Aという女の子について
傘を閉じて、空を見上げる。バケツをひっくり返したように降っていた大雨はあがった。大きな虹が優美に弧を描いている。
「トナカイっているのかな?」
Aは尋ねた。
ぼくは「いないよ」と応える。トナカイは架空上の生物だと思い込んでいるAがいとおしく、からかいたくなったのだ。
「やっぱりかあ」
「そうだよ」
「そうなんだね」
「うん。そうなんだよ」
ぼくとAは小学三年生で、幼馴染だ。
前から虻川先生がやって来た。手を振って、どうしたんだろう?
「梶本君! Aちゃん!」
「はい」「はい」異口同音。
「これ、カスタネット忘れてたよ!」
「カスタネット?」
ぼくのものではない。
「わたしじゃない」
Aのものでもない。
「あれ? そうなの?」
「そうです」「そうです」異口同音。
「そっかー」
虻川先生の頭は濡れていた。大雨の中、ぼくたちを探しにいっぱい走ったのだろう。
「ごめんなさい」
Aは謝った。
「え? どうして、Aちゃんが謝るの」
虻川先生は苦笑いを浮かべる。
「だって、だって」
Aの目の縁は赤くなっていた。
ぼくはAのことが好きだ。
たとえ、トナカイを架空上の生物だと思っていようが、Aはとにかく優しい。人の痛み、苦しみを理解できる人間だ。
ぼくはそんなAのとなりにいられることを光栄に思う。
今もだし、これからもだ。
空にかかる虹よ! いつまでもずっとそのままぼくたちを見てくれ!
なんて、思ったりして。