ランゴルの反乱
その日のカルミラはいつもの様に領内からの陳情に頭を痛めていた。
自分を支持しない町からの陳情は聞いてやる必要は無いが自分を支持しているもしくは懇意にしている町からの陳情は考慮する必要がある。
もともとオーランド領の出身ではない為、彼女をサポートする者はいない。サポート出来る者、例えばスティーブンなどは前の領主であるディランに忠誠を誓っている者がほとんどであった。
カルミラに忠誠を誓わない彼らは前領主無き今、アイザックに誓っていると言える。
その為、アイザックの評判を落とすためにセルダンを使い非道な行いに手を染めていたのだが、肝心のセルダンがアイザックにより倒されてしまったらしい。
そして食料対策と疫病の事後処理。
特に食糧事情は深刻な問題となっている。年々麦の収穫が減っているのだ。
数年前、農地改革でそれまで無駄にカブやクローバーを植えていた畑に麦を作らせた。最初の一、二年は収穫が増え問題はなかった。
しかし、三年目が過ぎることに麦に病害が発生し収穫が半分以下まで落ち込んだ。それ以来、季節を年を追うごとに収穫が落ち込み今では改革前の三分の一にまで収穫が下がってしまった。
その上、数年前に起こった疫病である。
疫病で荒廃した町は放棄すればいいかもしれないが、今は食糧事情が問題だ。
(何とかして収穫を上げなくては国に収める分が無くなってしまう。)
オーランド領は国家に属する領地の常として国に収穫の一割を収めている。
カルミラは収穫が落ち込んだ事を書くことはできなかった。と言うのも収穫の落ち込みを理由に領主の資格なしとして判断される可能性が高いからだ。
アイザックが無謀な領地経営をしたとこの事を擦り付け報告できたが、それではアイザックが廃嫡されるだけで代わりの物が来るだけだ。その場合、カルミラはお払い箱、二度と公爵家を名乗ることはできないだろう。
(何が問題だと言うのだ……判らぬ。)
そうやって領地の問題に頭を痛めていると執事が慌てて飛び込んできた。
「た、大変です、カルミラ様!ランゴルで反乱がおこりました!」
「なんだって!」
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カルミラが報告を受ける数日前、ランゴルの代官屋敷に屈強で強面な男たちが押しかけていた。
ランゴルの代官ブリガンはいつもの様に町の行政を部下のルトルスに任せて愛人と乳繰り合っていた。
「何をする貴様ら!こう見えてもワシはカルミラ様に覚えめでたきブリガン代官だぞ!」
ベッドの上で素っ裸の代官が男たちを怒鳴る。だがその姿に畏怖も何もない。彼らにとってチワワがキャンキャンと吠えている様なものだ。
「カルミラ?誰だそれ?」
「あれですよ隊長。アイザック様を騙して実権を奪おうとしている女狐ですよ。」
「ほぅ。と言うことはアイザック様の敵か!じゃあ、こいつはそのカルミラの手下だから……。」
「アイザック様の敵ですね。」
「敵かぁ!殺してもかまわねぇよな!」
「ひぃいいいいいいい。」
屈強で強面な男ににらまれてブリガンは恐怖のあまりその場で失禁して気絶してしまった。
「うひゃー。漏らしちまったよこいつ。」
「おいおい、この程度で……玉ついてんのか?」
どう見ても実力者である(実際にそうなのだが)彼らの前で気勢を張っても張子の虎と言うものであった。まだ、ブリガンと乳繰り合っていた愛人の方が度胸があった。
「あー、もう!せっかくの金づるが……。」
屈強な男を物ともせず悪態をつく。
「威勢のいい姉さんだね。すまないがしばらく拘束させてもらうよ。」
隊長格の男は先ほどとは異なり礼儀正しい。
「仕方がないね。でも三食は保証してくれるんだろう?」
「問題ありません、レディ。お名前をお伺いしても?」
「レディだなんて照れちまうね。あたしの名前はバーバラ。ちょいと花街では知られた顔だよ。」
バーバラは隊長格の男にウインクしながらそう答えた。
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報告を受けたカルミラは怒髪天を衝くように怒鳴り散らした。
「あのブリガンの役立たずめ!何が”私に任せれば安心”だ!」
その役立たずのブリガンを派遣したのはカルミラなのだがその事は噯にも出さない。
「騎士隊長のロリカを呼べ!奴に騎士団を率いさせランゴルを平定させよ!」
カルミラはランゴルを平定の為にオーランド領の騎士団を向かわせようと考えていた。
しかし、それこそがアイザック達の目論んだことだとは全く気が付かなかった。
 




