈夫、季水くんのせいじゃないよ」と慰めた1日が過ぎ。


 お父様と朱基さんが部屋にやってきた。

 ちなみに、季水くんは一緒のベッドにお泊まりした。落ち込んでて可哀想なので、特別。

 だから、今も僕のベットに椅子を引き寄せておき、頭を伏せて落ち込んでる。


「ふむ、自分のせいではないと言われてもすぐに立ち直るのは難しそうかのぅ。人生、挫折はつきものじゃ。上手く折り合いがつくまで、落ち込むが良い。まあ、あまりれいちゃんの部屋に入り浸るのはよしなさいよ」


 とんとんと背中を優しく叩いて言う。

 そんな朱基さんの手には、靴のようなものがあったのが目に入る。


「それはなんですか?」


 前世の、小さな車輪が付いた靴に似ているような気がするけども。見た目は短いブーツみたいな、靴。


「これは飛翔靴と言うアイテムじゃ。昔、魔法道具で生計を立ててたときに作ったんじゃが、コントロールが難しくてのぅ。お蔵入りになったアイテムじゃな。これなら、街に行くくらいの移動なら十分じゃからの。これを鍛錬の時に練習しようと思ってな、見せに来たんじゃ」


 朱基さん…! お父様…!


「ありがとうございますっ! 頑張って練習しますね!」


 感動してうるむ目を拭って笑えば、2人は微笑み返してくれた。


「良い良い。飛翔靴以外にも、アイテムがあった記憶があるからの、休みの日に探しておくから待っておれ。……馬車は乗れなくとも、馬には乗れるかもしれんからのぅ、アイテムでリハビリしてから挑戦してみような」


 そう言って、何も置いていないサイドテーブルに飛翔靴を置いた。


「はいっ!」


 馬車が乗れなくても責められず、違う提案をしてくれる大人が周りにいることに、心の中で感謝する。それに、これで季水くんの落ち込みも軽くなるのではないかと思った。


「季水くん、僕出かけられるって!」


「ゔん……」


 半泣きした声で、返事が返ってきた。

 んー、しばらくダメそうだなぁ、と思わず苦笑いをする。



「季水、話を聞いてあげるから私と一緒に来なさい。ずっとくっついていたら、零の身体が休みたくても休めないだろう? 今日一日話を聞いてあげるから、こちらにおいで」


 その言葉に何も答えずに、ふらふらとおぼつかない足取りで向かい、音を立ててお父様に飛び込むように抱きついた。

 そんな季水くんを愛おしそうに微笑むお父様。

 2度目の父が、お父様で良かったと改めて思った。



 2人が出て行った後。


「季水はメンタルが強すぎる方なんだが……、あそこまで落ち込ませるとは、零大切にされてるな」


 季水くんは、猪突猛進な性格はしてるけど、誰かを意図的に傷つけてまでその性格を貫こうとしている人ではないことはわかる。だから、なんで気絶していたかはわからないけど、僕の心の問題なんだと思う。

 だから、申し訳ないことをしてしまったなとしか思ってない。季水くんのことを責めようだなんて、全く考えてなかった。


 朱基さんの言う通り、僕は有栖家の皆に大切にされていると思う。だから、季水くんが僕を傷つけようとしたなんて、思ってもない。


「そうですね……」


 今度こそ、家族と日々を大切に過ごしていきたいのだ。……今度こそ? なんで、今度なんて思ったんだろう? まあいいか。


「いつから鍛錬再開します?」


 せっかく鍛えたのに、感覚が鈍ってしまうよ。


「それは、玲亜と要相談じゃな。決まったら、伝えよう」


 皆過保護だなぁ……。

 別に、調子悪くて倒れたわけじゃないのに。

 でも、悪い気はしない。大切にされているようで、とても嬉しいとは思う。



 次の日には体の調子が戻った。

 でも、何となく精神的にしんどい感じがするので、来客の時間まで横になっている。

 ちなみに、季水くんは本調子ではないけど、勉強が再開できるくらいにはメンタルが回復したようだ。良かった、良かった。


 来客とは、孤児院の三つ子と先生が来てくれるらしい。聞いたところによると、3人ともとても器用な子なんだって。

 前世を合わせないと、歳の近いこと会うのは初めてのことなので、会うのが楽しみだ。三つ子は僕の一つ下らしい。


 僕は前世があるから、あれだけど3歳の子が裁縫を手伝えるなんて凄い子たちだ。


 ドアをノックする音が聞こえた、噂をすれば何とやらってやつか。「どうぞー」と許可を出せば、ゆっくり開かれる。



「こんな格好でごめんね。覚えてないんだけど、パニックを起こしちゃったみたいで、安静にしてなさいって言われちゃって。皆さん、こっちにきて。道具はそこに用意してあるから」


 僕の目の前には、団子のようにくっついた三つ子の男の子達と萎縮したシスターの格好をした女性だった。

 ……無理もないか。有栖家はトップである光帝の家系の次に偉い、4代貴族プラス宰相家系・癒しの位の中に入る貴族。

 公の場以外では、立場を気にしないと有名でも、警戒されるのは致し方ないこと。学んでいる限り、彼らが恐れている振る舞いをする貴族の方が多いのは確かなのだから。


「貴族の屋敷にいるのは緊張するでしょう? 始めようか」


 三つ子が僕を見つめる目は、虚無だった。きっと、彼らは他の貴族に酷い目に遭わされたのだろう。信頼されないのはしょうがないことだと思う。


「そこに、清潔草があるでしょう? 2Lの水が入っているから、2枚入れて。1Lあたり1枚が適量だよ」


「……1リットルって?」


 ……民の中には、勉学に困るくらいに生活難なところもある。知識が得られることを、当たり前だとは思ってはいけないね。反省。

 水やりを、計量カップでやってるから、まず100ml入れて三つ子に見せる。


「両手の指が何本あるかわかる?」


「わかる、10ぽん?」


 数は数えられるみたいだけど、単位数まではわからなかったみたいだね。3歳で数を数えられるだけでもすごい。


「ここに入っている水は100mlです。1Lは、このカップに入っている水が、両手の指と同じ個数分の水の量のこと。つまり10杯必要ってこと」


 逆に難しく教えちゃったかも。

 教えるのは難しい……。


「おぼえた」


 三つ子のうち、1人がそう呟いたのか聞こえた。……頭もいいのか、うちの孤児院は子どもたちにちゃんと学ぶ機会があるのか、あとでお父様に聞いてみよう。


「すごいね、よくできました。じゃあ、水の中に清潔草を入れてくれる? そうそう、次はそこにあるあわあわの実をすり鉢ですって泡立てて」


 そう指示していくと、覚えたと呟いた子ではない子がすっていく。……どうやら、この三つ子は役割分担をしているみたいだ。

 覚えた、と言った子は何かメモを取ってるし。


「それくらいで良いよ。そしたら、先に普通の水を使って泡立てた泡で洗って、清潔草を入れた水の方で泡を落とせば綺麗になるよ。……とりあえずそれは干しておこうか」


「ドライ」


 メモも、作業もしてない子が洗ったばかりの洗濯物に生活魔法をかけて乾かした。

 ……なるほど、だから3人一緒にここに来たわけか。それぞれできることは違って、彼らは支え合って生きているのだ。


「……じゃあ、乾かしてくれた洗濯物で作業をしようか。まず、お手本を見せるから見てて」


 季水くんが着なくなった冒険用の服をあらかじめ洗って用意しておいたのだ。……まあ、結局屋敷にきてもらうことになってしまったが。

 慣れている作業だから手早く終わるけど、目的は彼らに補正のやり方を教えることだから、ゆっくりめにしないとね。


 穴が空いているところは、新しい布を当てて補正し、縫うだけで何とかなりそうなところはなるべくつらないように縫っていく。

 それを三つ子にガン見されながら作業する。

 ……一生懸命でかわいいなぁ、と和やかな気持ちになった。


「……こんな感じで補正するんだけど、もう一回見とく?」


 三つ子の中の1人が首を振った。

 洗ったばかりの洗濯物を手に取り、僕の見せた通りに補正して見せてくれた。

 ……天才気質だなぁ、この子達。ちゃんと教育を受けさせたあげたい。

 僕にはどうしようもできないから、お父様と朱基さんに頼んでみようかなぁ。


「よくできました。体に覚えさせるために、残りの洗濯物の補正もやってみて」


 それに、その子はコクンと頷いて、残りの補正も全て終わらせた。終わりの頃には、僕と同じくらいの早さで仕上げられるようになったのだった。



「そう言えば名前を聞いていなかったね」


 なるべく穏やかに、笑みを浮かべて尋ねる。


「長男、咲良」


「次男、咲斗」


「三男、咲乃」


 ようやく声が聞けた。

 そのことに、シスターの格好をしている女性は驚いたような顔をしたが、すぐに穏やかに笑って、お礼を言って三つ子と共に帰ったのだった。



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