色々な思い。
「こんにちは、リリィ」
あれから1ヶ月が過ぎた。
私はリリィと友達になってから頻繁に庭園に足を運ぶようになった。
とはいってもリリィが息抜きに来るのに合わせて来ているから毎日ではないが、リリィが来れるときは必ず来るようにしている。
「ルカ!待ってたわ、さぁ座って。今日はセシルがとっておきの紅茶を振る舞ってくれるのよ。」
さぁ早く、と笑顔を向けられ自分の顔が緩む。
リリィとはすっかり打ち解け、こんなに仲良くなれるとは思っていなかったので未だに夢みたいだ。
大好きな彼女が自分に笑いかけるのを見れるなんて毎日が幸せでしかない。
「へぇ、それは楽しみだね。セシルいつもありがとう。」
リリィの向かいの席に座り、セシルにお礼を言う。
セシルは私とリリィの仲を取り持ってくれた最高の侍女だ。
エマとも仲良くしてくれてるみたいだし流石リリィの信頼厚き専属侍女。
「いえ、このくらい当然ですよ。喜んでいただけて嬉しい限りです。」
セシルは嬉しそうにリリィと私に紅茶を差し出した。
「わっ、美味しい!元々セシルは紅茶をいれるのが上手かったけどそれも合わさって凄く美味しいよ!」
「ふふっ、そうでしょう?セシルの紅茶は私を幸せにしてくれるの」
「お、お嬢様!アルカディア様!あまり褒めすぎないでください!」
照れるセシルを見ながら2人で笑い、その日あったことや色んな話をする。
この時間があまりに穏やかで心地よくて、永遠に続けば良いのにと思ってしまう。
「…ルカ、ちょっと、聞きたいことがあるのだけど…」
リリィは紅茶を置いて静かにこちらを向いた。
なんだか真面目な話のようで空気が少し変わる。
「どうしたの?なんでも聞いて」
私はリリィに微笑みかけた。
「あのね………マリア・カーマイン男爵令嬢を知っているかしら…?」
「ンゴフッ」
リリィの口からマリアの名前を聞き、思わず紅茶を吹いてしまった…セシルがいれてくれた紅茶が…。
「ルカ!?大丈夫!?」
「ご、ごめん…ちょっと噎せちゃって…大丈夫大丈夫……。えーっと、マリア嬢のことだっけ…?」
速やかにハンカチで口を拭い冷静に向き直す。
「え、えぇ…ルカも彼女を知っているかしら?」
「ま、まぁ…噂ならよく聞くかな……」
若干の気まずさを感じつつリリィを見るとなんだか少し元気が無いような顔をしていた。
それもそうか…マリアのことはリリィの方がよく知っているはずだ。
きっと私にマリアのことで相談でもあるんだろう。
「マリア嬢が…どうかした…?」
あえてよく知らないふうに話してリリィから話が出来るよう促す。
「……最近、マリア様がクリストファー様とずっと一緒にいるのは知っているかしら…」
「うん…よく、見かけるよ。」
苦しそうに話し始めたリリィを見て胸がちくりと痛んだ。
「クリストファー様は特に気にしてないみたいだけど…、でも婚約者のいる男性、特にこの国の第一王子が一人の男爵令嬢を贔屓するのはいただけないでしょう?」
リリィはため息を少し吐き続ける。
「しかもクリストファー様の周りには同じように婚約者がいる男性の方々もいるわ。マリア様は必然的にそちらともよく交流をするようになって…。周りの目もあるし、私もクリストファー様の婚約者として、少し…マリア様に忠告したの」
流石リリィ。もう行動してたんだね…。
まぁあれだけ噂されてればさすがに黙ってられないよね…。
でも…
「でもリリィが注意してもまだ収まってないってことは…」
「ええ、彼女全く聞いてくださらないの!」
リリィは困ったように私に顔を向けた。
「最初は出来る限り角がたたないよう、やんわり注意したわ。でも分からなかったみたいだから少し厳しめに注意したのよ、むやみやたらに婚約者のいる男性の方々とばかり交流するのは周りにも自身のためにも良くないことですのよ、って!マリア様は平民出身ということもあって、マナーや貴族の常識がまだ理解できてないみたいだったから…」
「それで、マリア嬢は何か言ってたの?」
リリィは紅茶を一口飲み項垂れた。
「それがね、『私はただお友達と仲良くしているだけです!貴族だからとか平民だからとか、この学園ではみな平等なのだから関係ないと思います!』って言われたのよ…」
うーん、頭お花畑だねぇ。
「確かにこの学園ではみな学生だもの。平等ね。私だって平民だからといって差別する気は毛頭ないわ。でも論点がずれてると思わないかしら…私は婚約者がいる男性と親しくしすぎるのがいけないと話しているのに…」
淑女にあるまじき大きなため息をつくリリィを見て、ヒロインマジでなんて女だ…と乾いた笑いしか出てこなかった。
「ていうか、リリィみたいな完璧美人婚約者がいるクリストファー王子と親しくなろうだなんて貴族の中でもいないよ。色んな意味で凄いよねマリア嬢は…」
「…ルカ、それ私のこともからかってるの?」
リリィが少し赤くなってジト目でこちらを見つめてくる。
やめて、かわいいから。
「いやいや、本気だよ。リリィみたいな可愛くて美人で優しくて最高の婚約者がいたら私は嬉しいけどなぁ…」
「ちょっ、ちょっと!もう!やめてよ!」
真っ赤になったリリィがあたふたしている様子を見ていや本当にかわいいなそういうとこだよ、と思う。
「ゴホンッ、だ、だからね、マリア様とどう話をしたらいいのか困っているのよ」
マリアは咳払いをして話を戻した。
まだ少し顔が赤いままだ。
「そうだよね。まぁリリィ的にもさ、貴族とかマナーうんぬん抜いても嫌だよね、婚約者の王子が他のご令嬢と仲良くしてたら。」
「……そう、ね……」
リリィがふと目を伏せたのがわかった。
「?どうかした?…嫌でしょ…?」
私が聞き返すとリリィは考えるように静かに口を開く。
「確かに…嫌、なんだと思うけど…でも嫉妬とかそういうんじゃないのよ…。クリストファー様は好きだけど、政略結婚だし…あまり…恋愛的な感情は無いから…。マリア嬢にもあくまでも婚約者として注意しただけだしね。」
リリィは苦笑してまた紅茶を飲んだ。
クリストファー王子を好きじゃない…?
でもゲームでのリリィは王子のことが好きだったからマリアにキツく当たっていたはず…。
おかしいな…まだこの頃は好きになる前とか…?
でもゲームでは入学してからずっとマリアに苦言を言っていたし…王子に近付かないでって言ってたらしいんだよなぁ…。
「……リリィはてっきり王子のことが好きなんだと思ってたよ」
私はポツリと溢してしまった。
「…ふふ、がっかりさせたかしら?」
「え、いや、婚約者だし…てっきり好き合ってるのかと……」
リリィは薔薇の庭園を眺めながら話す。
「王子のことは好きよ。でも…これが恋愛的な好きなのかはわからないの…。駄目よね、次期王妃がこんなんじゃ。でも…王子と結婚したら…少しはわかるのかしら…」
そよ風が花びらと一緒に吹き抜けた。
リリィの鮮やかな赤い髪が頬にかかる。
その髪がリリィの白く細い指にすかれる様を見つめながら、私は少し冷めてしまった紅茶を飲んだ。
…リリィが王子をそういう風に想っていないことを知り、少し安堵してしまった自分に嘲笑した。
だからといって私のことを好きになることなんて無いのに。
リリィの幸せの為には、王子とリリィが無事に結婚しなければならないんだ。
仲を取り持てばきっと大丈夫のはず、だから……。
そう考えて何度目かわからない思いがじわりと滲み出す。
私は…こんなにも日に日にリリィを好きになってしまっているのに
そのときが来たら、果たして潔く諦められるのだろうか………。
読んでくださりありがとうございます!