そして何もなくなった
スティーブンを解雇?
その様な事を父上が許すはずが無い。この事は父上に尋ねなくてはいけない。のんびり朝食をとっている時ではないだろう。
僕は父上の部屋に向かう為に立ち上がろうとした。
「アイザック。朝食も取らずどこへ行くのです?」
「父上の部屋へ。スティーブンの解雇について父上に尋ねます。」
「そう。でも御父上の部屋へは出入りできませんよ。昨日お倒れになりました。主治医のハイデマン先生にいると絶対安静との事です。ですので、しばらく面会は許可できません。」
父上がお倒れになった。そう聞いて僕は目の前が真っ暗になった気がした。
「それと、スティーブンを解雇したのは私です。彼が受けた呪炎の傷は極めて治りにくい物。それ故、彼が今まで通りの職務は務まらないであろうと考えました。」
セルダンが使ったあの呪文にはそれほどの威力があったのか?たしか、今“呪炎”と言った。呪という文字が魔法名に入っている魔法は特殊な回復を行わないと傷は治らない。その回復術でさえ完治するとは言えない部類のけがなのだ。
公爵家を追い出されたスティーブンはその治療を受ける事が出来るのだろうか?
「スティーブンの事なら心配ありません。あの者には十分な報酬を渡しました。故郷であるアルマハ村へ戻っても呪炎の治療を受けることのできるくらいの十分すぎる量です。それに、事件の首謀者を処分したので狙われることも無いでしょう。」
首謀者を処分した?首謀者であるセルダンは同じテーブルについてむしゃむしゃと食事をしている。カルミアは一体誰を処分したのだ?
「公爵家の嫡子であるアイザックに対して呪炎を使ったグレオ・マーゼルは反逆罪でその日の内に処刑されました。まったく、あのような者を公爵家に入れていたとは……この私の不徳の至りです。」
魔法を使ったのはセルダンだ。それをグレオが使ったことにされている。そしてセルダンが呪炎を使ったと言う証言を取ろうにも、グレオは処刑、公爵家を解雇されたスティーブンでは証言にならない。
元騎士とは言え即日に処刑できるほどの力がカルミアにはあるのだ。そのような者が家にいるという事は父上の命運をカルミアに握られているのも同じだろう。
「朝の訓練が出来る騎士を手配できないのは仕方がありません。しばらく、二人で稽古を続ける様に。」
僕は黙って頷くしかなかった。
再び、セルダンに痛めつけられる日々が始まる。
「フハハハハハ、少しは反撃したらどうです?ア・ニ・ウ・エ!」
セルダンの木剣が振るわれる度に僕の体に痛みが走る。
以前と違うのは回復されることは無くなったという事、そして僕がセルダンの剣を受けるのが上手になった事だ。
体の何か所か木剣を受けそこなって赤くなっているが、深刻なダメージにはなっていない。セルダンの剣術が振り回すだけの剣術であまり上達していないのもあるのだろう。
朝の稽古の後、屋敷の召使はだれも近づいて来ない。
誰も関わろうとしないのはスティーブンの事だけではない。
少し前に心配そうに汗拭きを渡してくれたメイドの一人は翌日にはいなくなっていた。
別の日に厨房の菓子が無くなったことがあった。その犯人に僕がなりそうな時があった。
菓子が無くなった時間、メイドの一人が僕は別の場所にいたと証言した。丁度、僕を見たらしい。そのメイドも翌日にはいなくなった。結局犯人は僕になった。
その日以来、誰も僕の証言はしない。
そして身に覚えのない罪が積み重なってゆく。(ほとんどが菓子を盗んだとか花瓶を壊したとかくだらないものだ。)
いつの頃か新しいメイドの間では僕は“魔力が無い上に手癖の悪い嘘つき者“という事になっていた。
そんなある日、早春のまだ寒い日に僕は父上の寝室に呼び出された。
“持ち直し面会できるようになったのか“と父上の寝室に行くとそこに居たのはやせ細った父上の姿だった。
僕がベッドで寝ている父上の傍らに立つと父は僕の手を握り、「すまない、すまない」と、うわごとの様に繰り返していた。
翌日、父上は亡くなった。
そして、父上の葬儀も終わらぬうちに義母は
「身分の低い血を入れるから、公爵家の血が穢れた。その上、お前は手癖の悪い嘘つき者だ。お前は欠陥品だ。」
カルミラは僕をなじる。
「お前にオーランド家を継ぐ資格はありません。いいですね。」
僕がその言葉に異議を唱える事は許されなかった。既に貴族連中に対しての根回しは完了していたのだ。
跡継ぎは義母の連れ子である義弟になっていた。
こうして僕の周りには誰もいなくなりすべてを失った。