館への潜入
オーランド騎士団の隊長ロリカは数少ないカルミラの手駒の一つである。鍛え上げられた体格で身の丈もある両手剣を振り回す姿は鬼人の様に見えた。
しかし、頭の方は体格ほど鍛えられているわけではない。自らが一軍を率いて敵陣に突撃する様な猪武者であった。
そのロリカが天幕の奥の椅子にどっかりと座り長机の上に置かれた地図とにらめっこしながら地図上に置かれたコマを操作している。長机の周囲には彼の配下であろう騎士が立ち悲痛な面持ちで立っていた。
「ランゴルの反乱軍の人数は何人か?」
「はっ!およそ千人ほどであると推測されます。」
「千人か……その程度の数であるなら、俺が撹拌するだけで蹴散らせる物を……奴らは亀のようにランゴルの門を閉ざし出て来ぬ。」
ロリカが率いているオーランド騎士団の人数は約二千人。ロリカにとって平地での戦いならば有利に戦える数であった。
しかし今回は攻城戦である。城塞を攻略するのには正面から突撃する他に奇襲、火攻め、水攻め、兵糧攻めなどの方法がある。
奇襲をするにはランゴルの城塞の周りには深い堀がある上、三方には平原が広がり見つからずに接近すること自体が困難な作りになっている。火攻めも深い堀に阻まれて有効ではない。水攻めも出来る地形ではない。
兵糧攻めを行うには城塞を包囲する必要があるが、城塞を包囲するには十倍の数が必要とされている。そしてランゴルは一方をルボン湖と接しているのでルボン湖から物資の搬入が可能であった。
ランゴルを前にロリカには有効な手段を打つことができなかった。
「やはり数が足りないか……。」
ロリカはカルミラに増援を要請した。それに対してカルミラは領都に残っていた騎士千人のほとんどをランゴル平定の増援とした。
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「予想通りカルミラは騎士のほとんどを送り出しましたな。」
僕とリリア、スティーブンの三人は領都から少し離れた場所で様子をうかがっていた。
「師匠、カルミラは何故ほとんどの騎士たちを送り出したのでしょうか?」
これは誰にでも疑問に思う事だ。身の回りを守る騎士をわざわざ減らす理由として“増援の為”と言うのは弱すぎる。
「理由は二つ。一つはカルミラが騎士たちを掌握していない。騎士たちはすべてカルミラに忠誠を誓っているわけではないと言うことだね。」
騎士とは武士と違い主君に仕えている。(武士は主君ではなく家に仕えている。その為、家を悪くする主君は家臣によって強制的に幽閉もしくは抹殺されることがある。)
オーランド領にいる騎士のほとんどはカルミラではなくオーランド当主であるアイザックに忠誠を誓っている。
カルミラにとってほとんどの騎士たちは信用のおけない連中なのだ。
「騎士たちについては僕とカルミラどちらに付くか判らない。僕としても領都にいない方がいい。」
「師匠、もう一つは何でしょう?」
「それはカルミラにとっての絶対の自信。特に魔法に関して絶対の自信を持っている。オーランド領内では自分が一番の魔術師だと思っているのだろう。」
「一番の魔術師……師匠はその相手に勝てますか?」
リリアにそう問われて僕は微笑んで答えた。
「たしかに彼女はオーランドでは一番の魔術師だ。だが僕はオーランドで一番の魔導士だ。」
これはオーランド領を巡る戦いだけではない。はるか昔からある魔導士と魔術師との戦いでもあるのだ。
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少しかび臭い地下道を僕とリリア、スティーブンの三人は進んでゆく。
この地下道は屋敷からの脱出用の通路として作られたものだ。地下道は領都の郊外にある森に巧妙に隠されている。
その通路を明かりの魔法で照らしながら僕たちは慎重に進んでゆく。
わざわざ地下通路を使うのは気づかれずにカルミラへ接近するためとカルミラを逃さないためである。
「スティーブン。この通路の出口はどこになる?」
「母屋の地下に出口があります。そこからは地下の実験室を通り外へ出ることができます。」
「ここ以外の脱出用の出口は?」
「カルミラが新たに作ればわかりませんが、ここ以外はなかったと記憶しております。」
「そうか……まて!」
明かりの魔法と同時に展開していた斥候の周囲探索に何かが引っかかる。
「……アイザック様どうされましたか?」
「侵入者に対する罠だ。おそらく爆発系のものだと思う。ここ最近に設置されたものだな。」
「師匠は解除されないのですか?」
「リリア、解除はできる。だが解除同時に侵入者がいる事をカルミラに教えることになる。罠が発動するか解除されるかすると警報を発するようだ。魔術を使った複合罠だな。」
「魔術……では解呪でその魔術自体を解除することはできないのでしょうか?」
「これは魔術が効果を及ぼしている限り警報を発しないたぐいのものだ。だから解呪を使った場合でも警報が出される。」
「ではアイザック様。どうあっても警報が出されカルミラに侵入を知られる事は避けられないと?」
「ああ、間違いなく待ち伏せされるだろう。だが、進むしか無い。」
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罠を解除し地下道を抜けた先は屋敷の地下室、牢屋かと思える部屋につながっていた。
その部屋を出て地上へ繋がる廊下を歩いてゆくとスティーブンが言っていた実験室に出る。
実験室は20m四方もある大きな石造りの部屋で昔は数多くの魔法の実験を行っていた跡が石の壁に刻まれていた。
僕たちが入ってきた扉とはちょうど正反対にある扉の前にそいつは立っていた。
「久しぶりだな。アイザック。この部屋に来るまで随分時間がかかったじゃないか。」




