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学生時代等、作者の人生の思い出に関連する随筆

四日間

作者: 恵美乃海

1999年11月。家内、障害のあるそのとき一歳だった長男と三人で過ごした四日間の出来事です。

翌年、2000年の4月にそのときのことを回想しながら、単身赴任先の部屋で書いた文章です。

 1 一日目


 新幹線でやって来る家内と息子を東京駅に迎えに行った。

 11月20日、土曜日の正午のことである。


 私は単身赴任者である。昨年までは会社の大阪支店に勤めており、自宅のある西宮から通っていた。


 それが、ちょうど一年前の11月に本社のある東京に転勤になった。

 家族と相談した結果、単身赴任することになった。


 私の家族は、家内と小学生の娘ふたりだったのだが、昨年の8月に息子が生まれた。

 娘ふたりは、二歳違いだが、息子は下の娘と九歳の年齢差がある。



 息子には障害がある。

 PVLというのがその病名だ。日本語では、脳室周囲白質軟化症という。未熟児特有の脳性麻痺である。


 息子の本来の出産予定日は10月10日だったが、二ヶ月早く、8月11日に生まれた。週数で言えば31週である。


 それでも体重は1904gあり、それほどの心配はしていなかった。

 二番目の娘がやはり未熟児で、全く同じ31週で生まれ、色々と心配はあったが、無事に育ってくれたからである。

 その娘の出生時の体重は1607gだった。


 息子は当初8月末には退院できると言われていたが、種々の検査が続き、退院は結局10月16日となった。

 そして、病名を告げられたのは退院の前日のことだった。


 PVL。

 30週前後の週数で生まれてくる子供に多い病気。

 なぜそういうことが起こるのかの原因はまだはっきりしていないのだが、胎内あるいは出産時に何らかの理由で脳のある部分に血液が流れないということが起こり、脳のその部分が壊れやがて空洞化する。その部位は概ね決まっているが、壊れる大きさには個人差がある。


 そして壊れた部位の周囲を通る神経の関係により、この病気にかかった子供はほぼ下肢に影響を受ける。場合によっては、上肢も影響を受ける。


 また場合によっては、知能、視覚、聴覚に影響を及ぼすこともある。


 どの程度の障害を持つことになるかは個人差があり、一概に言えない。

 この病気にかかっても症状が発現せず健常児と同じように育つ子供も20%くらいはいる。


 しかし、息子は、壊れている部位の大きさからいって、その20%にはいることは望めないとの診断を受けた。



 今回、家内が東京に来ることになったのは、家内の友人が11月23日にホテルオークラで挙式することになり、その披露宴に招かれたからである。

 子供がまだ小さいから、という理由で断ることもできたのであろうが、家内はこの招待に応じた。


 家内は千葉県の出身であり、大学生活、会社生活を東京で送った。

 しかし、私の赴任地の関係で、東京にはずっとご無沙汰である。久しぶりに東京に行くよい口実と思ったようだ。


 娘ふたりは、私の両親に預けた。両親の家は私の家のすぐ近くだ。


 娘ふたりは、この夏に東京にやって来た。私が今住んでいる川崎市内の会社の独身寮を基地にして、ディズニーランドで遊んだ。


 今度は家内と息子の番である。


 新幹線は、お昼すぎに東京に着いた。息子を抱えて家内が出てきた。


「良ちゃん、ほらお父さんよ」


 息子は起きていた。


「良ちゃん、よく来たねえ」


 頭を撫でた。


「ずっと起きていたの」


「ううん、新幹線では結構よく寝てくれていたから助かった」


「そう、それは良かった」


 娘ふたりはともかく、家内と一歳の息子を独身寮の私の部屋に泊めるのははばかられたので今回は宿を取った。


 宿は家内が探した。


 浜松町駅近くの公共施設で六畳部屋をひとつ借りて、朝食、夕食付きで大人ふたり、一泊3000円代で泊まれるという。

 安い宿を探すのは家内の得意技だ。


 良以外には、家内の荷物は手提げひとつ。泊まるために必要なものは事前に宅配便で宿に送付済である。


 私がすぐに、良を抱いてあげればよさそうだが、そういうわけにもいかない。

 家内から先日、荷物に入れるのを忘れたので買っておいて、と言われた紙オムツ1パックと、ベビーフーズ四回分で私の両手はいっぱいだった。私は手提げだけ持った。


 八重洲口の地下街でお昼を食べたあと駅ビルに入っているデパートを見てまわった。


 家内には心配事がひとつある。

 23日の披露宴の間の三時間近く、息子をどうするか、ということだ。

 最初は、披露宴が開かれるホテルのベビーシッターに預けることを考えていたが相当に高い。


「俺がみるよ」


 私は電話でそう言った。


 息子は今のところ、家内と私の母にしか、よくは懐かない。

 三時間近く、私ひとりでみることができるか、心配だったが、大丈夫、と自分に言い聞かせた。

 なんといっても父と子だ。


 その時間をどこで過ごすか、家内は色々と心配していた。


 東京駅のデパートは、そのひとつの候補だったのだが、三時間近く、一歳の赤ん坊を退屈させずに過ごさせるのはなかなか骨が折れそうだ。


「まだ先のことだし、ゆっくり考えようよ」


 そう言って家内を促し、私たちは山手線に乗った。


 宿は浜松町駅を東に出て、旧芝離宮恩賜庭園近くにある。

 予想通り、とても古めかしい建物だった。


 宿に着いたのは4時少し前だったが、今日は移動で疲れているだろうし、そのまま宿でゆっくりすることにした。


 フロントで部屋の鍵と荷物を受け取った。部屋は2階だった。


 やや立て付けの悪くなっている扉を二度ほどガタガタいわせて部屋に入った。


 昭和30年代にタイムスリップしたような部屋だった。

 それは私たち夫婦が生まれた年代だ。

 懐かしい匂いがした。


 私にはこういうノスタルジックな部屋はとても心地良い。


 家内は実質本位の人間である。


 結婚してから長女が生まれるまで四年あった。

 家内も働いており、住んでいたのは、家賃が月一万円代の公営住宅だったので、金銭的には余裕があったこともあり、当時はふたりでよく旅行した。

 新婚旅行も含めて海外にも三回行った。


 結婚して三年、シンガポールに行ったときは、ラッフルズホテルにも泊まった。

 が、13年経ったら浜松町の朝食、夕食付き一部屋一泊3800円ということになってしまった。


 でも私は久しぶりに新婚時代に戻ったような気分だった。

 家内もきっとそうだと思う。楽しい気持ちでいるのを感じる。


 結婚して16年半も経てば、家内が今どういう気持ちでいるかは、だいだい分かる。


 家内は今も「淳一さんへ」と、日々のことを書き綴った手紙を、頻繁に単身赴任先に送ってくれていた。


 今日は娘ふたりがいない。

 まだ一歳の息子と三人で、今日からここに三泊する。

 11月22日の月曜日は有給休暇を取っているので、私は四連休ということになる。


 荷物をざっと、部屋の中に配置し終わったので、早速息子と遊んだ。


「良ちゃん、良ちゃん。お話ししましょ、良ちゃん」


 息子は、ううう、あああ、と喃語。


「良ちゃん、お母さん、は。お母さんって言って」


 家内が話しかける。


 最近、時々「カアタン」と言っていると、先日、家内が電話で嬉しそうに話していた。しかし、常に言うというわけではないようだ。


 家内が何度か話しかけているうちに、息子が


「カ、カアタン」

 と、聞こえる発音をした。


「そう、母さんって言ったの。えらい、えらい」


 家内が息子の頭を撫でた。


「良ちゃん、お父さんよ。お父さんと言って」


 いきなり、それは無理だろう


 何度か家内が、「お父さん、お父さん」

 と繰り返す。


 息子の口がモグモグと動いた。


「ト」


 なに


「トッタン」


「ねえ、今、トウタンって言ったね」


「うん、言った言った」



「そう、良ちゃん、父さんって言ったの。言ってくれたの」


 私の目が曇った。


「言った、言った。父さんって言った」


 久しぶりに会った日から、素晴らしいプレゼントをもらった。


「ねえ、お蒲団敷きましょうか」


「うん」


 蒲団を二枚敷いた。


 真ん中に息子を寝かせて、家内と私は少し離れたところに寝転がった。


「りょうちゃん」


 家内が小さい声で歌う。

 息子の体が動いた。


「りょうちゃん」


 今度は私が小さい声で歌った。


「りょうちゃんちゃん」


 ふたりで合わせて小さい声で歌った。


 息子の体の動きが大きくなる。


「ガー、ガー」


 夫婦で鼾をかく真似をする。


 息子の体の動きがさらに大きくなり

「ウフフ、ウフフ」

 と笑っているのが分かる。


 しばらく間をおいた。


「はあ」

 家内の息を吸い込む音が聞こえた。

 阿吽の呼吸で今回の先導役は家内だ。


「好き、好き、良ちゃん」


 夫婦で合わせて歌い、

 息子に向かって転がっていき、

 夫婦で息子の左右のほっぺにキスをする。


 ここまでくると息子は大喜びだ。


 トントンと、息子の体を軽くたたく。


「好き、好き、良ちゃん。

 好き、好き、良ちゃん。

 好き、好き、良ちゃんちゃん」


 夫婦揃って、息子の左右のほっぺにキスの連打だ。


「元気な良ちゃん、愉快な良ちゃん、良ちゃん、りょーおちゃん」


 息子はキャッキャッキャッキャッと言って騒ぐ。

 何度か繰り返した。


 娘ふたりも、こうされるのが大好きだった。

 そして、息子が同じようにやっぱり喜ぶのが、とても嬉しかった。


 なお、この遊び、考えたのは、私だったと思うのだが、家内も、考えたのは私、と主張している。




 2 二日目


 翌日は、上野の動物園に行った。


「象さんを見たら、喜ぶんじゃないかなあ」


 家内は期待を持っていた。


 しかし、象のいるところに連れて行っても息子は下を向いたままだった。


「やっぱり、見えないのかなあ。もうちょっと象さんまでの距離が近かったらいいのにね」


 小動物の檻の前では息子をできるだけ動物のほうに近づけ

「良ちゃん、○○さんだよ」

 と、繰り返しながら見てまわった。

 放し飼いになっている山羊を触らせてみたりもした。


 動物園を出たところにある遊具施設では、色々な乗り物に乗せてみた。

 とにかく息子に刺激を与えたかったし、少しでも喜んでほしかった。


 息子をベビーカーに乗せ、不忍池のほうへ降りた。


 池の入り口のところで、外人さんが小さな木彫りの、様々な動物を露店で売っていた。


 家内は、今日の記念に何か買うという。


 色々と見た結果、家内が選んだのはフクロウの彫り物だった。

 弁財天で息子の健康を祈り、池の周りをゆっくりと散歩した。


 その日は浅草に寄ってから宿に戻った。



 夜、翌日、どこに行くかという話になったとき、


「ディズニーランドに行ってみない?」

 と、家内が提案した。


 それは、私も考えないわけではなかった。しかし、ディズニーランドに行って、息子が喜ぶだろうか。


「あそこだったら、音と光が凄いし、良ちゃんも喜ぶと思うんだ。思い出にもなるし」


「そうだね。それじゃあ行ってみよう。明日は平日だから、空いているだろうしね」



 3 三日目


 ディズニーランドは、少しも空いてはいなかった。

 それにしてもなんでこんなに子供が多いのだ。

 今日は学校がある日じゃないか。


 ミッキーマウスレビュー、カリブの海賊、チキルームとまわってみたが、息子の反応はほとんど無かった。

 途中、イッツスモールワールドにも行ってみたが、待ち時間が長く入場を諦めた。


 パレードが始まった。

 席取りはしていなかったので、列のかなり後方に並ぶことになった。

 息子を肩車して見せようとした。

 大きな音を響かせてパレードが通過していくが、息子は下を向いたままだった。


 カントリーベアーシアターに入った。


 色々な熊が歌う。

 熊が歌い始めるとそこが光り、消えて、別の熊が歌い始めるとそこが光る。


 息子が、光に合わせて顔を動かす。


「あ、良ちゃん、見てる」


 たしかに息子は、ゆっくりとではあったが、常に光る方向に顔を向けている。


「見えてる。見えてる。」


 そう、言いながら家内の目が、キラキラと光っていた。


 私が息子を抱いて外に出ると、家内が

「トイレに行ってくるね」

 と言って足早に去っていった。


 私は息子を、ぎゅっと抱きしめた。胸の奥からこみあげてくるものがあった。


「ごめんね。良ちゃん、ごめんね」


 涙がポロポロこぼれ落ちた。


 早めにディズニーランドをあとにした。

 増上寺の境内をブラブラしてから宿に戻った。



 4 四日目


 最終日。

 荷物を宅配便で西宮に送り、できるだけ身軽にしてから、宿をチェックアウトした。


 午前中は、銀座を散歩した。

 交際期間中、家内とよくデートした場所だ。


 家内とは社内結婚。新入社員のときは、ふたりとも内幸町にあった本社勤務。

 家内と付き合い始めたのは、入社した翌年の2月、コピー室で書類をコピーしていた家内に、今度、ふたりで会ってもらえませんか、

 と声をかけたのがきっかけだ。家内とは同期入社だが、短大卒なので、年齢は二歳下。


 最初にデートしたのは、退社後の銀座だった。


 付き合い始めてすぐの4月に、私は川崎工場に転勤になったのだが、

 以降も、休日は、ほぼ終日会っていた。それ以外に毎週水曜日は、工場勤務がおわったあと、6時半から7時の間に、と時間を決めて、銀座の名曲喫茶「らんぶる」で待ち合わせて、銀座でデートした。


 私にとっては、人生で初めてできた彼女だった。



 銀座を散歩していた途中で喫茶店に入った。

「らんぶる」はもう無いので、違う喫茶店である。


 家内は既に披露宴出席用の服に着替えている。昔買ったものだけにお腹が苦しそうだ。


「こうやって、喫茶店に入っているだけで、落ち着くわあ」


 家内は嬉しそうだった。


 西宮での家内の毎日を想像すると、こうしてゆっくりと喫茶店に入る時間があるわけもない。


 12時半にホテルオークラの前で別れた。

 これから3時まで息子とふたりだ。

 大丈夫だろうか。


 息子をベビーカーに乗せてゆっくりと歩き始めた。

 どこで時間を過ごすか。東京タワーの中に入ってできるだけそこにいることに決めていた。


 今、どこを歩いているのかよく分からないが、とにかく東京タワーは見えるのだから、そちらに向かって行けばよい。


 息子は、母親と別れても泣くことはなく、おとなしくしている。とりあえずはほっとした。


 ゆっくり、ゆっくり歩いてはみたものの20分も経たないうちに東京タワーに着いた。

 入場料が予想したよりも高かったので驚いた。


 さてどうしようかと迷ったが、目の前に公園があったのでそこに入った。


 良の日常を考えてみたとき、あまりこういうところで遊んだ経験はないはずだ。

 できるだけ自然にふれさせてみよう。


 良を抱いて、草が生い茂っているほうに連れて行った。


「葉っぱさん、葉っぱさん、こんにちは。良ちゃん来たよ」

 そう言いながら、良に葉っぱをさわらせた。


「ああ、これ大きいねえ。大きな葉っぱさんだねえ」


「あれ、この葉っぱさんは、チクッてするね。葉っぱさん、いやだよ。良ちゃん痛いよって」


 息子は、じっと葉っぱを見てさわっている。


「あれ、これは何かな。硬いねえ、何だろう。木さんだね。木さん、こんにちは、良ちゃん来たよ、遊ぼう」


「地面にも何かいっぱいあるね。落葉さんだね。落葉さん、落葉さん。地面で何をやっているのですかあ」


 公園を色々と歩いた。山道も登ってみた。そこにあった祠に祈り、滝を見せ、水にさわらせた。


 良の中に、今、一歳三ヶ月の良のこころの中に、この日、この場所で、父親と過ごした時間を少しでも刻みこませたかった。


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[良い点] いいですね。氏の人柄が思いうかぶようです。 映画みたいですね。
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