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傷ついた心

10万文字行くまで、平日毎日投稿です。


「零」


 お風呂に入った後、廊下をうろうろしていたところに声をかけられる。お父様だ、なんだろ?


「ギルドで、洋服を修復したらしいな。依頼として、孤児院で修復の仕方を教えて欲しい。依頼料は私が出すから、明日の午前中に行ってくれないか?」


 それはいいんだけど、一つ心配事がある。


「季水くんの勉強の見張りがあるんですけど……」


「脱走したら、遠慮なく叱ってやっていい。不潔だと、その分病気もしやすくなる。緊急性が高いから、行ってくれないか」


 なら、いいか。僕も孤児院の状態は気になっていたし……、依頼料がなくても行くつもりなんだけど? なんで依頼料?

 僕は首を傾げる。


「どうした?」


「依頼料がなくても行きますよ?」


 別に隠しておくほどの技術でもないし、そんな風に考えてると、お父様は真顔になった。


「依頼として行きなさい」


 理由は言わなかった。それでも、いつもなら妥協案をくれるお父様がそうしないのだから、何か理由があるのだと思った。僕は、素直にその言葉に従うことにした。



 その理由は、次の日見送りに来た季水君によって明かされる。


「それは、貴族の慈善事業を嫌う三つ子がいるからだろうな。あいつらは別の街の貴族によって、兄弟以外の家族を失っているから……」


「……何をされたの?」


 聞いてはいけない、そう思ったのに僕は季水くんに尋ねてしまった。


「馬車の事故に見せかけて、家族を奪われた」


 ヒュッ、と喉が鳴る。

 ……事故、その言葉に僕は息が吸えなくなった。

 広がるのは、真っ赤な視界と動かなくなったお父さんとお母さんの姿。


「うああああ!! いやだぁぁ………!!」


 自分の意思関係なく涙が出て、僕は気を失った。




「俺のせいで、零が! 零が!」


 珍しく動揺し、涙を流す季水を私は抱きしめて落ち着かせる。


「季水のせいじゃない。あの子は大人びていて、事情を知っても大丈夫だろうとたかを括って季水に口止めしとかなかった私に責任がある」


 それでも、俺が! 俺が!と言うのをやめないこの子を、落ち着かせるために背中をさする。


「いや、儂が言わなくても大丈夫だろうとこのことを話しておかんかったのが良くなかったのかもしれんのぅ」


 ……相変わらず気配のない人だ。


「と言うのは?」


「この子は、魂が保てているのが不思議なくらい傷ついた魂の子なのじゃよ。……そうか、事故で家族を失った経験がある魂の子だったんじゃな。今回の発作は誰もトリガーが分からなかった、運が悪かったんじゃよ。誰も悪くない、あえて悪い奴をあげるとしたら言わなかった儂じゃ。……悪かったのぅ、嫌な役割をさせてしまった」


 魂が傷ついて生まれる? そんなこと、あり得るんだろうか?


「この子は何も話さないが、恐らく転生者じゃろう。無駄に長生きしているから何人か見たことがある、ここまで魂が傷ついた子を見たのは初めてじゃが、転生者は必ず前世の傷を負ったまま転生してくるからのぅ。記憶があるからこその後遺症じゃろう」


 ……転生者。聞いたことがある。この世界にない知識を、この世界にもたらす存在。

 現に、零はおべんとう? やら、たまごやき? やら、さんどうぃっちやら、四角いフライパンの存在を披露している。

 本人は、本で見たと言っているが、私が知っている限りそんな本はない。だからこそ、零が転生者であることに納得できた。


「だとしても、この子は私の子であることはかわりません。心の傷は完全には癒せない、この子の心に負担がかからないようにするだけです」


 側にいた零を崇拝するゆうと琉陽に、


「転生者として接するのではなく、いつも通りに接するように。零が転生者である可能性をけして広めてはいけない、これは命令だ」


 滅多に命じない命令をする。命じたくはないが、きっと転生者であることを知られるのは零が望むことではないだろうから、愛息子のためなら嫌いな命令も喜んでしよう。

 そんな命令に、二人は即答で「ハッ!」と言った。


「……季水」


 今だに私の腕の中で自分を責める、季水に朱基さんが話しかけると、責める声が止んだ。


「れいちゃんは、お前のことを責めないよ。むしろ謝ると思う、そう言う子だ。

……季水、この子は傷ついている。それはもう孤児院の三つ子と同じくらいに、もしくはそれ以上に怖い思いをしているかもしれない。そんな思い、大切な弟にさせたくはないだろう? ……病死以外でれいちゃんを置いていくな、それだけでれいちゃんの傷の痛みは和らぐ。それだけでいいんだ」


 ……珍しい。

 朱基さんが、本来の話し方で喋るだなんて。よっぽど、このことが季水の未来に影響を与えると感じたんだろう。


「でも、」


 それでも立ち直れなかった季水の言葉をすかさず遮る。


「もう一つ、できることがある。れいちゃんが大切にしているあの卵を復活させるために、ハルに会う機会を作ってあげてほしい。お前にできることは、少しでも心の拠り所を増やすこと、そしてずっと味方でいてあげることだよ」


「……でも、ハルは……!」


 ハルくんかぁ、あの人嫌いに近い人見知りの。

 まあ、あの子は従魔を大切にするテイマーには優しいから……。


「れいちゃんが無理強いをすると思うかい?」


 その言葉に、力なく首を振るった。

 ……これは相当弱っているな、と私は抱きしめ直して頭を撫でる。零なら大丈夫、と言う意味を込めて。


「……頼んでみる」


 そう言って、腕の中から抜け出しておぼつかない足取りでどこかへ行った。



 2日後、零は目を覚ました。

 心を守るためか、パニックを起こしたことは覚えていても、その理由は覚えていなかった。

 いつも通りの様子で、季水くんびっくりさせてごめんね? と謝っていた。その様子に、季水は安心したのか泣いて抱きついていた。

 ……季水も、トラウマになってないと良いが、様子見としようかと朱基さんと話した。


 記憶はないが、少し悪影響は出た。

 馬車を見ると、過呼吸を起こすようになってしまったことだ。……それを見て、悲痛な顔をする季水も可哀想だ。


 これは、早急になんとかしてあげなくては。

 この時に、お金と伝を使わなくてどうする。二人の息子の心を守るためなら、安いものだ。



「ごめんなさい、お父様。依頼が……」


「気にしなくて良い、孤児院の子らが事情を聞いてこちらに来てくれることになったから部屋で教えてあげなさい」



 最初から、孤児院の子らを呼んでおけば良かったのだ。零には色々な環境を体験して欲しくて、訪問を選んだだけで、屋敷に呼んでも構わなかったのだから。

 それでも、気にしている零をなるべく穏やかな表情を浮かべて、撫でる。

 ……気にしなくて良いのだと伝えるために。



 零の部屋を後にして、私はすぐに朱基さんの部屋に向かった。博識な彼なら、馬車以外の移動手段も思いつくはずだ。


「ふむ、馬車が乗れなくなったと」


 話が早い彼は、想定していたのかアイテムボックスを漁り出した。

 そこから出てきたのは、随分と懐かしい魔法道具であった。



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