再会
書きたいとこまで書いていたら長くなってしまいました…。
ガサガサ、と草を掻き分ける音が響く。
誰もいない昼下がり、私はエマが言っていた薔薇の庭園を見てみようとさっそく足を踏み入れていた。
「ここ、いやもっと奥?うーん…本当に誰もいないなぁ…道を聞こうにも人いないし看板もあるわけないし…てかなんか迷ったかも…」
ただでさえこの学園は規模が大きい。
万が一のことがあった場合に備えて数多の教室や講堂があるし、部活動専用の棟もある。
専攻する教科に特化した特殊な教室や訓練棟も完備されている。
そしてそんな中で今は殆ど使われていない校舎がある。
それが今、私が周りを歩き回っている旧校舎だった。
この学園で一番古い建物なのだが歴史のある校舎の為、国の文化財に指定されている。
なので保存魔法がかけられ、そのままの状態で残されているのだ。
多分エマが言っていたのはこの校舎のことだろう。
現校舎から少し離れた場所にあり、普段は滅多に使われていないので人の気配はしない。
しかし今でもきちんと手入れはされているようで、草が生い茂った様子もなく辺りは草花が綺麗に咲いている。
だけど薔薇は見当たらない。
正面に薔薇は咲いていたが庭園ではないし、エマが言っていたのは校舎の裏だ。
裏に回ってみたけどやはり薔薇はない。
旧校舎とはいえやはりそれなりに大きく、裏といってもどの場所を指しているのかわからない。
校舎の裏には森が広がっている。
もしかしたらこの森の奥にあるのかもしれない。
規模は小さいが学園が管理しているちゃんとした森でリスなんかの小動物もいるらしい。
そんな森の方をよくよく観察しながら歩いていると、隠れるようにひっそりと奥へ続いている道があった。
微かに魔法で隠されているような不思議な気配がする。
一気に秘匿の予感がし、秘密基地でも見つけた小学生に戻ったようなワクワクと高揚感が沸き上がる。
もしかしたらこの道の先にエマが言っていた薔薇の庭園があるのかもしれない。
森の中に入り、道を歩いていると、なんだか探検をしている気分になり胸がドキドキした。
「森ってなんかちょっと怖いイメージがあったけど、ちゃんと管理されてる森って空気が澄んでて…本当に綺麗なんだなぁ…」
爽やかな風が吹き、鳥の声が静かに響き渡る。
これは森林浴に絶好の森だなぁ、なんて空気を吸い込んでいると奥の方から微かに薔薇の香りがした。
やっぱり奥に薔薇があるんだ!
それはそれは美しいと言われる薔薇は、一体どれほど素晴らしいのだろうと期待を寄せ奥へ突き進む。
どんどん香りが強くなっていき、一番香りが強く感じた瞬間パッと目の前が開けた。
そこには小さな噴水と、恐らくティータイム用に設置してある白いガゼボがあるとても美しい薔薇の庭園が広がっていた。
見渡せるくらいの規模ではあるが、そこらかしこに薔薇が咲き誇っていてとても素晴らしい庭園だった。
そして足を踏み入れた私は、そこにいた1人の先客に一瞬にして目を奪われる。
美しい薔薇に囲まれて、優雅に佇むリリアンがいた。
リリアンが私に気づき顔を上げた瞬間、薔薇の花びらが風で舞い上がり私たちを包むように辺りに降り注いだ。
時が止まったかのように思えた瞬間だった。
辺りに咲くたくさんの薔薇たちよりも更に美しい輝きを放つリリアンが、そこにいる…。
リリアンがとても驚いた顔で私を見た。
「えっ…?どうして貴女が…」
本当に動揺しているようで少し狼狽えたリリアンを見てハッと我にかえる。
「え、あ、リリアン様!?そのっ、私は偶然ここに来てしまいまして!決して怪しい者では…!」
私は焦って両手を掲げ不審者ではないことをアピールする。
ま、またやってしまった!
「貴女、アルカディア…クラウドレル侯爵令嬢…?」
「…!!」
うそ、私を、覚えてくれている…!?
「…覚えて、くださっていたのですか?」
「えぇ、1年前に、薔薇の庭園でお会いしましたわよね。まさかまたこうして同じようにお会いできるなんて、ふふっ、なんだか不思議な気分ですわ。」
そういって彼女は微笑み私の方へ姿勢をただす。
ひっ、美し…!!
やばい、落ち着け、冷静になれ。
さっきは急なことで焦ってしまったがいつものように紳士のごとく!受け答えをせねば!!
「あのときは大変失礼致しました。私もリリアン様に改めてご挨拶したく思っていましたので、こうしてお目にかかれてとても光栄です。」
早まる鼓動よ、落ち着け!と左胸に手を当て一礼し、にっこりと笑いかける。
どうしよう、顔赤くなってないかな?
「ところで…アルカディア様はどうしてここへ…?こちらの庭園は少々…特殊な場所でして、知っている者はわたくしを含めた極一部しかいないはずなのですが……」
「え、そうなんですか…?」
じゃあエマは何故この場所を知っていたのだろう。
確か施設の侍女友達から聞いたって言っていたな…。
「誰かから聞いて来ましたの?」
リリアンがじっと私を見つめた。
「…いえ、旧校舎を見て回っていた際に偶然こちらへ続く道を見つけまして、つい好奇心で。」
嘘をつくのは忍びないが私は咄嗟に侍女の噂から知ったことを伏せ、あくまで私が自力で見つけたと話す。
リリアンと極一部しか知らない場所を何故エマの侍女友達が知っていたのか、それはきっとその侍女がリリアン付きの侍女かそれに近しい立場だったからだろう。
そしてこの庭園のことをエマに話してしまったのかもしれない。
リリアン付きの侍女が主人の秘密を話すようなそんなヘマをするかは些か疑問なので、まだ確定ではないが。
「まぁ、そうでしたの。出入り口の道には見つけにくくする魔法がかけられていたのですが…アルカディア様はとても素晴らしい素質をお持ちのようですわね!」
胸の辺りに手を合わせて、ふんわりと笑うリリアン。
「いえ、私自身そんなに魔力は高くありませんし見つけられたのは本当に偶然なので…でもリリアン様からそう言っていただけるのはとても嬉しいです。」
私は思わず顔が緩み照れてしまった。
「リリアン様は、こちらによくいらっしゃるのですか?」
「…ええ、空いた時間に休憩がてら薔薇のお手入れも兼ねて。」
「ではこちらの薔薇たちは全てリリアン様が管理なさっているのですか!?」
私は少し興奮気味についリリアンに迫ってしまった。
「あ…、す、全てではありませんが、殆どはわたくしが見ていますわね…」
「素敵ですね!ここまで見事な美しい薔薇見たことありません!きっとリリアン様のお世話の賜物なのでしょう!」
初めて会ったときの、国花の薔薇を慈しみ愛しそうに撫でるリリアンを鮮明に思い返す。
本当に薔薇が好きなんだろう。でなきゃこんなに美しい薔薇が一つも枯れることなく咲き乱れることはない。
リリアンが直接手入れしている薔薇を拝めたことがあまりに嬉しすぎて感激してしまった。
私が絶賛するものだから、褒め慣れていないのかリリアンは少し顔を赤らめて礼を言った。
「あ、ありがとうございます…でも褒めすぎですわっ」
顔を赤くして照れている様子のリリアンを見るのは初めてだったのでとても新鮮だったし、そのあまりの可愛さに心臓が跳ねた。
普段は淑女の鑑のような人で気高く、気品溢れる美しい方だったが、彼女の年相応の女性らしさが垣間見得てなんだか少しほっとしたような、今までの緊張が緩んだような気がした。
そうだ、彼女だって私と同い年の16歳。
本来なら周りの令嬢のように、遊んだり部活に勤しんだり学園生活を謳歌しているはずだ。
だけど彼女は時期王妃として学園生活の殆ども普段の授業以外は妃教育の時間にあてている。
それをたった16歳という若さで全てこなしているのだ。
その重圧と疲労はきっと計り知れないものだろう。
もしかしたらこの庭園で過ごすことが唯一の彼女の安らぎなのかもしれない。
そう考えたらなんだか申し訳なくなり、途端に居たたまれなくなった。
「あ…えっと、熱くなってしまい申し訳ありませんでした。ここは本当に素晴らしい庭園ですね。…お邪魔してしまいましたし、私はもう失礼した方が良さそうです。リリアン様はどうぞゆっくりなさってください。」
私が帰ろうとするとリリアンがハッとこちらを見て呼び止めた。
「アルカディア様っ、あの、全然お邪魔ではありません!むしろ少し…嬉しかったですわ。」
私は予想外の言葉に驚いて歩みを止める。
「…わたくし、お恥ずかしい限りですが友人と呼べる者がいませんの…。忙しさを理由にしたくはありませんが、未だにずっと機会がなくて…だからいつもひとりで…。アルカディア様、ここで再会致しましたのも何かの縁ですわ。その…是非ともわたくしとお友達に…なってくださらないかしら…」
最後は消え入りそうな声で顔を赤くして手を弄っているリリアンを見て私は硬直した。
え?これは夢??
大好きなリリアンが、あの最愛のリリアンが、もじもじしながら私をちらちらと見つめてくる!
普段の公爵令嬢である彼女と今の年相応の振る舞いをする彼女のギャップにやられて頭が爆発しそうだ。
「あ、あの…アルカディア様?」
「…ッは!!」
我に還った私はリリアンを見据える。
「…私でよろしいんですか?」
「はい、アルカディア様がよろしければ…駄目でしょうか…?」
「い、いえ!是非!喜んで!」
慌てて姿勢を正しリリアンに向き直る。
「嬉しい…ありがとう、アルカディア様…」
優しく、嬉しそうに笑うリリアンに見とれてしまう。
夢みたいだ、リリアンとやっと友達になれたんだ、しかもリリアンから声をかけられるなんて本当に、奇跡しかない。
神様ありがとう、マジでありがとうございます。
「ではよろしくお願いしますね、アルカディア様」
「…リリアン様、よろしければ…私のことはルカと呼んでいただけませんか?」
突然のことに少し驚いたであろうリリアンが私の顔を見た。
「えっ、る、ルカ…様…?」
「様もいりません。それと敬語もしなくて構いません。」
「え、で、でも…」
「私、リリアン様ともっと仲良くなりたいんです。リリアン様のことが…本当に好きだから…愛称で呼び合えるような…そんな仲になれたら、と…すみません、我が儘でしたかね…」
どさくさに紛れて好きとか言っちゃった。
でもこれはあくまでも友愛としてだから、いいよね。
リリアンから反応が返ってこなかったのでちょっと急ぎすぎたかなぁと思いリリアンを見ると、彼女はなんだか泣きそうな顔をして瞳を潤ませ始めた。
えっ、ちょ、え!?泣いてる!?私が泣かせてしまった!?
「リっ、リリアン様!?すみません!私何かお気に召さないことを…!?謝ります、大変申し訳ありません!!」
あわあわしながらリリアンに駆け寄るとリリアンは涙を浮かべ私に笑いかけた。
「…ち、違うの…嬉しくて…今までわたくしに…そんな風に真剣に言ってくれた方…いなかったから…」
ああ、彼女は今までどれだけ辛い思いをしたんだろうか。
彼女の周りは常に敵だらけで、寄ってくる人たちも恐らくリリアンが公爵令嬢で第一王子の婚約者だからすり寄ってくるような人ばかりだったんだろうな。
そういえばいつもリリアンの周りには勝手に取り巻いてる令嬢たちはいたが親しそうにしているような人は見かけなかった。
周りは皆、己の欲望に忠実な醜い奴らばかりだ。
リリアンを悲しませるなんて許せない、うんざりする。
「…アルカディア様…いいえ、ルカ。わたくしも貴女と仲良くなりたい。貴女のような人には初めて出会ったわ。…ううん、もうとっくに出会っていたのね。」
「リリアン様…」
「わたくしにも敬語はいらないわ。それと…わたくしのことは…リリィと、呼んでもらえたら、嬉しい」
リリアンが本当に嬉しそうに笑うものだから、とんでもない多幸感でいっぱいになる。
幸せ、死んでもいいかも…いや、まだ死ねない!
「リリィ…ありがとう、よろしくね」
リリアンの、リリィの手を右手を掬い上げて私は手の甲にキスをした。
リリィが途端に顔を赤くする。
あ、やばっ、つい…。
「と、ところで、何故ルカと?普通なら愛称的にアルではなくて?」
リリィは私の振る舞いをごまかすようにさりげなく手を引っ込め顔を反らす。
ちょっと舞い上がっちゃったかな、反省しよう。
「確かに家族間や親しい人からはアルって呼ばれてるけど…リリィにはルカって呼んでほしいんだ。だから私をルカって呼べるのはリリィだけだよ。」
リリィだけの特別、と自分の口元に人差し指をあてて秘密のポーズをとりウインクをする。
「…貴女って凄く女性からモテるでしょう?」
「えへへ、そこら辺の男たちよりはモテるね!この容姿には自信があるんで!」
「ふふふっなんだか貴女らしいわね!」
なんだか振り切れた私は砕けた感じでリリィに話す。
それをおかしそうに笑うリリィを見て一気にリリィとの距離が縮まった気がして凄く嬉しかった。
辺りはそんな私たちを祝福するように、綺麗な薔薇の花びらがキラキラと宙を舞っていた。
それから私たちはこの秘密の薔薇の庭園で、共に2人で過ごすことが増えていった。
読んでくださりありがとうございました!