バーガンディ魔法学園入学式
あの出会いから1年が経った。
あれから私はリリアン公爵令嬢に一度も会っていない。
まぁそもそも、そう簡単に会えるような人ではないし当然か。
あれから彼女に会えないか期待を寄せて何度かお茶会に参加したが、とうとう会えなかった。
だがバーガンディ魔法学園へ入学すれば必ず会えると知っていた私は、今日という今日を心待ちにしていた。
そう、今日は待ちに待ったバーガンディ魔法学園の入学式であった。
この国には、魔力のある者は必ず魔法学校に入学しなければならない決まりがある。
とは言っても大抵魔力を保有しているのは貴族がほとんどで、平民で魔力持ちの人は滅多に、というかほぼいない。
だから平民で魔力を持つ者には身分は低いがどこかの貴族へ養子となり、特待生として魔法学園に入学することが許される。
そんな稀有な存在こそがこの世界「ローズガーデンの姫君」のヒロインだ。
うーん、なんという王道展開。
平民上がりの男爵令嬢であるヒロインが、王子や騎士やその他様々なイケメン攻略対象と恋に落ち、最後は聖女として人々から崇められ愛され幸せになる……。
前世でプレイしていた友人はそういう王道展開が大好きで「イケメンに囲まれて愛を囁かれた〜い!」などと熱く語っていたが、女である自覚の薄い自分にはさっぱり良さはわからなかった。
まぁ普通に恋愛好きな女子ってこういう話に憧れるんだろうな。
どちらかというと私が王子になってヒロインを口説きたい派だわ。
いや…私が王子だったらきっと、婚約者であるリリアンを全力で口説き落としていただろうな…。
リリアンは、会ったら私のこと気づいてくれるだろうか…?
なんて馬車に揺られながら考えていると正面に座っていた専属侍女のエマが怪訝そうに声をかける。
「アル様、もうすぐ到着しますよ。どうせこれから会うであろう麗しい御令嬢たちに思いを馳せていらっしゃるんでしょうが、シャキッとしてくださいませ。」
「ちょっ、エマ!それまるで私がどうしようもない女好きみたいに聞こえるんだが!?」
エマは私と同い年の専属侍女で、私が10歳のときからの付き合いだ。
家族以外で私のことをアルという愛称で呼べる数少ない気の置けない人物である。
エマはえ?違うんですか?みたいな顔で話しかける。
「14歳の社交界デビューのときとか凄かったじゃないですか。普通の令嬢なら華やかなドレスを着て行くのにアル様はまぁ当然の如く煌びやかな男装をなさって、それがあまりにも様になっていたので男性かと勘違いした御令嬢たちに囲まれていましたよね。そのあと女性だと分かっても色んな御令嬢たちに言い寄られて、しかも満更じゃなさそうに侍らせていたではないですか。」
「…ぐっ…」
だってしょうがないじゃないか!かわいい女の子たちに囲まれてかっこいいって言われて嬉しくない訳がない!
男装冥利に尽きると言っても過言ではないはず!
「今アル様が着ている制服も特注の男性用ですし、当然のように着こなしていますのできっとまた同じようなことになるのでは無いかとエマは心配です。」
「いや、余計なお世話だよ…。あのときは確かに節操がなかったとは思うけどもう無闇に女の子たちを侍らすとかしないよ…。」
確かに社交界デビューしたての頃は、あまりの自分の男装の完成度に調子に乗って、沢山の御令嬢たちと仲良くしていたことがある。
男よりも女の私にうっとりと顔を赤くして話しかけてくる彼女たちを見ると、どうしようもなく優越感を感じるからだ。
でも今はもう女の子にモテたいだとか囲まれたいというそんな気持ちはない。
唯一の女性に、リリアンに出会ってしまったから。
「まぁ私もついておりますから学園ではくれぐれも羽目を外さずにお願いしますね。」
「だから大丈夫だっての…」
バーガンディ魔法学園では1人だけ従者を連れて来ることができる。
その従者は主人が授業中の間、同じ学舎ではないが学園内にある別の専用施設で主人に仕える者としての教養を学ぶことができるのだ。
なんでもその施設を卒業することが出来るのは使用人の中では大変名誉であるのだとか。
経歴にも箔が付くのでどこでもやっていけるようになるらしい。
まぁエマは元々優秀だからきっと成績も良いだろう。
「アル様、着いたようですよ。」
馬車が止まり、そこから学園が見えるとドキリと心臓が動く。
今日からあの乙女ゲームのストーリーが始まるのか…モブとは言え実際に目の当たりにすると緊張してくる。
馬車から降りて門を潜ると、目の前にはリリアンと出会った時の庭園よりもずっと規模が大きい薔薇の庭園。
そしてスチルでよく背景に出てきていた煌びやかで立派に聳え立つ学園。
新入生たちが続々と校舎に入って行く。
「ではアル様、私は式の間専属侍女専用の待機室におりますのでこちらで失礼致しますね。終わる頃に正門前でお待ちしております。いってらっしゃいませ。」
「ああ、いってくる」
エマに手を振り、校舎へ入った。
歩いていると案の定、すれ違う御令嬢たちの視線を感じる。
男子生徒だと勘違いしているんだろうな思うと、少し騙しているような気分にはなるが大好きな男装を辞めようとは思わない。
今世は好きに生きるんだ私は。
入学式は学園内で一番大きな講堂で行われる。
そこへ向かう途中、後ろの方で騒めきが起こった。
「見てっ、クリストファー・サフラン・ローズエレメント第一王子よっ」
色めきだった歓声にも近い声が聞こえる。
ああ、王子か、どうりで……
「隣にはリリアン・ローズ・セレスティーヌ様もいますわ!」
「!!」
ドクン、とリリアンの名前を耳にした瞬間心臓が強く高鳴った。
彼女が、ずっと恋焦がれていたリリアンが、すぐ近くにいる。
私は恐る恐る振り向く。
そこには1年経って更に美しさと高貴さに磨きがかかった、リリアン・ローズ・セレスティーヌ公爵令嬢がいた。
ドキドキと忙しなく心臓がうるさい。
ああ、やっぱり、私は彼女のことが本当に好きなんだ。
でなければこんなにも見ていてドキドキして、苦しくて、愛しさが込み上げることなんてない。
どうしようもない衝動を鎮めるように胸に手を当てて必死に抑える。
「まぁ、見て!やはり王子はリリアン様をエスコートしていらっしゃるわ。」
「当たり前よ、婚約者同士なのだから」
その声を聞いてハッとリリアンの隣を見る。
クリストファー第一王子がリリアンの手を引き、仲睦まじそうに会話しているのが見えた。
胸が張り裂けそうになり、思わず胸に当てた手に力が入る。
そうだ、リリアンは第一王子の婚約者で、将来は王妃となるべき人物。
私とは身分が違うし、しかも私はただの侯爵令嬢だ。
ましてや女性。
決して結ばれることなんかない。
だから、この気持ちは表に出してはいけない。
そして私はリリアンと出会ったあの日、彼女に恋をしたと同時にある決意をしたのだ。
リリアンの断罪される運命をなんとしてでも止めたい、彼女には幸せになってほしい。
だから私は彼女を救う為に、自分の気持ちは押し殺して…リリアンと王子の仲を取り持とうと決めていた。
入学式は滞りなく行われた。
案の定、ヒロインは特待生として入学式に参加していて、みんなの前で紹介されていた。
亜麻色のセミロングに茶色の瞳をしたよくある見た目ではあったが、小柄でかわいらしい顔立ちと仕草は流石ヒロインといった感じだった。
名前はマリア・カーマイン。
カーマイン男爵家に養子として入った元平民の男爵令嬢。
とても強力な魔力の持ち主で特に癒しの力に長けているという彼女は、良い意味でも悪い意味でも注目の的だった。
私はというとそれはもう別の意味で注目していた。
何故なら今日の入学式が終わって簡単なクラス説明会があるのだが、そこへ向かう途中でゲーム本編の最初のイベントがある。
そこでの選択肢でどの攻略対象のルートへ入るかがわかるのだ。
王子のルートであればクラスへ行く途中、迷ったヒロインが廊下で王子と鉢合わせするという内容だった気がする。
記念すべき出会いだと前世の友人が何枚もスクショを撮っていたから覚えている。
その場所が現在私がいる廊下である。
私は先回りをして一足先にヒロインが来るかどうか確認する為にヒロインが来るであろう場所の反対側の陰で張っていた。
どうか王子以外のルートであってくれ!と私は祈った。
が、その祈りも虚しくパタパタとヒロインが走ってくるのが見えた。
そして向かい側から王子が歩ってくるのも見える。
うわ…王子ルートだ…完全に…。
うん、いや…まぁそうだよな…元はそういうシンデレラストーリーだしな…王道だもんな…。
もしかしたら他の攻略対象だってあり得るんじゃないかと、淡い期待をしていたけど…。
いや、まて、鉢合わせしても話すとは限らないじゃん!?すれ違って終わるだなんてことも…!
「きゃっ」
ドンッとヒロインが王子にぶつかる。
「おっと、大丈夫かい、怪我はない?」
「は、はいっ、あの、すみません、ありがとうございます…!」
そこで2人は暫く見つめ合っている。
あ〜〜〜〜確定した〜〜〜〜これはもう完全完璧に王子ルートです、ありがとうございました。
私はガクッと肩を落とした。
「…君は特待生で入学していた…確かカーマイン嬢だったかな?」
「は、はい!マリア・カーマインと申します!あのっ、クリストファー王子ですよね…!?私、王子にとても憧れていまして…!こうしてお会いできてとっても嬉しいです!」
ちょ、ヒロインって結構グイグイいくタイプなのか?
いくら学生同士だからとはいえ第一王子にいきなりちょっと馴れ馴れしすぎないか…?普通に考えて不敬だろ…。
乙女ゲームのヒロインって皆こんな感じなんだろうか…やったことないからわからない。
しかしとても嬉しそうにそれでいてかわいらしく無邪気に笑顔を向けられたのが王子には結構好感触だったようで、一瞬びっくりしていたけど微笑んでヒロインを見ていた。
そして迷ってしまったと言うヒロインを見かねた王子は彼女と一緒にその場を去っていった。
「はぁ〜…完全に王子ルートだったな…。」
私はため息をつき自分もクラスへ戻るために歩き出す。
これで私の今後の方針がより明確に固まった。
王子とヒロインを恋仲にさせないようにしないと。
なんとしてでも、王子とリリアンの仲を取り持たねば。
リリアンは王子のことが好きで、その王子をヒロインに取られたから嫉妬に駆られて悪の令嬢になってしまったのだ。
だから王子とリリアンが相思相愛になって仲が深まれば万事解決なのだ。
私はチクリと傷んだ胸の痛みに気づかないふりをして、歩みを進めた。
読んでくださりありがとうございました!